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深炎の舞姫2  作者: 鳴砂
第二章
52/88

一花と呼ばれた舞姫学校へ28

 ***


 桶に水をはり、ユイナは野菜を洗っていく。窓から射し込む西日で、厨房やそこで料理するコルフェ達が朱色に染まっていた。

 日が沈む頃には、せっかく帰ってきたアレスがまた出ていってしまう。銀狼に変身した姿を見られる訳にはいかないので仕方ない事だが、出発の刻限が近付くにつれて胸がそわそわした。

 残された告白のチャンスは少ない。三日後にはユイナは舞姫学校生となり、いつ戻れるとも分からない学生生活を送ることになる。それまでに気持ちを伝える事ができるだろうか。いや、もしも入学までアレスが戻ってこなければ、今日が最後のチャンスかもしれないのだ。

 野菜を洗っている場合ではない気がしてきた。


「え、それも弁当に入れるの?」


 黄色い花を切り取るコルフェを見てミアが驚いていた。コルフェはうなずく。


「そうだよ、食べられる花だからね。飾り付けとか香り付けに使えるの」

「知らなかった」

「シルバートの内陸では育ちにくいからね。貴族だけの高級食材になっているみたいだけど、私の生まれ故郷ではよく食卓に並んでいたよ」

「へぇ。じゃあ、そこらへんに咲いている花も食べられるの?」

「それは危険だよ。砂金花は毒があるから絶対に食べたらダメだよ。あと、リコリの花も」

「お花博士だね。何でも知ってる」


 ルーアが感心した。


「たまたまカトレアさんに教えてもらっただけだよ。同じ植物でも、薬術は全然知らないもの」


 謙遜するコルフェの横顔は少し大人びて見えた。アレスへの迷いを断ち切ったのだろうか。その姿が凛々しくて、ユイナは胸が痛んだ。


 まさか……でも……。恋を諦めた友達をうらやましいと思うなんて。


 先の見える恋ならこんな気持ちにはならなかっただろう。アレスと想いが通じ合っているなら、その恋を信じられた。だけど、どうしてもメリル王女の存在が壁となって立ち塞がるのだ。傲慢でアレスにはふさわしくない人だと心で(けな)してみても、彼女の影は消えず、ますます意識してしまうのだ。

 ダメだ。メリル王女の事は考えないようにしよう。


「あ、ユイさん、もう少し水をきってから刻んでもらえる? 弁当に入れるから」

「ご、ごめん」


 物思いに囚われて周りが見えなくなっていた。何をしているのだろう。情けない気持ちになる。


「さわやかな香りだ。花の香か?」


 不意に聞こえた狼の声に、弾かれたように振り返った。

 身支度を終えたアレスが弁当を受け取りに来たのだ。


「大正解! さすが、鼻がいいね」

「食べられるのか?」

「そうだよ。あ、もうすぐ出来上がるから待っていて」

「そうか。いつもすまない」


 アレスが近づいてきた。待たせてはいけないと思ったか、盛り付けを終えたコルフェがいそいそと二つの弁当箱を重ねて布で包んだ。


「どうぞ」

「ありがとう」


 弁当を受け取り、台所を去ろうとする。その背をユイナは呼び止めた。


「あの、明日も戻って来ますよね?」


 聞かずにはいられなかった。三日後には舞姫学校の迎えが来て、会えなくなってしまうかもしれないのだ。それまでに何としても気持ちを伝えたかった。このままで終わりたくなかった。


「………戻ってくるつもりだ」


 背を向けたまま返答し、廊下に消えた。

 素っ気ない態度。舞姫学校行きを強引に決めた頃から彼は目を合わさなくなっていた。意図的に視線を逸らすのだ。

 どうして避けるのか知りたかった。でも、聞こうとすればますます距離をおかれるような気がした。好かれたくて近づいているのに、空回りしている感じ。


 “君は一般人で戦士ではない”


 まさか、世界を救うための戦いから完全に遠ざけようとしているのだろうか。

 そのために距離を置こうとしているのだろうか。

 そんな事、受け入れられる訳がない。


 遠ざかる彼の足音。見えない彼の背を目で追っていると、怪訝な顔のミアが振り返った。


「ねぇ、アレスと何かあった?」


 ユイナは瞬きして友達を見詰めた。

 焦るあまり、恋心を隠すのを忘れていた。


「な、何もないよ」


 平常を装ったが、唇が強張っていた。


「でも、何か変じゃない?」

「へ、変? どこが?」

「少し冷たいというか、距離を置いているような感じがした……気のせいかもだけど」


 そう言ってミアは首をかしげている。


「もしかしたら、強引に舞姫学校行きを決めたから、罪悪感があるのかも」


 咄嗟に出てきた言い逃れだったが、あながち間違いではないような気がした。

 ミアとルーアも「言われてみれば」と、うなずいている。


「いつもはみんなの意志を尊重してくれるのに、今回はちょっと強引だったね。でも、それはユイナの事を考えてだと思う。カトレアさんも言っていたよ。『新しい出会いや経験は人を成長させる』って。今回の舞姫学校行きだって、たくさんの出会いや経験があると思う。それに、ユイナが通っていた舞姫学校とは違う大天女様を祭っているみたいだから、新しい舞踊も知ることができるよ」

