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深炎の舞姫2  作者: 鳴砂
第二章
47/88

一花と呼ばれた舞姫学校へ23

 ***


 二日後の朝。サマンサ教頭を乗せた馬車は、長い道のりを経て王都の外門をくぐった。すると、街の喧騒とともに香ばしいパンのにおいが鼻をくすぐった。


『はーい、出来立てだよぉ! 寄っといでー』

『お兄さんこっちの席、空いてるよー!』


 朝だというのに、女達の呼び声がそこかしこから聞こえる。人口二十万の大都市は規模が違う。大通りには多くの人々が行き交っており、人々の波をかき分けるようにゆっくりと馬車が進んでいく。商業区の大通りを右へ左へと曲がりながら進んでいくと、いくつかの橋を渡った。下を流れているのは天然の川ではなく水路だった。王都ロートニアには、三方の山々から引いた水が、いくつもの水路を通じて都中に広がっていた。そうした治水や、貴金属の採掘技術が近年の王国を支えていた。

 『高職』と呼ばれる貴族の下で働く平民が集まった居住区を抜け、貴族屋敷を横目にいくつもの道を曲がり、ようやく王城へと到着した。


 迎えに現れた兵士長は、馬車から降りてきた人物が女性である事に驚いた。本来ならドルドラン校長が出席するべき慰労会だが、怪我で休養のため、代理で訪れた事を告げ、貴賓室へと案内された。

 その夜、サマンサはサマードレスに身を包み、青髪を結い上げた。今年で四十歳を迎えた彼女だが、踊り子として磨き上げられた体は細くしなやかさがあり、妥協を許さない彼女の性格を表していた。

 その性格ゆえか、それとも他に要因があるのか、未だに独身だった。しかし、当の本人は気にしていなかった。諦めもあったが、そもそも、地位や名声に固執する男達に興味を抱けないのだ。男にかまっている時間があるのなら一人の踊り子として道を極めたかった。年を重ねるごとに舞踊の奥深さは増すばかりだ。


 王城の二階にある会場へと足を踏み入れると、立ち話をしていた舞姫学校と魔術学校の校長達から好奇の目を向けられた。この慰労会がいつから続いているものかわからないが、女性が参加するのは初めてに違いなかった。

 そつなく挨拶をしたサマンサは国王の登場を待った。しばらくして大臣や最高魔術師をともなって国王は現れた。開会が宣言されると、贅を尽くした華やかな料理が運ばれてきた。

 校長達は国王に挨拶をし、ワインを飲みながら世間話に興じた。そして、大いに盛り上がってきた頃、第百回ロートニア舞踏大会の参加者が発表された。

 大臣によって読み上げられていく名高い舞姫、そして新鋭の舞姫に、男達はワインの香りでも楽しむような顔でうなずき、舞姫達についての知識をひけらかし合う。


 舞姫達の努力も知らないくせに、と内心毒づいた。

 舞姫の踊る姿は優雅で美しいだろう。だが、そこに到達するまでに彼女達は血のにじむような努力を積み重ねている。その努力を知らない人間が、自分の教え子か何かのように寸評するのは虫唾が走った。


 しかし、ノノルの舞姫発表が近づいてくると、空欄の補欠について指摘されるのではないかと心配になってきた。ところが、実際にノノルの舞姫が読み上げられ、補欠の一人が未定だと発表されても、大した反応はなかった。近くにいた『バサル』の校長から「補欠に何を迷うのだ」と小言をもらっただけだ。

 心配事が消えてしまうと、次にサマンサの胸にやってきたのは、ドルドラン校長に名無しの補欠を作らせた舞姫だった。舞踊の授業ですべての生徒を見てきたサマンサだが、ドルドランが興奮するような舞を見せる生徒がいるとは思えなかった。


 本当に存在するのだろうか。


 王都への車中で何度も頭をもたげた疑問だ。だが、もし本当に存在するのなら、見てみたいと思うのは、舞踊を追及する者としての(さが)かもしれなかった。




 翌朝、王城での用事も終わり、やりたい事もなかったので朝一で王都を離れる事にした。御者はもう少しゆっくりしていたかったようだが、無言でうなずいて馬車を出してくれた。

 御者として働く男は昔から無口だった。仕事を淡々とこなし、しゃべる事はまずない。二〇年以上昔からの知り合いではあったが、どんな声だったか思い出せないぐらいだ。

 静かな旅路を、サマンサは授業の段取りを考えたり、風景を眺めたりして過ごした。

 そんな退屈な一日が過ぎ、二日目の朝を迎えた。空は青く、肌寒い朝だった。食事を終えて馬車で移動を再開する。閉山して寂れたヘリオン鉱山を通り過ぎ、ようやくノノルの港町が見渡せる丘へと戻ってくると、サマンサの胸もいくらか晴れてきた。

 丸二日も馬車に揺られ続けてきたので体がなまってしまっていた。


「もうすぐ退屈な旅から解放されるのね。早く踊りたいわ」


 つぶやきながら、生まれ育ったノノルの風景を眺めていた。青い海、鬱葱としげるなだらかな斜面、そして平坦な所に点在する小さな町々。ヘリオンの採掘が盛んだった数年前まで活気に満ちていた町も、見ないうちに寂れてしまっていた。

