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深炎の舞姫2  作者: 鳴砂
第二章
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一花と呼ばれた舞姫学校へ26

 

 扉を開けて部屋に入ると、椅子に座ったアレスが反対側の壁を見ていた。

 メリル王女の姿はない。それを確認して扉を閉めた。

 部屋には二人だけ。緊張で胸がドキドキした。


「話って何ですか?」


 声が上擦りかけていた。

 アレスはすぐには答えず、ややあって口を開いた。


「舞姫として学校に誘われたらしいな」


 誰かから聞いたらしい。もっと重要な話だと思っていたユイナは、肩すかしを食らった。


「断るのか?」

「断ります」きっぱりと答えた。


 アレスの瞳が、初めてユイナを見た。


「何故断る?」

「な、何故って……」


 こうして好きな人の帰りを待っていたい。それが理由だ。しかし、本人を前にして告白に踏み切る勇気が出てこなかった。

 告白した瞬間、今までの関係ではいられなくなる気がして、慎重になった。告白できなかったコルフェと同じだった。


「もしその者が本物の校長なら、俺は行ってみるべきだと思う」


 不意に発せられた言葉に凍りついた。大切な居場所から放り出される気がした。


「ど、どうして……? どうしてそんな追い出すような事を言うのですか」

「追い出す訳ではない。経験はたくさん積んだ方がいい。そう言っているだけだ」

「でも、いつここを離れるか分からないですよね? もし、急に離れる事になった時、舞姫学校に居たらすぐに動けないじゃないですか。私はみんなと離れるべきではないと思います」


 訴えるユイナに、「その件だが」と遮る。


「この地には長期滞在してもらうつもりだ。ロートニアは中立国として平和を維持してきた国だ。自然も豊かで住みやすい。可能であれば仕事を見つけて定住してもらおうと考えている」

「定住? 世界の危機を救う旅はどうするのですか?」

「それは考えなくていい。俺がする事だ」


 まるで部外者だとでも言う口振りだ。


「ま、待ってください。急に何を言い出すのですか。私も一緒に戦います」

「それはダメだ。君は一般人で戦士ではない。それに、舞姫学校の掃除を頼まれているのだろう? 引き受けた仕事は途中でやめるべきではない」

「そ、そんな事、世界の危機に比べたら些細な事ではないですか」

「いや、重要な事だ。人が人として信頼を得るために大切な事だ」

「でも……」


 言いかけた言葉は、アレスの悲しげな眼差しに止められた。


「気持ちはうれしい。だが、君は君の人生と向き合うべきだ」


 まるで別れの言葉を言われているような気がした。


「そんな、ここまで一緒に行動してきてそんなこと……っ」

「わかっている。だが俺は……」


 言いかけ、不意に口を閉ざした。

 ドアが開き、メリル王女が入ってきた。

 昼寝から目覚めたばかりか、それとも、部屋にアレスとユイナが二人きりでいるのを(いぶか)しんだか、細い目でユイナを見た。


「何をしているの」

「彼女の舞姫学校行きを勧めていました」


 アレスが言った。


「舞姫学校?」

「彼女が貴族の目に留まり、舞姫学校に誘われているのです」

「何それ。そんな事があり得るの?」

「はい。事実です。それで、舞姫学校に行くように勧めていた所です」

「ふーん。まさか授業料とか払わされるんじゃないでしょうね」

「いいえ、授業料はおろか、制服や教材等も支給されるようです」

「へー、気前のいい貴族も居たものね。それにしてもこの娘が?」


 メリル王女が値踏みするようにユイナを見た。それだけの価値があるの?とでも言いたげな顔だ。


「行けば? 貴女(あなた)、貴族なんでしょ? 良かったじゃない。貴族の生活に戻れるんだから」


 ユイナは黙っていた。

 何か言い返したかったが、それは言葉にならなかった。




「申し出を受けます。彼女を、舞姫学校に入学させてください」


 その言葉を、ユイナは唇を噛み締めて聞いた。

 アレスの言葉が胸に重く突き刺さっていた。

 ドルドラン校長は呆けた顔でアレスを見詰めた。

 眠れなかったのか、目の下にクマを作っていた。


「ほ、本当か?」


 にわかには信じられないらしく聞き返した。


「そうだな? ユイナ」


 念を押されるように言われ、俯くようにうなずいた。メリル王女の視線が気になった。


「おおお、その気になってくれたか!」


 歓喜のあまりに丸い体が大きく震えた。


「ただし、二つ条件があります」


 釘を刺すようにアレスが言った。


「な、なんだ」

「定期的に友達と会える時間をつくってください」

「ああ、わかっている」

「そして何より、彼女を他の貴族と同じように大切にしてください」

「もちろんだ。それは私が保証しよう」


 ドルドランは大きくうなずいて見せた。


「よし、そうと決まれば急いで準備をせねば! まずは制服だ。すぐに仕立て屋を呼ぶとしよう」


 言うや否や部屋を飛び出していく。


「ぁ……」


 思わず呼び止めようとしたユイナは、こちらに振り向いたカトレアと目が合い、視線を逸らした。彼女はユイナが行きたくない事を知っている。知っているからどうしてアレスの意向に従うのかを問うている。

