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深炎の舞姫2  作者: 鳴砂
幕間Ⅱ
61/88

調査報告

 銀狼のアレスが、シルバートの最高司令官ゴウザ・メイスを暗殺し、姿をくらました。

 そんな(うわさ)が大陸全土に広まり、人々は震え上がった。軍隊ですら壊滅させる暗殺者が、どこに潜んでいるか分からないのだ。さらには、ウィンスターのオーデル伯爵がアレスに加担していたと知れると、これは戦争の前触れではないかと、人々の恐怖に火が付いた。先の戦争から七年が過ぎていたが、その記憶は人々の心に()えない傷を残していた。


 アレスとオーデル伯爵が手を組んだ経緯や理由は現在調査中となっているが、シルバートとウィンスターの両国は、不穏な動きを事前に止めることができなかったとして責任を問われていた。もしも、その責任を巡って両国の主張がぶつかりあえば、戦争にならないとも限らない。そのため、和平条約の批准(ひじゅん)国であるウィンスター、シルバート、シラ=エン、ネフェタリカの四国代表者が早急に話し合う必要があった。


 しかし、当事国であるシルバートとウィンスターはもちろんのこと、『ピークホックの虐殺』で恨みのあるネフェタリカも中立とは言えず、必然的にシラ=エン王国が議会の開催地となった。そして、その議長を務めるのは、シラ=エン王国のミラヌイ外務大臣だ。


「…………」


 四国会議まであと数日と迫った夜。ミラヌイは、ウィンスター国王からの親書を机上に広げ、黙考していた。親書にはおおまかに三つの事が書かれていた。

 一つは、今回の事件に対するウィンスター側からのあらましだ。と、言っても、オルモーラ地方の伯爵が秘密裏に行動していた事で、シルバート国王からの親書が届いて初めて知るところになったとあり、シルバートと協力してオーデルは()ったが、アレスを逃がしてしまったとあった。

 つまり、これが二つ目となるが、アレスとオーデルの奸計(かんけい)にウィンスターはまったく関与しておらず潔白だという事。そして三つ目が、シルバートとの和平に協力してほしいという事だった。


 たしかに、無暗な戦争は起こすべきではない。軍事産業の活性化で利権が絡む軍部は反対するだろうが、ここでウィンスターに恩を売っておくのも悪くない手だ。

 ウィンスターは今、北方の遊牧民族や領海内の海賊に手を焼いていると聞く。これ以上の面倒事は避けたいだろう。だとすれば、ウィンスターの望みを叶える事は、貿易関係などでシラ=エン王国に益をもたらすはずだ。


「だが、シルバートがどう動くか……」


 ウィンスターのフェニエド王が知らなかったとはいえ、自国の伯爵が反逆者に手を貸していた事実を、シルバート側がどのように追及してくるか……。


 思案に耽っていると、夜半にも関わらずドアがノックされた。

 慌てたようなノックに眉を上げて振り返る。


「入っていいぞ」


 入室を許可すると、兵士長が青ざめた顔で入ってきた。


「だ、大臣、火急の話です」

「何かあったのか?」

「シルバート王国の使者が、門前に来ています」

「なんだと……?」


 驚きのあまり腰が浮いた。

 ミラヌイの居城は、シルバート王国との国境から馬を走らせても数日はかかる距離にある。おいそれと来られる場所ではない。何より、シルバート王国とは休戦状態にあり、有事の際にはすぐ対応できるようにと軍が国境を見張っていた。その警備をくぐってシルバートから使者が来られるはずがないのだ。

 だが、兵士長の話では来ているという。


「シルバートのコルセオス王からの書状を渡したいとのことです」

「わかった。まずは会ってみよう」




「単独で使者が来たというのか?」

「はい」


 兵士長は神妙な顔でうなずいた。ランプの灯りを頼りに石段を下りていくと、一階では、頑丈な大盾を装備した兵士が待機していた。彼らと合流すると、兵士長が振り返る。


「大臣は我々の前に出ないようにしてください。使者が武器を持っていない事は確認しておりますが、魔術師の可能性もありますので」


 盾兵も、耐魔毒の装備に持ち替えている。


「ああ」


 兵士長を先頭にして二人の盾兵が続き、その後ろについた。

 開かれた玄関から出ると、湿り気のある夜風が吹いていた。雨雲は去ったらしく下弦の月が煌々と浮かんでいる。降り注ぐ月明りで敷石が濡れ光り、その先に侵入防止の格子門扉がある。ミラヌイは盾兵に守られながら門扉へと近づいた。槍を装備した門兵が迎える。