 ヘリオン鉱石で外貨を稼いできたロートニアだが、そのヘリオンの採掘量が減った今、どうやって生き残っていくのか……王国は岐路に立たされていた。


 ふと、町の一角に視線を止めた。

 広場で子供達がわいわいと遊んでいるのが見えて微笑ましい気持ちになった。

 結婚は諦めたが、子供は嫌いではなかった。三十の頃に子供を産んでいれば、広場で遊ぶ子供達ぐらいの年頃になっていたのだろうか。そんな事を考えていると、中央にいる少女がくるくると回りながら跳んだ。

 朝の眠気が一気に吹き飛んだ。

 少女の跳躍があまりにも高く、美しく、完璧だったからだ。

 回転しながらの跳躍は体勢を崩しやすい。ほんのわずかなズレが回転によって増幅され、腰が曲がったり足が開いたりする。だが、少女の踊りはどうだろう、安定感があった。


 遠くて顔は見えないが、年は十三か十四だろうか。細身で、どちらかと言えば小柄だが、手足がすらりとしており、踊り子として恵まれた体をしていた。しかし珍妙なのは彼女の髪だった。貿易港ノノルには様々な国から多種多様の人々が訪れるが、黒髪など今まで見たことがなかった。

 その黒髪少女が、子供達の中心で高く弾んでいる。


「村娘であれだけ踊れるのね……。大したものだわ。いっその事あの娘がノノルの舞姫だったらどれだけ良かったか」


 もしかしたら舞踏会で最下位脱出もできてしまうかもしれない。

 情けない話だが、舞姫として修練する令嬢達よりも、その村娘の方が舞姫にふさわしかった。しかし、伝統を重んじる貴族の学校に平民が混じれる訳がない。考えるだけ無駄だ。

 サマンサは遠くに見える母校へと視線を向けた。


「校長が探している舞姫が見つかっていればいいのだけど……」


 それにしても、深夜に踊っていたという舞姫はなぜ現れないのだろう。授業料の免除という破格の待遇まで用意されているというのに……。


「名乗り出てこられない理由でもあるのかしら?」


 バカバカしい。サマンサが学生の頃だったら、迷わず飛び込んでいただろう。何しろ、王国一を決める舞踏大会へ出場する事は、舞姫として大きな経験となるからだ。



 海沿いの街道から港町を通り過ぎた馬車は、岬までの坂を登りきり、母校の門前へと帰ってきた。門をくぐる馬車とは入れ違いに白服の女達が出てきた。


『それじゃあ食材の準備はお願いね。こっちは窯の火を用意しとくから』


 話の内容からして、給食を担当する平民女性らしかった。

 平民であっても舞姫学校に入れる者達がいる。給食や風呂焚きをする女達だ。彼女達の服装は決められてはいないが、舞姫を祭る領域に足を踏み入れるという事で、白服を身に着けるのが通例となっていた。

 その白服の女性を見ていると、妙に気になった。


「まさか、校長の見た踊り子が平民だって事はないわよね」


 いつの間にか、ドルドラン校長が目撃した踊り子を、あの黒髪の村娘と結び付けたがっている自分に気付いた。


 それほど彼女の踊りに魅力を感じたという事か……。


 だが、深夜に入校を許可された平民がいただろうか。

 馬車は教職棟の前に止まった。サマンサは馬車を降り、御者を振り返った。


「平民の中で深夜に学校を歩けるとしたら、何をしている人かしら?」


 つぶやきにも似た問いかけだったが、御者は少し考え、ぼそぼそと低い声で答えた。


「それは……掃除の女でしょう」

「ぁ」


 返事があると思っていなかったので驚いた。


「そうだったわ。校内の清掃は深夜にさせていたわね。ありがとう」


 サマンサは礼を言うと、キョトンとする御者を残して教職棟の階段を上がっていった。その胸中には、ドルドラン校長が目撃した舞姫が平民だったのではないかという可能性に動揺していた。

 しかし、証拠はどこにもない。証拠は……。


「待って、あの娘は何を踊っていたの?」


 サマンサは立ち止まった。

 どこかで見たことのある踊りだった。


「あの回転しながらの三段跳び……、まさか……」


 ドルドラン校長が目撃したというテンルに捧げる舞・第十八番。別名『嵐の舞』を変形させた踊りが、今、村娘の踊りと一つに重なった。

 サマンサは廊下を駆け、校長室のドアをノックし、返事があるなり部屋に飛び込んだ。


「どうした。お前が取り乱すなど珍しい」


 校長席にいたドルドランが、目の下にクマを作った顔で気怠そうに言った。


「見ました! 校長のおっしゃっていた踊りを!」


 その瞬間、ドルドランが勢いよく立ち上がった。


「何だと!? 何年生だ? 生徒の名は!?」


 サマンサは冷や水でも浴びせられたように硬直した。


「そ、それが……。名前は、わかりません……」

「わからない?」

「そ、それに、わかった所で彼女を呼んでもいいものか……」

「ええい、意味がわからんぞ! もったいぶるな! はっきり言ってくれ!」

「せ、生徒ではないのです」


 ドルドランはまじまじと教頭を見詰めた。それから首を傾げ、くにゅりと眉を曲げた。


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