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深炎の舞姫2  作者: 鳴砂
第三章
68/88

光の雨は、しとしとと3

 ***


 二十年前。舞姫学校『ノノル』はロートニア舞踏大会にて悲願の初優勝を果たした。当時の出場者には、後に王妃となるカミラや、ノノルの教頭となるサマンサ、さらに、白い舞姫と称されるソニアがいた。まさに奇跡の世代だった。

 しかし、その後はソニアの離脱などで成績が低迷し、優勝が夢か幻のように万年最下位の屈辱を味わっている。今では、かつての栄光など遠い昔話として神話と一緒に語り継がれるだけだ。


 そんな落ちぶれた学校に娘を送りたい親はいないだろう。優秀な令嬢は他校へと進み、能力や資金不足で他校に行けなかった令嬢が『ノノル』へと流れてくる。それゆえに『ノノル』は舞姫学校として下に見られていた。他校の生徒は、『ノノル』の生徒だと知ると、決まってこう言った。


 ――ああ、あの学校の生徒。


 そんな風評により、『ノノル』の生徒は、自分達の学校に誇りを持てずにいた。もちろん、期待もしていない。自分の道は自分で切り開くしかないと分かっている。だからほとんどの生徒は舞踊の道など見向きもせず、容姿を磨く事に専念していた。

 練習を(おろそ)かにする少女が舞踏大会で勝てるわけがない。そしてまた、優秀な少女が他校に行ってしまう。悪循環だった。舞踏大会で万年最下位の呪縛に囚われているのも、それが原因かもしれなかった。


(だからと言って、勝つために助っ人を連れてくるの?)


 そんな汚い手を使うつもりなら、父を許すことなどできないだろう。


(あんな男の思い通りにはさせない。お母様の意志は、私が受け継ぐのだから)


 それに、たったひとり優秀な舞姫を加入させたからといって、状況を打破できるほど他校の舞姫は甘くはない。厳しい世界なのだ。舐めないでほしい。


 肩を怒らせるヘレンは、校舎の北口から廊下を歩いていく。そこを経由した方が教員棟に近いのだ。しばらく行くと、正面口にある掲示板の前に立つミグとシーマに出会った。


「あ、ヘレン様……」


 こちらに振り向いたミグの顔が引きつっていた。シーマも神妙な面持ちだ。

 不穏な空気にヘレンの怒り眉もひそまる。転校生の踊りを見て来たばかりなので、嫌な予感がした。二人に近付き、掲示板へと視線をやる。

 大きな張り紙がしてあった。今まで発表が先延ばしになっていた舞踏大会の出場メンバーだ。一位にヘレン、五位にシーマ。そして、出場資格がある十位までにミグの名はなく、メンバーが体調不良になった時のための補欠枠とされていた。

 やってしまいました、とミグが空元気で笑う。


「でも、補欠には残れましたし、一緒に王都に行けますね」

「強がりを言わないの」

「つ、強がりなんて……」


 否定しようとする声はかすれていた。悔し涙を堪えているのかもしれない。

 慰められる言葉はないか探していると、廊下の向こうからおしゃべりをする集団が近づいてきた。


「ええ、わかりますわ。ウィンスターの紅茶は香りも良くて一級品ですもの」

「その紅茶、手に入るかもしれないの。お父様が馴染みの貿易商に届けるように頼んでくれているの」

「それは素晴らしいわ」


 もうすぐ始業の時間だけあってぞろぞろと令嬢達がやってきた。たまにヘレン達や掲示板を一瞥(いちべつ)するが、興味もなく通り過ぎていく。

 結局、ミグに掛けるべき言葉を見つけられず、代わりに張り紙を睨みつけた。

 十位に見知らぬ名があった。


「ユイナ・ファーレン……」


 黒髪の少女に違いない。舞姫学校には多くの少女がいるが、そのほとんどが舞踊に興味などなく、必然的にいつもの十人が舞踏大会に参加してきた。そこに割り込んできた異質な名前。


