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深炎の舞姫2  作者: 鳴砂
幕間Ⅱ
62/88

和平の真意

 ***


 フェニエドの狙いは何だ……?


 円卓の一座でブラム・ウェストは静かに唸っていた。しかし、それを顔に出すわけにはいかなかった。シラ=エン王国から帰国した外務大臣の報告が今も続いている。


「ウィンスターのフェニエド王も事態を重く受け止めており、有事の際は派兵も惜しまないと言っているようです。そして、シラ=エン王国やネフェタリカ王国の外務大臣も自国の王に進言するとの事でした。反逆者アレスによって乱された平和でしたが、各国の想いは同じでした。和平に障害はないものと考えます。以上が四国代表会議の報告となります」


 手元の報告書から面を上げた大臣が、平和は約束されたも同然だと言いたげな顔をした。そして、コルセオス王と、そこに居並ぶ四侯爵の反応を待っていた。

 彼は、シルバート大陸が海に沈む事を知らない。この場に集まった王と四侯爵が情報を秘匿しているからだ。それはもちろん、水面下で侵略計画を進めるためだ。兵糧の手配にしても、怪しまれないように複数の商人から小分けにして仕入れており、国内に数か所しかない天女の泉による小麦の栽培も、いくつかの指示系統から極秘裏に行っている。個々の作業は単純で、侵略の準備をさせられているとは誰も気づかないだろう。それらすべてを把握しているのは、王と四侯爵、そして、バチルダ王女のみだった。

 だが、眼前の男は(まが)りなりにも外交を任されており、人の機微については多少なりとも敏感だ。顔色一つで勘繰られないとも限らない。ブラムは細心の注意を払いながら王座からの言葉を待つ。

 コルセオス王は円卓に広げた書状を一読し、顔を上げた。


「内容については分かった。この書状には『オーデルは逆賊である』と明言してあるが、これはフェニエド王が自ら書いた物で間違いないな?」


 書状に手を置き、問いかける。


「はい。その通りです。写しはシラ=エンやネフェタリカにも届けられるはずです」

「オーデル伯爵の動機については触れられていないな……」


 呟きにも似た問いかけに、はい、と答えた大臣の顔は神妙だったが、


「ただ、これはウィンスター大臣の発言ですが、本土から追い出された事が理由ではないかと話をしておりました。オルモーラ地方は自然に恵まれた大地ではありますが、華やかな本土に比べると、こう言っては何ですが田舎です。そこに追いやられた恨みはあるでしょうし、本土にあった領地が他の貴族に割り当てられた事も酷い話だと感じました。先祖代々守ってきた領地を取り上げられた屈辱は、筆舌出来ないものがあったのではないでしょうか」

「それはつまり、オーデル伯爵の動機は私怨だったと言うのか」

「はい」


 少なくとも双方の大臣はそう思っているようだ。


「他に気になった事はないか。各国大臣の反応など些細な事でも構わない」

「気になる事と言えば、難航するかと思われた此度(こたび)の会議ですが、あまりにも滞りなかったと言いますか、ネフェタリカが執拗な質問攻めをしてくる事はありましたが、それでも拍子抜けするほどにあっけなく終わりました。まるで進む先が見えていたかのような……」


 そこで重大な発言でもするかのように一呼吸置いた。


「まさかとは思いますが、シラ=エンとウィンスターは裏でつながっているのかもしれません」


 じっと見つめる大臣の視線を受け、王はわずかにうなずく。


「外交を得意とするウィンスターだ。一ヶ月の間にそのくらいの手は打っているだろう」

「お、おっしゃる通りです。今回の会合はそれが見えるようでした」


 渾身の議題を挙げたつもりが、至極当然といった顔で返されて動揺していた。王にいつもの穏やかさがない事で余計に大臣が縮こまっている。普段なら助け舟を出すブラムだが、この後の軍議を思うとそんな余裕はなかった。


「――他にあるか?」

「い、いいえ。ございません」

「ご苦労。下がってよいぞ。長旅の疲れを癒すといい」

「ありがとうございます」


 安堵の混じった顔で一礼して席を立つ。その彼を、第三侯爵のギエン・アンダーが扉まで送った。大臣の背中が廊下の奥へと消えていき、周囲に人影がないのを確認したギエンが重い扉を施錠(せじょう)して円卓へと戻ってくる。


