計画の協力者
ラインハルトの口から告げられる侵略計画について、ブラムは手を握り合わせて聞いていた。その内容はこうだ。
シラ=エン王国やネフェタリカ王国、そして、ウィンスター王国に潜む諜報部隊が旅人や出稼ぎ労働者に扮し、架空の事件をさも真実かのように吹聴して回る。一方、二週間後に行われる四国王会議では、会議の後に和平調印式という流れになるはずだ。その時に、オーデル伯爵の息子であるカーマルが、フェニエド王の嘘を暴きに現れる。
「あの牢獄の男をここで利用するのか……」
ロナークが思案顔でつぶやく。
「そうです。彼にはそこで自身の正体を明かし、フェニエド王とオーデル伯爵のつながりを暴露してもらいます。そして、新兵器を協力して開発したのは各国の要人を暗殺するためで、消えた新兵器はアレスではなく、フェニエド王が隠し持っていると知らせるのです」
「なるほど。それを聞いた各国の要人は、ウィンスターに疑念の目を向けずにはいられない、という訳か」
確かに、それが成功すれば和平の調印式どころではなくなる。それどころか、各国のウィンスターへの信頼が根底から覆ることになる。ブラム自身も、カーマルを利用するのはこの時をおいて他にはないと考えた。ところが、
「しかし、この計画はフェニエド王に阻まれるでしょう」
あろうことか計画の支障を予告したのはラインハルト自身だった。
「阻まれるとは?」
「そもそも、突然現れた男の言葉に誰が耳を傾けるでしょうか? カーマルは、オーデル伯爵の息子で間違いはありませんが、地方の貴族、しかも、その息子に面識のある者はいないでしょう。カーマルという本名ですら今回の事件が起きるまで認知されていなかったと思われます。本土から離れた領地を持つ貴族など、その程度の扱いです。狡猾な人間ならそこを利用するでしょう。おそらく、フェニエド王の側近あたりが“私はカーマルを知っている。その者はカーマルを語る偽者だ”とでも言い切るはずです。そうなれば、カーマルはただの偽者に成り下がります」
「それは……確かに」
「では、どのように対処されるおつもりですか? そこまで考えているのであれば、それを防ぐ手立ても考えているのですか?」
「彼にはこの世から消えてもらいます」
「!?」
その言葉に、ブラムだけでなく、ロナークやギエンも目を見開いた。
「そ、それは、殺すという事ですか?」
「そうです。彼はウィンスター側の事も知っていますが、こちらの事も知りました。少なくともシルバートの城に匿われている事を理解しています。もちろん、彼を連れてくるのに目隠しをさせましたが、その前にシルバート兵の軍服を見られていたようです」
「なんたる失態……」
ロナークはそう吐き捨てたが、カーマルをオルモーラの地下牢で見つけたのは偶然だったと聞く。敵国に気付かれずに連れ帰り、こうして侵略作戦に厚みを出せた事を鑑みれば、本来なら勲章ものの手柄だろう。
「ともかく、彼は諸刃の剣です。ウィンスターの脅威にもなりますが、シルバートにとっても私達の裏工作を知る危険な存在です。ウィンスターの信頼を崩した後は、早々に消えてもらうのが良いでしょう」
「しかし……、彼を殺すのは本当に得策でしょうか。生かしていれば他に使い道があるのではないですか?」
カーマルという青年について何も知らないが、無暗に人が死ぬのを見たくはなかった。生かす道を見つけたかった。利用するだけして殺すのはあまりに惨い。しかし、ラインハルトの心は決まっていた。
「彼は口封じで殺されなければなりません。殺されて初めて、彼の存在や言葉が各国の要人に届くのです。要人達は思うでしょう。彼はフェニエド王にとって都合の悪い存在だったのではないか……たとえば、要人暗殺計画についての詳細を知っていたのではないか、と」
そこで言葉を区切り、皆を見回す。渋面のブラム、思案顔のロナーク、腕組みをしながら押し黙るギエン、それから、静かに見守るコルセオス王へと。彼は自信たっぷりに言った。
「断言します。カーマルが殺された時、彼の言葉は各国の要人に暗殺の不安を植え付けます。誰しも不安になれば、それを取り除かずにはいられないでしょう。そうなれば、オルモーラ地方だけでなくウィンスターでの調査も始められます。その結果、旅人や出稼ぎ労働者が平民に語って聞かせた噂話を各地で拾う事となります」
ブラムは顔を上げる。
ここで最初の話につながるのか。
「それで、その噂とはどのようなものなのですか?」
「詳細については長くなりますので省かせていただきますが、平民にとって刺激になるような事件や金儲けの話です。それぞれは一見すると無関係のような話ですが、追いかけていく内にまるでパズルのピースが組み合わさっていくようにオーデル伯爵の関係者が本土に何度も来ていた事が見えてきます。そして、最後にはウィンスター本土のとある施設にたどり着き、その施設から“コレ”が見つかるのです」
ラインハルトが懐から小瓶を取り出した。
「それは?」
「悪魔の油・デルボです。オルモーラ地方で雲に届くほどの爆炎を上げた新兵器です」
「な、なんと」
「残っていたのですか」
「はい。私の手元にあるのはこの一つだけです。すでに開発者が死んでおりますので作り方は闇の中となりました。ですから、ウィンスター領に持ち込まれていなければ、これが最後のデルボとなります。それが、ウィンスターの施設で見つかったとなれば、どうなるでしょう?」