「外にいる男がそうです」


 言われる前から、門扉越しの黒い人影に目を止めていた。

 闇に溶ける様な黒いローブを身に着けた人物が、フードの奥からじっとこちらを見返していた。その人物がシルバートの使者らしい。


「シルバートから一人で来たというのは本当か?」


 盾兵に守られたまま、ミラヌイは問いかけた。


「それは先ほども答えたはずだが?」

「国境の見張りを抜けて来たというのか?」

「そうだ。――ミラヌイ大臣は貴様か?」


 目深に被ったフードからのぞく双眸は、瞬きすらせず聞いてきた。格子門越しに槍を向けられていてもまったく意に介しておらず、それが不気味だった。死と隣り合わせの敵地で、どうして平然としていられようか。


 只者ではない。

 ミラヌイは戦場に出た事はないが、眼前の男が、それに順応しているどころか、生業(なりわい)にしているようにすら感じられた。戦場で最後まで立っていられるのは、彼のような異常者ではないだろうか。

 だが、国境を越えてまでわざわざ私を訪ねて来た理由はなんだ? まさか、私が外務大臣だとわかったら襲ってくる気ではないか?

 しかし、殺意は感じられない。少なくともミラヌイにはそう見えた。そして、どんな相手であろうと外交において弱気は悪だ。

 使者の問いに鷹揚(おうよう)にうなずく。


「いかにも、私がミラヌイだ。貴殿は何者だ?」

「私はヘルステッド。我が王の意向を伝えに来た」


 そう言い、袖から何かを取り出した。

 思わず身を引き、盾兵が身構える。

 差し出されたのは書状だった。


「我々はウィンスターとの和平を望んでいる」


 ……和平? シルバートが?


 予期せぬ回答に困惑した。しかし、ウィンスターとシルバートの両国が戦争を望んでいないのだとしたら、細かい調整は必要となるだろうが、平和は実現したも同然だ。


「……わかった。その書状をこちらへ寄越せ」


 格子の間から書状が差し出され、兵士長が危険物でも触るように受け取って渡してきた。それを広げ、ランプの灯りに照らして読む。

 そこにはウィンスターと和平を結びたいので、協力してほしいという内容が書かれていた。


「しかと渡したぞ」


 その声に顔を上げた時、門の外に人影はなかった。忽然(こつぜん)と消えたのだ。


「な……?」


 兵士長が格子門の隙間からあたりを見回すが、使者を見つけられなかったのか、首を横に振る。

 使者が闇に消えた。その事実にぶるりと体が震え、その恐怖と(とも)に思い出した。

 先の戦争で人々を恐怖させた暗殺部隊。銀狼のアレスや百雷のラインハルトが所属し、素性を隠すために仮面をつけていた部隊。その集団を率いていた男が、ヘルステッドでなかったか――。




 それから二日後。各国の外務大臣および補佐官が会議場に集まった。

 七年ぶりの四国会議。見知った顔がずらりと並んでいるのを確認したミラヌイは、大天女の石像に一礼し、議長席の横に立った。


「これから話し合われることは、すべて真実であると、大天女の前で誓えますか」


 その言葉に、ウィンスター王国とシルバート王国の外務大臣が、それぞれの右手を自身の左胸に当てて声を発する。


「「誓います」」


 ミラヌイはうなずき、


「どうぞ。席にお着きください」


 中心の大円卓に、四名の外務大臣が東西南北に分かれて座り、部屋の端に書記として補佐官がついた。


「それでは始めましょう。まずは今回の事件について、情報共有を兼ねて事実確認をさせていただきます」


 そう言い、準備していた報告書を広げる。


「シルバートの魔術師であるアレス・ディベンジャーは、同国の最高司令官を暗殺した。その後、国外へと逃亡し、オルモーラ地方のオーデル伯爵やメリル王女に匿われていた。彼らは共同で兵器の開発を行い、海外へ持ち出そうとした。その事件について、ウィンスターもシルバートも一切の関与がなかった。この報告に間違いないという事でよろしいでしょうか?」


 両国の大臣がうなずく。


「最高司令官を暗殺され、我が国は恐怖と混乱に陥っております」


 シルバート大臣の言葉にウィンスター大臣も沈痛な面持ちだ。


「我々も同じです。停戦協定があるというのに、反逆者に手を貸す者が現れるとは……」

「わかりました。――一つお伺いしたいのですが、兵器とはいったいどのような物でしょうか?」


 それにはウィンスターの大臣が答えた。


「詳細は分かりません。ただ、巨大な炎を生み出す兵器だったと言われています。我が海軍も、そして、シルバートの魔術師団も巨大な炎を目撃しております」

「はい、その通りです」

「それは、非常に燃えやすい油のようなものだったのでしょうか?」

「おそらくは、そうでしょう。オルモーラ地方はその温暖な気候から油花の栽培に適した風土となっております。より大きく燃え上がる油が開発されていてもおかしくはありません」