 静かな空気の中、王と四名の侯爵は向き合った。その場に舞姫であるバチルダ第二王女の姿はない。王が娘の出席を禁じたからだ。これから話し合うのは他国の侵略作戦だ。綺麗ごとで済むわけもなく、立ちはだかる敵を倒す事も考えなければならない。平和を説いてきたコルセオス王だけに、そんな姿を娘に見られたくないのだろう。その気持ちは、同じく娘を持つ身として痛いほどわかった。

 コルセオス王がそれまでとは違う、厳しい顔つきになる。


「軍議を始めよう」


 王の視線がラインハルトへと向けられ、蒼い瞳がうなずいた。


「ウィンスターの冷血王は和平を掲げてきました」


 そう語りかける声は落ち着いていた。

 最高司令官となった眉目秀麗の魔術師は、この一ヶ月でさらに先導者としての風格を持ちつつあった。それは舞姫に選ばれた救世主だからという理由だけではない。侵略に向けた兵器の見直しや荷車の開発。各隊に新しい戦術を浸透させ、少ない戦力でも殲滅力を上げた。短期間で統率されていく魔術師団をこの目で見てきた。ブラムは、自身より二十歳も若い青年に一目置くようになっていた。


「フェニエド王の書状によれば、オーデル伯爵には何らかの目的があり、アレスと手を組み、危険な新兵器まで完成させたとあります。すべてはオーデル伯爵が秘密裏に行っていた事で、それを知ったフェニエド王は、彼の暴走を止めるために海軍を動かし、極悪人を断罪した――というのがあちらの言い分でした」

「まるで英雄を気取った言い草ですな」


 ロナークが白髭をなでながら皮肉った。それに同調してギエンが鼻で笑う。そこには義憤が混じっている。義理に厚い彼からすれば、部下を見捨てた王を許せないのだろう。


「それにしても、各国の大臣はその話を信じたのでしょうか? 地方の伯爵がそのような凶事に及ぶなど、普通では考えられません」


 問いかけると、ラインハルトがうなずいた。


「私も同じように考えておりました。戦争の火種になりかねない行動を独断で進められるわけがありません。十中八九、フェニエド王の命令でしょう。ただ、ウィンスターは世界一・二を争う経済大国です。頼りにしている国は、たとえ疑ったとしても声を上げる事はできないでしょう。その状況を利用して本人は白を切り通すつもりのようですが……」


 そこで一呼吸置き、しかし、と続けた。


「これで活路が見えました。フェニエド王が裏で動いていた事を証明できれば、言い逃れはできなくなります。ウィンスター側に不義があったとなれば、シルバートとウィンスターが戦争になったとしても不可侵条約は無効となります。一対一の戦いに持ち込めるわけです」


 ブラム達は互いに視線を合わせ、うなずいた。

 すべてはフェニエド王がオーデル伯爵をどのように扱うかにかかっていた。それが分かった今、策略を練る段階になった。


「だが、どうやってフェニエド王の嘘を暴くのだ? あの牢獄の男にこの状況を覆せるようには思えないが?」


 ギエンが、最高司令官の能力を試すように訊いた。軽い挑発も声音に混じっている。


「その話をする前に、私達が立てた仮説について今一度確認するべきだと考えます」


 歯牙にもかけず、といった様子で話を切り替える。


「仮説?」

「はい。フェニエド王がオーデル伯爵を裏で動かしていたという仮説です。そして、私達が新兵器として利用する魔神骨の存在を、おそらくはアレスの口からオーデル伯爵を通して伝わり、焼失させようとしました。それは未遂に終わりましたが、しかし、フェニエド王が魔神骨の存在を知っているとしたら、なぜそれを秘匿したのでしょう?」


 ブラムはハッとした。


「私も同じ事を考えていました。魔力を何倍にも増強する魔神骨は、魔術師が主力となった現代において計り知れない脅威となるはずです。再び戦争を起こすための魔具と見なされるでしょう。それをフェニエド王が知っているとすれば、今回の四国会議で魔神骨の存在を知らしめ、和平条約に基づいて三国で圧力をかける事もできたはずです。しかし、それをしなかった……」


 ブラム殿のおっしゃる通りです、とラインハルトが言葉を引き継ぐ。


「私達を陥れる方法はいくらでもあったはずです。オーデル伯爵の城から証拠が見つかったとでも言い、魔神骨の存在を世に知らせる事もできたはずです。ですが、それをしませんでした。なぜだと思いますか?」


