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深炎の舞姫2  作者: 鳴砂
幕間Ⅱ
65/88

傭兵ザムザ

 

 ***


 ガタガタガタ……。

 食料を乗せた荷馬車が郊外の平民街を進んでいく。荷台には穀物で丸々とふくれた袋が積まれており、その上にザムザは寝そべっていた。中天を流れる白雲、小麦のにおいに包まれ、揺れる振動が治りかけの足に痛痒(いたがゆ)い。

 だが、それよりも気になる事があった。それは道中で耳にしたうわさ話だ。今もその話題について御者の男と付き添いの子供が話をしていた。


『ねぇ、銀狼って呼ばれるからには、やっぱり狼なんだよね?』

『いいや、シルバートの魔術師だって言ってただろ? 魔術師なら人だよ』

『えー、人なの? じゃあ、何で銀狼って呼ばれてるの?』

『そりゃあ、狼みたいに足が速いからじゃないか?』

『お馬さんも速いよ。どうして“お馬のアレス”って呼ばれないの』

『そりゃあ……“お馬のアレス”だと弱そうに聞こえるじゃないか。狼の方が強そうだ。それに、ほら、いつだったか夜中に獣の吠え声を聞いた事があっただろ? ほら、父ちゃんにしがみついてなかなか眠れなかった時だ』

『う、うん……』怖い思い出だったかのように声がしぼむ。

『あれが、狼の遠吠えだぞ』

『そ、そうなの……?』

『ああ。強そうな声だったろ?』

『うん……』

『案外、狼みたいな声だから“銀狼のアレス”と呼ばれてるのかもなぁ』


 御者の何気ない一言に、ザムザは恐怖を呼び起こされ、二人を黙らせるように舌打ちした。


 銀狼のアレスを有名にしたのは八年前に起きた真王戦争だ。大天女を宿したとされる舞姫を巡り、誰が真実の王かというくだらない戦争に発展した。そして、ネフェタリカ王国の一万の兵が奇襲をかけ、シルバートの王都に迫った事があった。ほとんどの魔術師が他の戦線に出払っていたシルバートからは、たった二人の魔術師が派兵され、一万の軍隊を壊滅に追いやった。

 一人は稲妻で兵を焼き殺し、一人は魔術師でありながら氷の剣で斬り殺していった。

 その奮迅ぶりと功績が称えられ、シルバ―ト国王より二つ名を与えられたのが、“百雷のラインハルト”と“銀狼のアレス”だ。――と、戦場から逃げた腰抜けの傭兵が主張した。

 その話を聞いた傭兵達は一様に笑った。『話を盛り過ぎだ』と笑い飛ばしていたし、ザムザ自身もそう思っていた。だが、それは笑い話ではなかった。


 氷剣の使い手が海上警備隊の宿舎に現れた。そして、歴戦の傭兵達を斬り殺した。多くの戦線を生き抜いたジバも、オドも、まるで静かな竜巻を相手にしているかのように何もできなかった。

 仲間を皆殺しにした銀髪の男。その声が、狼のように低く――

 あの声を思い出すだけで身震いがしてくる。(やつ)に見つからずに逃げられた事が奇跡だ。

 ザムザは、ギリリと歯噛みした。


 この俺が怯えているのか……。



 石造りの街並みを進んでいくと、荷馬車が速度を落として止まった。振り仰ぐと、空にまで突き出る様な城壁が視界に入り、目的の王都に着いたのだとわかった。御者と門兵が何やら話し込んでいる。


「おい、そこのお前」


 呼ばれて視線をやると、二人の門兵が近づいてきた。


「彼らを脅して無理やり乗っているらしいな」


 彼らと呼ばれた親子はこちらを見ないようにしている。


「王都に向かうと言うからついでに乗せてもらっただけだ。何が悪い」

「見たところ別の大陸出身のようだが、通行証は持っているのか?」


 ザムザの青い髪を見ていた。血筋や出身の大陸によって髪色が違う。門兵の髪はウィンスターらしく金色だ。


「通行証? そんな物持ってねぇよ。俺はロートニアの傭兵ザムザだ。バウマンに会わせろ」

「バウマン? 誰だそれは。――知ってるか?」


 問われた相手は、いいや、と首を振る。


「なんだ、名が通っていないのか」


 話にならねぇな、とザムザはぼやく。だが、


「それならこれはどうだ? 今、(ちまた)を騒がしている銀狼のアレスがどこに隠れているか知っている、と言ったら」


 警戒する門兵の目に困惑の色が浮かんだ。



 ***



 フェニエドは王城内にある庭園を歩いていた。広大な芝に花と石像が並ぶ庭園が、昼下がりの陽射しを受けて色に溢れている。幼少の頃から何も変わっていない。それどころか王城が新設されてから百年余り、この庭園は専属の庭師により変わらない姿を維持されてきた。その庭園を抜けた先に展望台があり、そちらに足を踏み入れた。