 本当は行きたくなかった。好きな人の傍にいたかった。しかし、その好きな人から強引に勧められ、さらにはメリル王女が見ている前で理由もなく断ることができなかった。


 仕立て屋が来たのはそれから間もなくだった。

 カトレアに連れられて最初に入室してきたのはドルドラン校長だ。その後ろから口を『へ』の字にした無愛想なおばさんが入り、最後に裁縫箱を抱えた助手らしき女性が入ってきた。

 助手がユイナを見てにこりとした。ユイナは「あ……」と声をもらした。

 見覚えがあると思ったら、夜の舞姫学校で一緒に掃除をしている女性だった。船乗りとの恋を否定される姿を見兼ね、助勢した事があった。


「踊りのうまい少女と聞いていたけど、やっぱり貴女だったのね」

「なんだ、知り合いか?」


 ドルドランから(たず)ねられ、助手は恐縮したようにうなずいた。


「はい、一緒に学校の清掃をしております」

「ほうほう。彼女の舞は素晴らしいであろう」

「はい。おっしゃる通りです」

「うむうむ、そうであろう」


 よほど上機嫌なのか何度もうなずいている。

 それからくるりと振り返り、黙りっぱなしのおばさんに声をかけた。


「さぁ、彼女のために極上の制服を頼むぞ」

「私はいつも精魂込めて作っているつもりですが」


 冷ややかな言葉にドルドランはたじろいだ。


「そ、そうだな。その通りだ。いつも素晴らしい出来だ」


 近付くおばさんに道を譲り、自身は壁際に身を寄せた。

 おばさんは助手から採寸の為の紐を受け取り、ユイナのほっそりとした体に紐を近づけようとして、不意に手を止めた。


「殿方は出ていただけますか」

「わ、わかった」


 ギロリと睨まれたドルドランは、逃げるように退室した。

 ドアが閉まるのを待ってから、おばさんが作業を再開した。

 無言で愛想はなかったが、貴族御用達の仕立て屋だけあって動きに無駄がなかった。肩幅、腕、胸周りや腰を手際良く採寸していく。

 ユイナはされるがまま、眼前の壁を見詰めていた。

 何も考えられず、まるで人形にでもなった気がした。




 屋上の隅に座っていた。

 周囲には誰もいない。ひとりで風に当たり、その風が、もやもやした気持ちを吹き飛ばしてくれないかと思っていた。

 でも、昼下がりの生ぬるい風は、ただ、虚しさを運んでくるだけだった。


 “君は君の人生と向き合うべきだ”


 アレスの言葉は、灰色の雲のように遠いどこかを上滑りしていた。


(どうして気付いてくれないの……? もう向き合っているよ。世界を守ろうとする貴方のために何かしたいの。それが原因で敵に命を狙われようとも覚悟はできているつもり……)


 だからこそ、その覚悟を踏みにじる言葉がつらいのだ。置いて行かれるようで焦りもするのだ。


「私は、必要ない人ですか……?」


 ぽつりとつぶやいた言葉は風に吹かれて消えていった。

 抑えきれない悲しみで唇が震えていた。意識していないと呼吸がまともにできなかった。うつむき、何度も息をはいた。しばらくして呼吸は落ち着いたが、彼が離れていく焦りと虚しさはずっと居残っていた。

 もっと一緒にいられるものだと思っていた。離れる事はないと思っていた。心のどこかで彼との出会いは『運命』かもしれないと思っていた。

 ユイナとアレスが出会ったのも、魔術を使えるようになったのも、きっと意味があると感じていた。大天女の大いなる意思が働いたような気がしていた。

 いや、たとえそれが勘違いだったとしても、彼との旅を諦めたくなかった。

 初めて誰かを好きになったのだ。愛されたいと願ったのだ。


 目に浮かんだ涙をぬぐい、空を見上げた。そうして、しゅん、と鼻をすすった。


 彼に必要とされたい。いや、彼にとってなくてはならない存在になりたい。

 そのためなら何だってしようと思った。


 それは盲目的で、一途で、あまりにも危険な恋だった。



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