「ミグ、シーマ、行くよ」

「え、行くってどこにですか? 授業はじまっちゃいますよ?」

「校長室よ」


 いつになく厳しい口調に、ミグとシーマは互いに顔を見合わせた。




「教員棟って、空気が違うから緊張しますね」


 一人でも殴り込むつもりでいたが、二人は一緒に来てくれた。

 入学した時からずっと生活を共にしてきた仲だから来てくれるとは思っていたが、やはり傍にいてくれると心強い。


 コンコン。

 習慣でドアをノックしたものの、あの男に礼儀など必要ないと思い、返事を待たずに校長室のドアを開けて、ずんずんと前に進む。


「ヘレン?」


 サマンサ教頭が驚いたように振り返り、奥の机にいたドルドランが眉をしかめる。二人で話をしていたらしい。大会の出場者について話をしていたのではないかと勘繰る。


「何事だ。授業は始まっているぞ」

「聞かせてください。大会のメンバーに見知らぬ名前がありました」


 ドルドランの表情は変わらなかったが、サマンサ教頭が目を逸らした。


「ユイナという娘は、あの黒髪の少女ですか」


 二人とも応えない。視界の隅で、ミグが、え? と声をもらしている。


「彼女を舞踏大会に出場させるために、出場者の発表を止めていたのですか? 彼女は選考会に参加していませんよね」

「やらずとも結果は見えている」

「結果は見えている……? それでは何のための選考会ですか! 貴方は舞踏大会を夢見て努力する少女達を裏切っています!」

「そんな事は分かっている。だが、私はあの娘を出場させたい。ヘレンもあの娘の舞を見たら気が変わるはずだ」


 ヘレンは歯噛みする。

 悔しいが、小柄ながらにバランス感覚や気迫には目を見張るものがあった。


「どちらにせよ、出場者は王にも公表している。今更変えられない」

「卑怯者。どこまで醜いの」


 ドルドランが、バン! と机を叩いて立ち上がった。


「不敬だぞ! ここでは校長と生徒だ! 立場をわきまえろ」

「そういう所が醜いのです。立場で発言するなら、その立場にふさわしい振る舞いをしてください」

「なんだとっ」


 凄まじい形相で睨んでくる。


「私は認めませんから。貴方のやり方も、部外者の出場も」


 行くよ、とミグとシーマに声をかけて(きびす)を返す。

 その横顔を、壁に掛けられた肖像画の女性が見ている気がした。二十歳ぐらいの若い麗人だ。透き通った白い肌と青空のように澄んだ髪、切れ長の目を細めてやさしく微笑んでいる。

 “白い舞姫”と呼ばれたソニア。

 亡き母の前でこんな姿は見せたくなかった。


「すみません。私のせいで口論になってしまって……」


 廊下に出た所でミグが申し訳なさそうに言った。


「ミグのせいではないわ。もともと、私はあの男が嫌いなの。小太り、不細工、短足……。ほんと、どうしてお母様と結婚できたのかしら……」


 そのぼやきに、えぇ、聞こえてしまいますよぉ……、とミグがあたふたしている。


「しかし、黒髪少女の件はどうされるおつもりですか? すでに国王にまで出場の報告が出されているみたいですが」


 冷静なシーマの問いで、荒ぶっていた気持ちに冷や水を浴びせられた気がした。


「そうよね……。いくら私が認めないと言っても、国王に伝えられた事を変更できるわけないものね……」


 不甲斐ない。

 国外にまで名をとどろかせた母なら出来ただろうと、今の自分と比較してしまう。

 偉大な母を前に、劣等感を抱かずにはいられなかった。



 ***



「まったく。反抗的な娘に育ってしまったものだ。何でも否定しなければ気が済まないのだ」


 ヘレン達が去っていったドアへと目をやりながらドルドランが悪態をついた。

 分かり合えない父娘の姿に、サマンサは悲しい気持ちになった。


「ヘレンは悔しいのですよ」

「悔しい? 友達が大会に出られないからか?」

「もちろんそれもありますが、母親が成し遂げた偉業を、自分も成し遂げたいのだと思います」


 ソニアの肖像画と、舞姫学校『ノノル』にたった一つだけある優勝トロフィー。二十年が過ぎた今でも、仲間と栄冠を手にした光景を思い出すたびに胸が熱くなる。


「ヘレンの夢はロートニア舞踏大会での優勝であろう。その悲願を果たすためにあの少女を引き入れたのではないか」

「それではヘレンは喜びません」

「何を言っている。大会で優勝するのが夢だと幼い頃から口癖のように言っていたのを、サマンサも聞いているではないか?」

「もちろんその通りです。ですが、それではダメなのです。苦楽を共にする仲間と優勝する事に意味があるのです。ソニアや私達が力を合わせて大会に出場する話を、ヘレンは目を輝かせて聞いてくれました。それこそ、子守歌の代わりに聴かせないと寝てくれないほどでした。子供というのは、好きな話を何度でも聞けるものなのですね。あの時間は私にとっても幸せでした」


 込み上げるなつかしさにひたっていると、下を向いたドルドランがぼやく。


「私は経験ないが……」

「…………」

「…………」

「と、ともかく、教師として、そして、ソニアの代わりとしてヘレンを見てきた私にはわかります。仲間と優勝する事がヘレンの望みです」


 ドルドランはため息をつく。


「理想はそうだとしても、優勝できなければすべては無意味だ」


 サマンサは肩を落とす。

 この平行線が、父と娘の溝を広げているのかもしれなかった。


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