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深炎の舞姫2  作者: 鳴砂
第二章
58/88

一花と呼ばれた舞姫学校へ34

 

 ***


 カラーンラーン、カラーンラーン。

 朝にただよう静けさの向こうから起床を知らせる鐘の音が響き渡り、青い空へととけていった。

 窓辺にいたヘレンは、読んでいた『舞姫の史実』を閉じて立ち上がった。

 その横で編み棒を操っていたシーマがぴたりと指を止め、編みかけの人形を置いた。眉一つ動かない無表情のシーマが編み出したとは思えないような笑顔でかわいらしい人形だ。髪型からしてミグだろうか。

 繊細な扇子さばきを磨くためだと言って始めた編み物は、今では達人と呼ぶにふさわしい領域に達している。


「行きましょうか」

「あ、待ってください。顔だけ洗わせて」


 クローゼットの前でもう一人、慌ただしく着替えていたミグが細かくカールしたふわ毛をツインテールにすると、床下の水路から水をくみ上げ、洗面台でバシャバシャと顔を洗った。目の下にはクマもできている。

 彼女のベッドには恋愛巨編が置かれていた。一夜で読み終わったのか、しおりが最後のページにはさまっている。


「夜更かしするから慌てる事になるのよ。目の下にクマまでできているじゃない。楽しみにしていた新刊なのはわかるけど、数日に分けてじっくり読めばいいのに」


 呆れ顔でタオルを差し出すと、ミグはふっくらとした丸顔に笑みを浮かべて首を振った。


「だって閉じどころがわからないんですもの。せっかくモナとミハイルが悲しい過去を振り切っていい雰囲気になれたのに、あの侯爵のせいで離れ離れになって! モナは信じて待っているのに……! どうして……どうしてあんなに胸をわしづかみにされるようなお話を考えられるのかしら。ほんと、息つく暇もない。呼吸困難になっちゃいそう」


 作り話なのに、本当に幸せそうに笑う。その濡れた顔をタオルで拭くと、すぐにまたしゃべりだす。


「ヘレン様もシーマも読んでみてください。きっと大好きになると思います。特に今回の作品は奥が深いんです。対立する二つの派閥があって、完全に片方の派閥が勝ってしまうんですけど、ミハイルが、負けた派閥からモナを救い出そうとするんです。でも、そんな二人の恋を利用しようとする人が現れたり、利権をめぐってどろどろの争いに巻き込まれたりするんですけど、二人にとっては家も立場も関係なくて……、とにかく、困難を乗り越えて信じ合う二人が美しいんです。私もそんな恋をしてみたいと本気で思いました」


 ミグの幸せそうな横顔を見ていると、世の中悪い事ばかりではないように思えてくるから不思議だ。


「わかったわ。読んでみようかしら」


 男女の恋というよりも、信じ合う姿に興味をひかれたからそう返事したのだが、


「本当ですか!? やった! きっと恋がしたくなりますよ」


 ミグは飛び跳ねるようにして喜んで分厚い本を渡してきた。その分厚さと言ったら、ヘレンが読んでいる数千年を越える『舞姫の史実』と同じぐらいだ。男女の色恋でよくこれほどの大長編が書けるものだと関係ないことに感心してしまう。


「シーマも読んで! それで三人でお話しましょ!」


 シーマはにこりともせずにうなずいた。初対面の人なら嫌なのかと疑われるだろうが、実際はそうではない。彼女がうなずいたからには必ず読むはずだ。ただ、もう少し感情がわかりやすければ他人に誤解されることもないのに……。


