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深炎の舞姫2  作者: 鳴砂
第三章
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光の雨は、しとしとと1

 日が暮れるのはあっという間だった。特に、高い塀に囲まれた舞姫学校『ノノル』は、周辺の街よりも早く日が隠れてしまう。窓から見上げれば、立ち並ぶ宿舎に切り取られた空に、赤紫と紺が入り混じった雲が浮かんでいた。


 部屋は手元の文字が読めないほど薄暗くなっていた。夜でも不自由しないようにとランタンが貸し出されているので、ユイナはマッチを擦り、ランタンの灯心へと近づけた。火が灯心へと移り、周りだけフッと明るくなる。

 本を読むでも、勉強するでもない。ただ、暗闇が不安を誘うので明かりがほしかった。


「………………」


 ランタンのゆらゆらと揺れる炎を見詰めていた。そうしていると心が落ち着いた。


 入学初日は瞬く間に過ぎた。

 やたらと気にかけてくるサマンサ教頭に連れられ、舞姫学校を歩いて回った。途中、休憩時間で表に出て来た生徒たちがユイナの黒髪に気付いてざわついた。指をさしてひそひそしていたが、話しかけてくる者はいなかった。離れた場所で思い思いの憶測を好き勝手にしゃべっているだけだ。周囲はざわついているのに、ユイナの所だけ無風だった。無表情のユイナに近寄りがたい雰囲気を感じたのかもしれない。


 校舎を離れた次は歴代の舞姫が並ぶ石像や舞踏場や大浴場に案内されて、あとは何をしたのかあまり覚えていない。気付けば部屋まで送られており、あとは窓辺の椅子に座って過ごし、今になっている。

 まだ一日目だというのに、戻りたくてしょうがなかった。

 なぜこんな所にいなければならないのか。

 なぜ……。

 自問する間も灯火は燃え続けている。あたたかく、明るく、目を凝らせば炎が昇りながら揺らめいていた。一秒たりとも同じでない灯火なのに、ずっと変わらぬ姿で見守っている。まるで子供達と遊んでいるアレスのようだ。あたたかくて、やさしい。一緒にいるだけで(すさ)んだ心が落ち着いてくる。


「ともしびの……ひと……」


 ゆらめく炎を見詰めながらランタンに右手を差し伸ばす。そして、ガラスに触れて、


(あつ)っ!」


 その熱さに驚いて手を引っ込めた。火傷の跡はなかったけど、ヒリヒリと痛む。その指先を守るように左手で包み込んで胸に抱きよせる。


 ――君は一般人で戦士ではない。


 アレスはユイナを遠ざけようとしていた。


 ――君には家族がいる。帰る場所があるんだ。


 だから、帰れ、と。

 ユイナは抵抗した。


 ――確かに私には大切な家族がいます。家族のもとに帰りたいと思った事は何度もありました。ですけど、今はもう、家族にも負けないぐらい大切な友達や仲間ができました。……あなたもです。


 ユイナを見詰め返す瞳は潤んでいた。彼は首を振って隠したが、あれはきっと涙だった。いつも申し訳なさそうな顔をする彼が、弱い部分を見せた。あの時、彼の心に触れた気がした。それが何よりもうれしかった。どうしてうれしいのかは、自分でも説明できない。ただ、彼に寄り添いたいと願った。彼が世界を救うために戦うのであれば一緒に戦うつもりだった。その覚悟を告げると、頬をはたかれた。


 ――頭を冷やしてこい。一人で舞姫学校へ行けば、少しは冷静になれるだろう。


 辛くて何日も泣いて涙は枯れた。痛みは今も胸の奥に残っている。

 誰のせいで逆賊にされたのか。誰のせいで舞姫学校に閉じ込められているのか。そんな怒りもある。

 だけど、感謝している。

 違う世界に連れ出されなければ、結婚に怯える日々を送っていたに違いない。

 それどころか、銀狼に包まれて眠り、他人のぬくもりを知った。


「男性恐怖症の私が恋をするなんてね……」


 アレスの事を考えると冷静ではいられない。幸せと痛みの間で心が揺れ動いてしまう。この気持ちの揺れにいつまで耐えられるだろうか。このまま彼と離れ、彼の気持ちを知ることができなければ、いつかは想いが擦り切れてしまうのではないか。

 だからと言ってコルフェのように恋を諦めるなんてできない。それはまるで夜の海に自分の大切なモノを落としてしまうように、一度きりでも手放してしまったら二度と戻ってこない気がした。だからしがみつく様に抱きしめている。

 誰かを好きになるという事は、幸せな夢を見られる反面、失う怖さに囚われるのかもしれない。そして、それが今の自分だ。恋に囚われ、身動きができなくなっている。八方塞がりだ。


「ああぁっ、もおっ」


 苦悩するあまり、今まで出した事のないような声を出してしまった。

 このままではいけないと思った。

 両手をぎゅっと握り合わせ、瞳を閉じて祈る。


「大天女様。最後に一度だけ、アレスの気持ちを確かめさせてください。彼と会えないような未来は用意しないでください」


 初めて天女に願った。そして瞳を開き、変わらぬ灯火を見詰めた。


「告白してアレスの気持ちを確かめる。絶対に」


 想いを伝えるのはとても勇気のいる事だ。

 心の真ん中をむき出しにして相手に差し出すようなものだ。

 でも、振り向いてほしくて努力するのも、相手に自分の気持ちを伝えるのも、そして、恋を諦めるのも、すべては自分に返ってくる。逃げ道はない。自分の恋を誰かに交代してもらう事なんてできないのだから。


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