 半円形にせり出した展望台からは王都を一望できた。遠くの山麓まで続く石造りの街並み、それを造るために利用された運河は、多くの商船が行き交う生活物資の運搬に欠かせない存在となっている。

 神話の時代から少しずつ築き上げられた王都は、世界で最も起源の古い街とされている。

 ウィンスター王国ほど豊かな国はないだろう。南部から西部にかけた肥沃な大地を利用した大規模農場と、世界的に有名なビッツリー地方での織物業。その二大産業に加え、城などの建築に使用する採石場をいくつも保有し、それらを各都市に運ぶための交通網も発達した。衣食住のすべてを国内でまかなえるどころか海外へと輸出し、莫大な富を得ている。

 各国の貿易船は必ずと言ってよいほどウィンスターに寄港し、世界の名産品と物々交換をしては自国へと戻っていった。

 そして、ウィンスターの資源を狙う勢力は後を絶たなかった。北西の騎馬民族や近海の海賊。それらに対抗するため、ウィンスターは世界中から兵器や軍用艦を買い付け、その軍事力でねじ伏せて来た。一時期は西方の海賊を根絶やしにしたのではないかと言われたほどだ。


 世界で最も歴史ある最強の国。それがウィンスター王国だった。


 だが、魔術革命がそれを揺るがした。それまで魔術を使えるのは極めて一部の男だけだったが、一般男性でも強力な魔術を扱えるようになる体系的な方法があみ出されたのだ。さらに、魔口を盾のように開くことで剣や矢を防ぎながら攻撃できる攻防一体の戦い方は戦争の形を変えるほどだった。

 周辺諸国が力をつけるにつれ、フェニエドは軍力強化を最優先とした。ウィンスター王国には最強であり続けた誇りと矜持がある。そんな時、魔神の血が見つかったのは運命だと思ったほどだ。そして、魔眼の研究も進み、爆薬“デルボ”の生成にも成功し、最強の国へと着実に近づいていた。

 ところが、銀狼のアレスにデルボの存在を嗅ぎ付けられたせいで計画に狂いが生じた。やつは鼻が利くという。油のにおいに気付かれたのだろう。だが、悪いばかりではなかった。

 シルバートの魔神骨蘇生計画を知った。それを踏まえると、シルバートからの和平も魔神骨を復活させるための時間稼ぎとも考えられた。


「シルバートめ、何を企んでいる……」


 列強国の王を自負するフェニエドにとって、思い通りにならない事が苛立ちだった。

 その時、中庭から駆けてくる足音に気づいた。振り返ると、近衛兵が距離を置いてひざまずいた。


「陛下、お耳に入れたい話がございます」

「なんだ」

「ヴィヴィドニア大陸のロートニアから傭兵が来ておりまして、『銀狼のアレスの居場所を知っている』と申しております」

「なに? 傭兵がそれを知っていると?」

「はい。一番門の兵より、その情報だけが早馬で運ばれてきました。――こちらです」


 懐から手紙を出し、差し出してくる。それを受け取って一読するが、たしかにその情報しか書かれていない。


「……わかった。話を聞こう。だが、魔術師の可能性もある。封魔の拘束具も忘れるな」

「かしこまりました」


 近衛兵は一礼し、駆け戻っていく。


 ――銀狼め、ヴィヴィドニア大陸に逃げていたか?


 フェニエドは展望台から中庭へと戻ろうとした。


『ミシェフ~』


 間の抜けた女の呼び声に立ち止ると、横から走ってきた男の子が、フェニエドに気付いて壁にぶち当たったかのように立ち止った。怯えた目で父を見上げている。叱ってもいないのに、五歳の幼い顔が強張っていた。

 以前、次期国王として帝王学を叩きこもうとしたが、早すぎたのか怯えるようになってしまった。王子にふさわしくない顔つきに苛立ちは大きくなる。


「ああ、陛下」


 トタトタと駆けて来たドレス姿のケルネリア王妃が、露出した肩を上下させて息をついている。


「陛下もご一緒に遊びませんか?」

「私は忙しい。ミシェフのことは任せると言ったはずだ」

「そ、そうですかぁ……」


 王妃は残念そうな顔をした。間の抜けた彼女の、誰と接するのも変わらない姿が、フェニエドには好ましく、それが決め手となって結婚したが、予断を許さない今は(わずら)わしいだけだった。

 王子が王妃に寄り添うのを横目に歩き出す。

 今はウィンスターの繁栄のために大事な時なのだ。


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