「ちなみに、炎の規模はどれくらいだったのですか?」

「証言によると、雲に届くほどだったと言われています」

「雲に……?」


 想像をはるかに超えた回答に、言葉が続かない。もしそれが本当であるなら、魔術師団を超える戦力となり得る。


「その油……油かどうかは分かりませんが、兵器は見つかっていないのですね?」

「はい。オルモーラ中を草の根かき分けて探しましたが、それらしい物は見つかってはおりません。しかし、船で逃亡したアレスが持ち出している可能性はあります」

「彼らの狙いは何でしょう? そのような兵器を開発して何をしようとしているのでしょうか?」

「国家転覆、暗殺による政権交代、あるいは、それらとは違う何か……」

「何も分かっていないという事ですか?」

「恥ずかしながら……。ただ、彼らの狙いが我々の平和を脅かす事は間違いないでしょう。特に新兵器――我々はその兵器が油だと考えておりますが、非常に危険です。古くから明かりとなる灯油(とうゆ)は我々の生活に欠かせない物です。近年では平民も扱うようになってきています。その油が新兵器にすり替えられていても気付く者はいないでしょう。火をつけた瞬間に炎に包まれて、終わりです」


 ゾッとするような話である。その兵器に火を点けた瞬間には全身が燃えているのだ。助かりはしないだろう。


「わかりました。これから灯油の扱いには細心の注意をはらうようにしましょう。それと、アレスや兵器の行方については今後も調査を続けていただけますか。どちらの存在も、我々の平和を(おびや)かしかねません」


 両国の大臣はもう一度うなずいた。


「さて、ここまでの内容で質問はございますか」


 ネフェタリカの大臣が挙手した。


「いくつか質問よろしいでしょうか」

「どうぞ」

「先ほどの兵器も含め、情報はすべて共有していただけると考えてよろしいですね?」

「もちろんです。これは各国が協力し、平和に向けて対処すべき問題です」


 その返答を探るような眼つきで聞いた後、


「どのように報告を頂けますか」

「どのように?」

「各国と同じ情報を迅速に頂きたい。そうでなければ対処が遅れます。なにしろ、地理的に最も離れているのはネフェタリカです。オルモーラ地方はウィンスター領でありますし、シルバートとシラ=エンは隣国ですので情報も伝わるのが早いでしょう。それに比べ、我が国に情報を届けようとすると、シルバート領を横断するか、海流に逆らって船で運ぶしかありません。情報伝達の速さが公平ではないのです。言うまでもないでしょうが、伝達の差は戦局を左右する要因となります」


 正しいのだろうが、ねちねちとした質問に各大臣が困惑している。


「ご心配はもっともです。ですが、それについては別で検討しましょう。我々は各国の情報網について把握していません。ここで話し合った所でそれが実現できるかわからないのですから」


 分かりました、と頭を下げる。しかし、すぐに顔を戻すと、


「アレスとオーデルがどうして手を組むに至ったのかがわかりません。両者が手を組んだ目的とは一体何でしょう?」

「それについてはいくつかの仮説がありますが、彼らの狙いを突き止めるには至っておりません。立場の違う彼らに共通の目的があったとは考えにくいですから」

「それでも実際には二人が手を組んでいますが?」

「おっしゃる通りです。ですが、証拠が出てこないのです。犯行声明でも出していればこのような手間はかからなかったのですが……」


 その言葉にウィンスターの大臣もうなずく。


「オーデルは周到(しゅうとう)な男だったようです。証拠を残さないよう、口頭でやり取りをしていたか、書面にしても用が終われば燃やす事を徹底していたようです」

「形跡一つ残さない事などできますか?」


 ネフェタリカの大臣は懐疑的だ。何か隠しているのではないかと疑ってかかっている。しかし、穏便に済ませたいミラヌイの内にも釈然としないものがあるのも確かだった。事件から約一ヶ月の期間がありながら何も分からないという事があるのだろうか。


「質問を変えましょう。協力者は見つかっていないのですか? 大がかりな作戦を実行するのに、アレスとオーデルだけで行うことはできないでしょう。必ず協力者や関係者がいるはずです。たとえば、新兵器は二人が作ったのでしょうか? 彼らにその知識があったとは考えにくいでしょう。そうなると他に開発者がいるはずです。それに、材料が油花とすれば、開発者に原料を卸した業者がいるはずです。それだけではありません。オーデルの私兵も関係者です。同じ城にいて無関係なはずがありません」