「確かに、それは決定的な証拠になりそうだ」
「しかし、今から噂を広めるとなると間に合いますか? 和平調印式まであと二週間ですよ。今から準備をしてウィンスター本土へ渡るだけでも一週間近くかかります」
「確かにそうだ。それに、急いで噂を流そうものなら気付かれて取り押さえられかねない。もしも噂を流している現場を押さえられ、シルバートの工作員だと知られたら、窮地に立たされるのは我々だぞ」
「その心配には及びません。各国に合図が届いていますから、すでに噂の流布は完了しているとみてよいでしょう」
「各国に合図? それはどういう意味ですか?」
「そもそも、極秘事項だったアレスのゴウザ・メイス暗殺が近隣諸国まで広まったのはどうしてだと思いますか? いや、いつかは広まっていたかもしれませんが、こうも早かったのはなぜでしょう」
微笑みをたたえるラインハルトに、ブラムは理解した。諜報部隊を使って周辺諸国に広めたのだ。だから情報が早く伝わった。
「平民に情報を流してから十日が過ぎた後、アレスのゴウザ・メイス暗殺も流布するように指示していました。つまり、この情報が各地に広まっている時点で、パズルのピースが平民に渡されているのです。後は、このデルボをウィンスターの施設に隠し、調査団が発見するのを待つだけです」
淡々と語る金髪の美青年に、ブラムは戦慄した。
思考の次元が常人とかけ離れている。先の先まで見通す先見の明だけではない。噂や金儲けに飛びつく人々の心理をつき、他国の平民まで利用する計画など、未だかつて聞いたことがない。少なくともブラムには、平民を、それも敵国の平民を作戦に組み込む事など考えられない。たとえ考え付いたとしても、実行に移す勇気を持てなかっただろう。
コルセオス王が、ラインハルトを最高司令官に据えた理由が分かった気がした。彼は希代の魔術師であるだけでなく、軍師としての才覚にも恵まれている。
「デルボが本土で見つかったとなれば、フェニエド王の『オーデル伯爵や新兵器とは無関係だ』という主張を根底から覆せます。その時こそ私達が声を上げるのです。オーデル伯爵に新兵器を作らせたのはフェニエド王であり、オーデル伯爵と手を組んだアレスがゴウザ・メイス殿を暗殺したのだと。つまり、カーマルが警告した要人暗殺計画は事実であると各国に知らしめるのです。そして私達は、メイス殿を殺された報復としてウィンスターへと侵攻します。正義は私達にあるのです。シラ=エンやネフェタリカの王はフェニエド王に騙された事から静観を決め込むでしょう。敵の救援がない間に魔神骨の力を利用し、短期でウィンスターを攻略します」
語り終えたラインハルトが蒼い双眸で「いかがでしょう?」と皆に問いかけた。
「本当にうまくいくのか?」
挑むような眼つきのギエンに対し、ラインハルトは涼しげな顔で応えた。
「うまくいかなければ、この大陸とともに沈むだけです」
コツコツコツ……。
薄暗い地下牢への石段に二人分の靴音が鳴る。先を行くラインハルトの背には微塵の疲れも感じられない。侵略作戦を説明した後に、フェニエド王の狡猾さやアレスが現れた時の対策など長時間にわたりしゃべり続けていたにも関わらず。
だが、これから会うのは重要人物だ。ブラムは気を引き締め、長い石段を下っていく。
その人物は最奥の牢獄にいた。頑丈な鉄格子と岩壁に囲まれ、明かりといえばろうそくの灯りと、天井に細長く開いた空気孔からの微光だけだ。だが、牢内には王城の客間から運ばれたと思われる椅子が置かれ、そこから腰を浮かした青年が警戒の目を向けていた。薄闇での生活が一ヶ月も続いているせいか、ランプの灯りに目をしかめている。あまり眠れていないのか顔色が悪く、唇も震えて落ち着きがなかった。
彼がオーデル伯爵の息子、カーマルなのだろうか。
「だ、誰だ?」
その問いに、ラインハルトが深々と礼をする。
「私はラインハルト・ハイガル。シルバート王国の最高司令官です」
「!?」
青年は驚いたが、ブラムはもっと驚いた。まさか素性を明かすとは思いもしなかった。いや、顔を隠していない時点で気付くべきではあったのだが……。
「その最高司令官が、私に何の用だ?」
「オーデル伯爵がウィンスターに殺されました」
青年の目が見開かれる。
「他の協力者も死にました」
「ば、馬鹿な……デタラメだ」
「残念ながら事実です。そして、オーデル伯爵の息子である貴方も、指名手配されています」
「ありえないっ! そんな事あるはずがない! 私は何もしていないのだぞ!? そうだ、貴様らが私を閉じ込めていたからであろう! その間に私を悪者に仕立て上げたのだな!」
「そう思いたいのであればどうぞ」
そう言い、懐から封筒を出す。
「これは、四国の大臣が集まる会議で提出されたフェニエド王直筆の手紙です」
青年の視線がラインハルトの手元に向けられた。
「こちらに置いておきます。一度、目を通される事をお勧めします」
封筒を鉄格子の前に置き、明かりとして壁飾りのランプを鉄格子の近くにかけ直した。
ブラムとラインハルトが距離を置いて見守っていると、青年が鉄格子に近付き、封筒を手にした。
「………」
裏返した封筒を凝視している。おそらく、そこに描かれたウィンスターの紋章が本物かどうか勘繰っているのだろう。しばらくして中から手紙を取り出し、ランプの灯りを頼りに読み始めた。最初は黙って読んでいたが、次第に前かがみになり、ぽつりぽつりとつぶやき始めた。
逆賊……?
