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深炎の舞姫2  作者: 鳴砂
第二章
53/88

一花と呼ばれた舞姫学校へ29

 ***


 外から女の子の悲鳴が聞こえてきたのは夕食の支度をしている時だった。

 カトレアは食堂を見回した。ほとんどの子供達は食堂にいたが、モンシーの姿が見当たらなかった。同じ一班のフィックスもそれに気付いたのか、外に出ようとしている。


「待ちなさい。私とザイが行きます」


 ザイがうなずき、窓から外の様子を探っていたが、何かに気付いて顔をしかめた。


「モンシーが捕まっている。海上警備隊の奴らだ」

「何ですって!?」


 さすがのカトレアも動揺した。

 子供達の顔も緊張で凍り付いている。

 港町の広場で追い返した事への仕返しに来たのか、もしくは……。

 カトレアは窓に近付き、陰から外をうかがう。


 相手は十人。

 それだけの人数が、よりによってテンマの不在時に襲撃してくるとは。

 その中に乱暴に連れて行かれるモンシーの姿が見え隠れした。


「とにかく行きましょう。モンシーを助けないと」

「わかってる」


 ザイは両手を合わせ、勢いよく引き離した空間に魔法陣を作り出すと、そこから武器となる棍棒を引っ張り出した。

 ザイを先頭にして警戒しつつ外に出ると、裏手から出てきた男達が口笛を鳴らした。


「やべぇ、すげぇ別嬪(べっぴん)が出てきたぞ」

「いい身体してやがる」


 酒を呑んでいるのか、興奮した男達の目が血走っていた。


「おい、お前らちゃんと周りを警戒しとけよ!」


 男が怒鳴り、捕まえたモンシーを乱暴に連れて歩く。


「乱暴はやめなさい!」


 カトレアはモンシーの様子を見た。手洗いに向かった所を捕まったのだろう。力任せに引っ張られたのか、肩を脱臼したようで顔面蒼白になっていた。


「その子を離しなさい。貴方達は人々を守るために雇われているのでしょう」

「お前達はよそ者だ。守る義理なんてねぇんだよ」


 男達は周囲を警戒しながら、モンシーを引きずるようにして大通りの真ん中まで出てきた。と、その時だった。後方を見張っていた男が慌てたように騒いだ。


「お、おい、変なのが来てるぞ!」

「速い! あれが女の足か!?」


 視線を動かすと、女装したテンマが鋭い形相で疾駆してくるのが見えた。

 男達が武器を構えて怒鳴った。


「止まれ! 止まらないとこいつを傷つけるぞ!」

「待ちなさいテンマ!」


 モンシーの顔に刃物がつきつけられるのと、カトレアが叫んだのは同時だった。

 テンマが両足を踏ん張り、砂煙をあげながら停止する。

 男は刃物の腹でモンシーの頬をペタペタと叩きながら、人質としての価値を確認していびつに笑った。

 この男達が命を奪うかどうかはわからない。だが、要求に応じなければモンシーの顔に一生消えない傷をつけるぐらいはしてしまいそうだった。


「……何が目的なの」

「え、なんだって? 大きな声で言ってくれないと聞こえないなぁ」

「何が目的なの!」

「目的? 俺達は遊び相手がほしいんだよ」


 からかっているとしか思えない回答に、男達はへらへらと笑った。


「ねぇちゃんが相手してくれるなら、こいつを解放してやってもいいぜ」

「行っちゃダメだ!」

「あいつら、何をするかわからない!」


 宿から子供達が出てきた。


「なぜ出てくるの! 戻っていなさい!」

「嫌だ! 俺達も戦う!」


 箒や包丁を手にしていた。もしも戦ったら、相手は手加減しないだろう。怪我だけでは済まされない。


「カトレアさん、絶対に行ったらダメです」


 戦う事に不慣れなヨセフとエビンが庇うように前に出た。


「子供達の言うとおりだ。あいつら、きっと醜い事をするぞ」

「それは……わかっています」


 いや、本当はあの男達がどこまで野蛮な行為におよぶか見当もつかなかった。人質をとってまでおどしてきたぐらいだ。すでに常軌を逸している。


「ですが、命までは取られないでしょう。それに、私が行かなければモンシーは必ず傷つけられます。それだけは避けないといけません」


 命を取られない保証はどこにもない。だが、このままでは間違いなくモンシーの身が危ない。


「命を取られなければ何をされてもいいってのかよ」

「……構いません。それで丸く収まるならば」

「丸く収まるわけがないだろ」

「………」


 カトレアは黙考した後、ザイにだけ聞こえるようにささやいた。