『おはよう』


 ドアの向こうから少女達のあいさつが聞こえてきた。朝食へと向かうのか、いくつもの足音と話し声が部屋の前を通り過ぎていく。


「さ、私達も食事に行きましょう」


 ヘレンは日傘を手にして二人に声をかけた。


「そうですね。夜更かししたからか、なんだかお腹が減って…ふぁーあ」


 大きなあくびをするミグに、ヘレンは苦笑し、シーマは見守っている。

 失敗は多いがそれでもへこたれず太陽のように明るいミグ。人付き合いが下手だが月のように穏やかなシーマ。ヘレンはそんな二人に囲まれているのが一番落ち着くのだった。




 朝日が射し込む寮の通路には、うら若き青髪の少女達が朝食へと向かっていた。


「おはよう」

「おはよう」


 ヘレン達は廊下で会った同級生とあいさつを交わした。それから、人の流れに従って階段を下りていく。ところが、一階まで下りてきたところで流れが悪くなった。全生徒が寮の玄関に集中するせいで前がつかえて停滞しているのだ。


「かなり混んでいますね。あぁ、わたしが身支度するのが遅かったからだわ」


 背の低いミグが人の流れに押されながら、日傘を落とさないように両手で握りしめていた。


「気にする事ではないわ。すぐ出られるわよ」


 クラスで一、二を争うほど背の高いヘレンとシーマは、周囲の少女達よりも頭一つ高く、集団の先頭まで見渡しながら言った。

 集団の先頭、寮の玄関では、純白の日傘が大輪の白花のようにパッと咲いていた。

 日傘は舞姫学校『ノノル』の生徒にとって必需品だ。校内にはいたるところに天幕が張られているが、それでもこぼれてくる陽射しから肌を守るためだった。

 そのような徹底した日焼け対策のおかげで、舞姫学校『ノノル』の生徒達は、白磁のような肌にさらなる磨きをかけていた。これほど色白の生徒を有する舞姫学校は、ロートニア王国どころか、ヴィヴィドニア大陸を探してもないだろう。


 “穢れのない白さは何よりも美しい”


『ノノル』の少女達が、舞姫の伝説よりも信じている言葉だ。そのため、誰もが自身の白い肌に誇りを持っていた。

 前方の少女達が日傘を開いた。彼女達に続き、ヘレン達も青空の下に歩み出た。


「うぅ、朝日がまぶしいです」


 寝不足のミグが目を細めて日傘を開いた。ヘレンを真ん中にして右側にミグ、左側にシーマが並んで歩く。

 両脇を花に彩られた石造りの道、小川にかかった橋、食堂へと続く道には少女達がおしゃべりをしながら歩いていた。たくさんの日傘が、まるで花のように揺れている。

 ふと、前を行く少女達が立ち止まった。彼女達が振り向いた先、教職棟よりもさらに奥に見える校門が、ぽっかりと大きな口を広げ、外の景色が目に飛び込んできた。


「正門が、開いている……?」


 堅牢な鉄扉が開かれていることに、ヘレン達は眉をひそめた。

 ここは貴族令嬢が集まる舞姫学校だ。凶悪犯が校内に侵入してはいけないと、校門は防壁のごとく閉じられていた。正門が開かれるのは珍しく、貴族が馬車を使って出入りする時に限られていた。たとえば、長期休暇での帰省や登校、入学や卒業などの節目、もしくは冠婚葬祭などの大きな出来事がそれにあたる。

 こんな早朝に訪れるという事は、あまり良い話ではないのだろう。誰かが亡くなったか、もしくは危篤なのではないか。

 だが、門をくぐってきた馬車に、目を見開いた。

 黒塗りの車体に、舞姫学校『ノノル』の校章が刻まれていた。その馬車は、校長や教頭が公務で使用する馬車だった。


「こんな朝早くに何の用が……?」


 ぽつりと言葉にしてみたが、校長の娘であるヘレンが知らない事を、シーマやミグが知っているわけもなかった。

 馬車が小川にかかった橋を渡り、ヘレン達の横を通り過ぎて行った。

 車内にドルドランの姿があった。小太りで、不細工で、利己的。同席している誰かに話しかけているようだが、その唾が飛びそうな話し方に鳥肌が立った。あの男の血が自分にも流れているのかと思うと嫌悪で吐き気がしてきた。


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