無関係……?
震える手に力がこもり、手紙が歪んでいく。そして次の瞬間、怒りの奇声を上げて手紙を両手で握り潰した。そのあまりの豹変ぶりにブラムはたじろいだ。しかし、ラインハルトはいつもの涼しげな顔で見守っている。そして、カーマルが落ち着くのを待って話しかけた。
「その様子ですと、父君が受けていた命令がどれほど危険だったかご存知だったようですね。もうお分かりになったかと思いますが、フェニエド王は貴方達を切り捨てる腹積もりだったのです」
「………」
カーマルはうつむいたまま微動だにしない。まるで石のように固まっている。
ラインハルトは続ける。
「怒りを覚えませんか。高みの見物をしていたフェニエド王は、貴方や父君を利用するだけ利用して、失敗すればゴミのように捨てるつもりでいたのです」
「………」
「フェニエド王は秘密裏に貴方を消そうとしています」
その言葉にカーマルの頭がぴくりと動いた。
「先日も近くでウィンスターの密偵を捕らえました。貴方の居場所を嗅ぎ付けられるのも時間の問題でしょう。このままでは――」
「何が言いたい!」
怯えでかすれた怒鳴り声だった。ラインハルトは、哀れな青年を見詰めたまま言った。
「協力して欲しいのです」
「……なんだと?」
「シルバートは前任の最高司令官を暗殺されました。これは単に戦力の低下だけにとどまりません。魔術大国としての威信や名誉を傷つけられたのです。これが国にとってどれほどの損失なのか、貴族の貴方なら分かるはずです」
そして、と言葉を継ぐ。
「貴方は父君を殺され、逆賊の汚名まで着せられました。おそらく、家も取り潰されるでしょう。フェニエド王に恨みがあるのは、私達と同じはずです。違いますか?」
「………」
「私達はフェニエド王の鼻を明かします。そのためには、真実を知る貴方が必要なのです。カーマル殿」
「私に何をさせるつもりだ?」
「二週間後にウィンスターとシルバートの調印式が行われます。そこで、真実を語ってほしいのです」
「ふ、ふざけるな! 私を消そうとする連中の前に出ていけというのか」
「無論、攻撃されそうになった場合は助けます。それに、作戦が成功したあかつきには相応の見返りも用意させていただきます」
「見返り?」
「シルバート王国での爵位と領地です」
青年の目の色が変わった。しかし、すぐに疑いをにじませる。
「爵位をもらったところで、他の貴族が認めるわけがない。他国の人間が一足飛びで貴族になってみろ、妬まれるに決まっている」
ふむ、とラインハルトはほんの数舜だけ考えた。
「それでは、私と同じように貴族でありながら魔術師になれば良いのではありませんか? 力でねじ伏せれば、誰も貴方を悪く言えません」
「ま、待て。わ、私が魔術師……?」
「そうです。貴方には魔術師としての素質があります」
驚きを隠せないといった顔でカーマルがラインハルトを見上げる。
「それは……本当か?」
ラインハルトはうなずく。
「百雷の二つ名を与えられた私が言うのですから、間違いありません。どうしますか? 祖国のために犠牲になるのであればそれも良いでしょう。それとも――」
「やる……やるぞ」
カーマルが協力を受け入れ、不気味なまでに口元を吊り上げた。
それは、ブラムが寒気を感じるほどの笑みだった。
「まさか、まだ説得をされていなかったとは思いませんでした」
地下牢の番を看守に任せ、人気のない中庭に出て来た所で、ブラムはラインハルトに話しかけた。
「フェニエド王の出方がわかりませんでしたから、彼との接触を控えていたのです」
「説得できたからよかったですが、内心どうなる事かと思っておりました」
「心配には及びません。彼が居なくても他の者を立てればいいだけの話です。なにしろ、彼を知る人間はほとんどいないのですから」
「なるほど……」
彼には二重三重に張り巡らせた策があるのだろう。
だとすれば、カーマルに魔術師の素質があると言ったのにも何かの計算があるのだろうか?
問いかけようとした時、ラインハルトが城を見上げた。
二階の窓辺で、たおやかなドレス姿のバチルダ王女が手招きしていた。