 強大な魔術師を有するシルバートに睨まれるのを恐れたから、というわけではないだろう。


「世に知らせなかった理由……。魔神骨を知られたくない理由が、ウィンスターにはあったという事だな?」


 ロナークの問いにラインハルトはうなずく。


「そういう事だと思われます。では、なぜ魔神骨を知られたくないのでしょうか」

「………」


 それがブラムには分からない。

 その隣でギエンが小さく何度かうなずいた。


「わかったぞ。シルバート王国以外でも使う国が現れたら、力関係が変わってくるからだろう。ウィンスターの連中は魔毒に弱い。自分達では使えない強力な魔具が他国で使われるのを嫌った……そう言いたいのだろ?」


 ラインハルトが口元に笑みを浮かべる。どうやら正鵠(せいこく)を射たようだ。


「それが一つ目の理由です。そして、おそらくはもう一つあります」

「なに?」

「魔神骨に利用価値があるから公表せずに秘匿したのです」


 ギエンが眉間にしわを寄せる。それはブラムも同じだった。


「それは、フェニエド王が魔神骨を利用するという意味ですか?」

「そうです」

「失礼ながら、おっしゃっている意味が分かりません。オーデル伯爵を裏で動かし、魔神骨を消滅させようとしたのではなかったのですか?」

「フェニエド王が消滅させたかったのは、私達が保有する魔神骨です」

「私達が保有する……?」


 ブラムは自身の指輪にはめた魔神骨へと視線を落とし、それからラインハルトを凝視する。


「それはつまり、他にもあるという事ですか」

「はい。ウィンスターでも別の魔神骨を所有していると考えます。ウィンスターは神話の時代から続く国ですから、魔神の遺物があってもおかしくはありません。もとはと言えば、私達が手にしている魔神骨もシルバート初代国王が大陸を統一するためにウィンスターから持ち出した魔具とされています」


 ウィンスターも魔神骨を保有している……?


「しかしこれは……憶測の領域に憶測を重ねているに過ぎません。それをもとに計画を進めるのは危険が伴います」

「第一、我々でも持て余す代物を魔毒耐性もないウィンスターの人間が扱えますかな?」

「ロナーク侯のおっしゃる通りです。魔毒耐性のない者は、魔力中毒に侵されて命を落とす危険もあります。それを、耐性のないと言われているウィンスターの人間が使用するとは考えられません」


 ラインハルトはうなずき、そして、上座のコルセオス王に体を向ける。


「陛下、昨日報告した件をこの場で伝えてもよろしいでしょうか」


 王は「任せる」とだけ応えた。


 昨日報告した件?


 ブラムの知らない事だ。ロナークやギエンの表情からも同じことがうかがえる。


「初めに断っておきますが、これは機密情報です。誰にも話をしないでください」


 話をうながすためにうなずく。


「ウィンスターはおそらく、罪人を利用して魔術の研究をしています。ウィンスターの死刑は古来より公開されてきましたが、近年は廃止されてとある施設に罪人が送り込まれるようになりました。そして、その施設から魔力が漏れていると報告が入っております。また別の報告では、神話の遺物を探し回る部隊もあるとか」

「もしそれが事実なら、ラインハルト侯の推理は現実味を帯びてきます。しかし、その情報をどこで手に入れたのですか。信頼できる情報源なのですか?」

「密偵からの報告です」


 開いた口がしばらくふさがらなかった。


「この緊迫した時期に密偵を送り込んだのですか……?」

「無論です。正確な情報がなければ作戦は成功しません。どの国でも行っている事ですよ」


 しかし、捕まって逆に情報が漏れたならシルバート王国が窮地に立たされる……。いや、そうはならない自信がラインハルトにはあるようだった。


「……敵国に密偵が捕まらない自信があるのですね」

「はい」


 落ち着いた蒼い双眸に見詰められると不思議と疑う事ができなかった。そもそも、事態は刻一刻と動いている。止める事はできないし、立ち止っていては沈む大陸と運命を共にするだけだ。彼と諜報部隊を信じるほかないのだ。


 それにしても、世界のどこにどれ程の密偵が潜んでいるのだろうか。シルバートの諜報部隊には老人から女子供までいると聞くが、たしかな素性はブラムにも明かされていない。わかっているのは、国王直属の部隊として他国から情報を集め、陰から国を誘導してきた事だけだ。そして、かつてはラインハルトやアレスも所属していた部隊を、今では国王から権限を与えられ、彼が独断で動かしているらしかった。おそらく、外務大臣が言っていた『ウィンスターとシラ=エンとのつながり』についても調べがついているのではないか――そんな気さえしてくる。


「さて、他にも議論すべき事はありますが、そろそろ本題に入りましょう」


 ラインハルトの言葉に、いよいよか、とブラムは両手を握り合わせた。


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