 事前に準備してきたのだろう。言葉に淀みがない。


「おっしゃりたい事は分かりますが、私達も同様に考えました」


 ウィンスターの大臣が言った。


「順を追って説明します。まず、兵器の開発者については目星がついております。油花研究所のハマー所長です。彼は優秀な研究者でしたが、ウィンスター本土で大火事を起こし、多くの犠牲者を出しました。その責任を取る形でオルモーラ地方に左遷(させん)されていましたが、彼はそこで油の研究を続けながら、兵器への転用を考えたのではないかと思われます。我々は彼を探しましたが、見つけることが出来ませんでした。アレスと共に逃げたのか、他の場所に潜伏しているのかもしれません。そして、オーデル伯爵の私兵ですが、彼らは捕まる前に自害しました。シルバートの魔術師団がそれを目撃しています。――そうですね?」

「その通りです。消え行く彼らの手には遺書が握られていたそうです。そこには『自分達の意志で動いただけで、本土の家族は一切関係ない』という内容が書かれており、ウィンスターの海兵隊も読んでおります。もちろん、それを無条件に受け入れる訳にはいきませんので、厳しい調査が行われていると聞いております」


 ウィンスターの大臣はうなずく。


「国を危険に晒したわけですから、徹底的に調査を行っております。フェニエド王の厳しさはご存知でしょう? 航路を荒らしていた海賊を捕まえ、一人残らず処刑した事は諸外国に伝わっているはずです」


 “冷血王フェニエド”


 ミラヌイも含め、その場にいた誰もが神妙な顔をした。

 海賊に身を落としたのはウィンスターの民も多かったと聞く。多くが社会からあぶれたならず者だったが、中には家族を守るために仕方なく海賊へと身をやつした者もいた。しかし、フェニエド王は平等に処刑した。それも、家族もろ共だ。

 冷血王と呼ばれる所以(ゆえん)がそこにある。


「話を戻しますが、アレスとオーデルの狙いは未だに不明です。そもそも、同じ目的を持っていたかどうかも怪しいところです」

「目的が違うのにどうして手を組むのですか?」とネフェタリカの大臣。

「彼らはたまたまつながったのではないでしょうか。そして、彼らを引き合わせたのはメリル王女だったのではないかと考えます」

「と、言いますと?」


 ミラヌイは先をうながす。


「メリル王女はアレスの許嫁(いいなずけ)です。そして、彼女は人質として、オーデル伯爵が統治するオルモーラ地方に住まわされていました。彼女こそ、アレスとオーデルの接点となり得る人物なのです」

「それは、主犯がメリル王女だという事ですか?」

「いいえ、そうは言っておりません。あくまで両者をつなげたのは彼女ではないかという事です。ただし、彼女に動機があったのは否めません。メリル王女は少なからずアレスを慕っていたようです。それが人質にされた事で離れ離れにされ、国に対して恨みもあったでしょう。アレスも同様です。許嫁を人質にする国を変えようとしたのかもしれません」

「男女の仲でこのような事件に発展したというのですか」

「あくまで可能性の一つとして挙げたまで」

「また可能性ですか」


 揶揄(やゆ)する言葉に、ウィンスターの大臣が苛立たし気に見やった。


「不服なら貴殿の見解を聞かせてもらえますか。ネフェタリカからも調査団は来ていたと思いますが」

「………」

「争うのは止めましょう。平和のための議会ですよ」


 ミラヌイは議長として止めに入った。


「失礼しました」


 ウィンスターの大臣が謝り、他の大臣もそれにならった。


「他に報告や確認すべき事はありますか?」


 周囲を見回すが発言する者はいない。


「ないようでしたら、現状確認は以上です」


 そこで一息つき、本題へと入る。


「それでは、両国王の意向をお聞きします。――ウィンスター外務大臣、書状をこちらへ」


 呼ばれた男が席を立ちあがり、ミラヌイに書状を渡す。ミラヌイはそれを広げ、そこに記されたフェニエド王の意志を一字一句読み上げていった。オーデルの暴走を止められなかった事に対して、後悔と詫びの言葉がつづられていた。


「――シルバート外務大臣、書状をこちらへ」と、コルセオス王の書状も読み上げる。そこには、反逆者アレスによって平和が脅かされている事に対する謝意と協力のお願いが書かれていた。

 二つの書状は友好の意を表明し、オーデルと銀狼のアレスが行った事には一切関与していない旨が書かれており、他国が口を挟む余地はなかった。もしも両国を責めようものなら品位を疑われる……そのような空気さえ漂っていた。


「お互いに和平を望んでいる。よろしいですね?」


 両国ともうなずく。唯一、ネフェタリカの大臣が肩透かしを食らったように胡乱な視線を投げかける中、議会は和平の方向へと着実に進み、最終決定を行う四国王会議へと上げられる事となった。




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