闇夜の賊と月夜の踊り子5
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「接近する船があります!」
船員の切迫した声が、静かな夜に危うげな空気をもたらした。
デュオネスは紅の瞳を開き、古傷だらけの上半身を起す。その拍子にベッドを軋ませ、手元で毛布にくるまって眠るバロッサを起こしてしまった。
「なにごと……?」
裸体のバロッサが身を起こし、ウェーブする、少し茶色がかった金髪をかき上げ、女の香りを漂わせる。左手で毛布を引き上げ、鎖骨から下を隠している。
情事の後だとは気付かなかった船員が慌てた。
「も、申し訳ありませんっ」
かしこまって背中を向け、こちらを見ないようにする。そのようにかしこまるのは彼だけではないだろう。この『ヴィアント・ロム』に乗船する男たちはみな、デュオネスを主と認め、同時に彼の恋人にも敬意を払っている。その情事を邪魔した事に恐縮しているのだ。
「いい、気にするな」とは言ったものの、相手は気にしているようだ。
ある事件でデュオネスは彼らの命を救った。その時から彼らと同じ道を歩むことになり、運命共同体だと言ったが、船員達はデュオネスを船長として別格扱いした。最初は遠慮していたが、船長であるほうが機敏な作戦行動を行うには好都合なので、今では受け入れている。
デュオネスは外套を羽織り、愛人を振り返ると、「バロッサ、服を着て仮面を用意していろ」と言い残し、自身も壁にかけていた仮面を手にして部屋を出る。海賊である以上、素顔を知られれば、船を降りて生活する事はできなくなる。だから狙った船を襲う時は顔を隠している。
「船長、どうします」
斜め後ろについてきた船員のオーカが聞いてきた。彼は夜の見張り役をするため、他の数名と昼夜逆転の生活を送っている。
「とりあえず状況を確認するのが先だ。相手は何隻だ?」
「一隻のようです。南方から来ています」
「一隻だと? なめられたものだ。どこの軍艦だ」
周辺の軍艦なら弓兵を倒せばそれほど脅威でもないが、ソイルバインの魔術艦隊なら厄介なことになる。
「いいえ、軍艦ではなく、貿易船のようです」
オーカの言葉に、デュオネスは眼光を鋭くした。
「貿易船がこんな浅い場所に来るとも思えんが……」
とりあえずは、相手の姿を確認しなければ作戦も立てられない。
デュオネスは甲板の手すりに向かい、黒色に染めた帆布を押し退けて星明かりに照らされる周辺の岩山に目を配った。異変がない事を確認し、黒い景色に溶け込む自分の船から近くの岩場に飛び移り、見張りの岩場へと移動する。
岩場には、オーカと同じ見張り役の部下が待機しており、彼から望遠鏡をうけとって岩陰から南方の海へとレンズを向ける。
満天の星空を掲げる黒い海原に、たしかに貿易船の姿があった。たった一隻だけで、他に船影は見当たらない。平べったい形状からすると、速さより大量の荷を運ぶ運搬能力に重点をおいた船である事は明らかだ。
「この辺りでは見かけない船だな」
その船がまっすぐこちらへ向かってきている。このまま直進すると群島にぶつかるか、浅瀬で座礁する。
「この群島が見えていないのか? いや、これほど明るい星空の下なら常人でも壁を見落とすはずがない。用心するべきか……」
あれが貿易船なら、航路を外れて危険な海域に来るはずがない。
「敵でしょうか」オーカが聞く。
「どうだろうな。大洋で遭難し、舵取りができなくなっただけかもしれない」
もう一度望遠鏡をのぞきこみ、今度は甲板の様子を調べていく。
「甲板に人が、一、二、三、四……五人。手には武器と、盾。こんな真夜中にしては仰々しい見張りだ。船が故障している気配もない……」
外観は貿易船でも、乗っている人間は別の目的を持っていそうだ。
デュオネスは望遠鏡を下ろし、部下に指示を出す。
「寝ている船員を起こして仮面をつけさせろ。こちらから仕掛けるぞ」