「一つの舞姫学校に通うだけでも凄いのに、二つも通うなんてもっとすごいねー」


 ルーアの言葉にミアは興奮した。


「そう! それって凄い事だよ! たぶん、二つの舞姫学校を経験するの、世界でユイナが初めてじゃない?」


 興奮の入り混じった表情だったが、ユイナの浮かない様子を見て急にしぼんだ。


「一人で行くのは寂しいよね」

「まぁ、ね……」


 独りで行くのはもちろん寂しい。新世界への不安もある。だけどそれよりも……。


「でも、夜の清掃で会えるようにしてもらったから、その時にたくさん話をしようよ」


 みんなが心配そうに見ている。

 アレスから距離を置かれるのが辛い。だけど、それは友達には関係ない事だ。何も悪くない友達の前でこれ以上くよくよするわけにはいかなかった。


「ありがと」と、ユイナは努めて微笑んだ。

「さぁ、私達の弁当も作ろうか」


 ミアが腕をまくり直し、ルーアと一緒に調理を再開する。

 今夜でユイナの舞姫学校清掃も最後となる。だから、少し贅沢した弁当を作ろうと気合を入れているのだ。

 コルフェが隣に来てささやいた。


「ユイさん、何かあったら気にせずに言ってね。応援するから」

「うん、ありがと。……応援?」


 コルフェは答えにくそうに微笑みで誤魔化し、弁当作りに戻っていく。


「……っ」


 ユイナは息をのんだ。顔から血の気が引いていく。氷の世界に迷い込んだように体が冷える。しかし次の瞬間、押し寄せる恥ずかしさで全身が熱くなった。

 気付かれた。私の恋に。




 しばらくしてアレスとメリル王女が宿を離れた。夕焼けに向かって歩く二つの人影は親子ほどに背丈が違っていたが、腕をからませる姿は恋人のそれだった。

 その姿に嫉妬するも、コルフェの事も気になっていた。応援するとまで言われて気に病む必要もないのかもしれないが、隠し事をしていた後ろめたさは、簡単に拭いきれるものではなかった。


「さ、お前達も掃除に行く準備をしろ」


 テンマが言った。


「あれ? やけに積極的ですね。もしかして早く女装がしたいとか」

「馬鹿を言うものではない」


 ミアとテンマの掛け合いも、今はどこか遠くに感じてしまう。

 気持ちが良くない方へ向かっている気がした。

 このままではアレスとも友達とも離れてしまうばかりだ。


 アレスを見送った後、ユイナ達はエプロンや掃除道具一式を持ち、女装したテンマと一緒に出発した。宿泊街を抜けて車道に出た頃には、夕陽がさらに紅くなり、水平線まで血の色に染まっていた。

 夕陽に焼ける世界で、岬に建造された舞姫学校はひときわ目立った。貴族令嬢が花嫁修業として集まる場所は、異様に高い壁に囲まれ、さながら監獄のようだった。あそこに閉じ込められたら、外の世界に出るのはいつになるだろう。そう思うと、行きたくない気持ちが強くなってくるのだった。

 ユイナ達は車道を通らず、草原の小道へと入って行った。知る人ぞ知る港町への近道だった。その小道を半ばまで来た時だった。先頭を行くテンマが不意に立ち止まった。


「かがめ」

「え?」


 何を言われたのか分からず聞き返す。


「草むらに隠れろ」


 腰を落として草むらに身を隠す。


「妙な奴らがいる」テンマが言った。


 草陰から顔をのぞかせると、海岸沿いの車道に集団が見えた。数は十人。遠い上に夕暮れ時で顔も見えなかったが、粗暴な歩き方からして男だとわかった。棍棒らしき物を持って車道を上がっていく。同じ道を通っていたら鉢合わせしていた所だ。

 男達はこちらに気付いていない様子だ。


「このまま草むらに隠れて行くぞ」


 テンマの指示に従い、腰をかがめて歩いた。しかし、少しした所で再びテンマが立ち止まった。


「どうしたんですか?」

「嫌な予感がする」

「あ、また低い声に戻って……」


 からかおうとしたミアは、テンマの真剣な顔を見て口を閉ざした。

 テンマの視線は後方へと向けられている。

 ただならぬ様子にユイナも振り返った。そして、テンマが危惧している事を理解した。先程の男達が宿泊街へと入っていくのが見えた。


「まずいな」


 もしも男達の狙いが宿にいるカトレア達だとしたら危険だった。今は戦える者がザイしか残っていない。いくつもの戦場を生き抜いた彼でも、ひとりで十人の相手をするのは無理だろう。


「え、なに?」


 振り返るのが遅かったルーアは何が起こっているのかわかっていない様子だ。ミアが説明する。


「さっきの男達が宿の方に向かったの」


 その言葉にルーアは目を見開き、おろおろした。

 テンマが立ち上がる。


「私が行く。お前達はそこに隠れていろ」

「私も行きます」ユイナも立ち上がった。

「馬鹿な事を言うな」


 いさめようとしたがユイナの強い眼光に顔をしかめた。


「お前達はアレスを探して来い。そう遠くには行っていないはずだ」


 そう言い残すと風のような速さで草原を突っ切っていく。人間の足では考えられないような速さだ。テンマが立っていた辺りに細かな光の粒がただよっていたが、すぐに消えてしまった。もしかするとユイナの知らない技なのかもしれない。

 それはともかく、ぐずぐずしていられない。


「お願い、アレスを呼んできて」


 コルフェが驚いて振り向く。


「ユイナ? まさかっ」

「みんなを助けてくる」


 ロングスカートをたくし上げると、呼び止める声を無視して草原を駆け上がった。


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