「(逃げ出す策を考えます。相手の油断をうかがって、眠り薬を呑ませるなり、抜け出すなりします。貴方も何か手を考えてください)」

「(助けるに決まっているだろ。君は……命の恩人だ)」


 その様子を遠くから見ていた男がしびれをきらして怒鳴った。


「おい、何をぐだぐだくっちゃべってんだよ! 早くしねぇとこいつの顔を切り刻むぞ!」

「やめなさい! 今、行きますから、私の代わりにその子を解放すると約束して」

「ガキに興味はねぇよ。早く来い」


 カトレアはうなずき、動き出しそうな子供達を手で制して、男達に近づいて行く。そして、一歩手前で立ち止まった。


「先にその子を解放しなさい」

「もう少し近付けよ」


 拒否する事はできない。半歩近づくと、男はモンシーを突き飛ばすように解放し、カトレアを抱きしめた。


「やわらけぇ、いい匂いがするぜ」


 匂いを吸ったかと思うと、首筋を舐めたり吸ったりしてきた。片手は尻をまさぐっている。

 カトレアはグッと耐えて振り向き、モンシーを見た。彼女は半身を起して固まったまま動けずにいた。


「行きなさい!」


 怒鳴ると、モンシーは顔をくしゃくしゃにして泣き、「ごめんなさいごめんなさい」と何度も謝りながら仲間たちのもとへ戻って行った。その間にも男の舌は執拗(しつよう)なまでに首筋を舐め続けていた。


「おい、俺にもやらせろ」

「てめぇらは後だ。俺達の事を信じていなかったんだからよ」

「なんだよ、くそっ、他に女はいねぇのか?」

「それなら探してみろよ。年頃の娘が何人かいたはずだ」


 その言葉に目を見張った。


「じょ、冗談でしょ」

「それなら私を連れて行け」


 テンマが言った。確かにテンマの力があれば男達を力で圧倒する事ができそうだ。が、淡い期待を抱いたのもつかの間、


「てめぇはいらねぇ。気色(きしょく)わりぃ」


 即答だった。姿こそ美人だが、声が男のそれだった。


「おい、他の娘はどこにいる。宿の中か」

「ここにはいないわ。遠出しているのよ。しばらくは帰ってこないわ」

「嘘はつかないほうがいいぜ。宿を調べれば済むことだ」

「好きにしなさい。それで気が済むのなら」


 ふんっ、と男は鼻で笑った。

 その時、男の一人が何かに気付き、テンマの後方を指差した。


「おい、また誰か来るぞ」


 え?


 そちらに視線を向けると、真っ赤な夕焼けを背に細身の少女が駆けてくるのが見えた。黒髪とスカートが建物の隙間から吹き抜ける風で舞っている。いつも男に怯えている彼女の瞳が、まっすぐ男達を見据えていた。


 カトレアはぞっとする。


 ユイナっ! 何をするつもり!?


 下手をすればユイナまで男達の(なぐさ)み者になってしまう。そんな事になれば、何のために自分を犠牲にしようと決めたのかわからなくなる。


「俺、あいつにするぜ。生娘な感じがしてよぉ」

「はぁ? ただのガキじゃねぇか。胸もほとんどなさそうだしよ」

「わかってねぇな。そこがいいんだろ。手塩をかけて育てていく感じがよぉ」


 男達の下卑(げび)た視線がユイナに集まった。


「へへっ、あの黒髪か。あいつも楽しめそうだ」


 男の意識がユイナへと向いていた。その油断をカトレアは見逃さなかった。

 ぎゅっと(こぶし)を作り、男の視線が自分へと戻ってきた瞬間、思いっきり男のあごへと叩き込んだ。

 生まれて初めて人を殴った。だが、そんな感傷に浸っている場合ではなかった。よろけた男を突き放し、逃げようとした。ところが、男の左手がカトレアの肩をがっしりとつかんでいた。強引に振り向かされた頬に重い衝撃があり、その場に崩れてしまう。


「カトレアさん!」

「や、やめろ!」


 みんなの悲鳴や怒号が、ジジジとした耳鳴りの向こうで聞こえてくる。


「おっと、関係ないやつは近づくなよ」


 カトレアはふたたび拘束され、喉元にナイフの切っ先が向けられた。

 駆けつけようとしたザイ達は身動きが取れなくなり歯噛みした。その様子を見ながら、カトレアは後悔した。


 一瞬の好機を逃してしまった……。

 今ので男達は警戒を強めただろう。同じ手は通用しない。

 この場を切り抜ける方法を考えようとしたが、何も浮かばず、茫然とした。

 だが、あきらめていない者がいた。


「カトレアさんを自由にしてください」


 その凛とした声に顔を上げた。

 視線の先でユイナが男達を睨み付け、両手を前に突き出していた。


「カトレアさんを自由にしなければ、貴方達を殺します」



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