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深炎の舞姫2  作者: 鳴砂
第二章
43/88

一花と呼ばれた舞姫学校へ19

 ***


 世の中は不公平だ。

 坂道を下っていくバロッサは、胸に巣食った闇を意識せずにはいられなかった。おそらく、先ほど出会った少女達の初々しさが直視できないほどにまぶしかったからに違いない。

 人生を一枚のキャンバス画に例えるなら、彼女たちのキャンバスは真っ白でこれからの未来でどんな絵にもなり得るだろう。それに比べ、バロッサのキャンバスには醜く抉られた爪痕があった。どんなに美しく飾ろうとも、その傷を隠すことはできない。一生その傷を抱えて生きていくしかないのだ。


 自分の人生をどれほど恨んだだろう。

 あの日、海岸に行かなければ……、あそこで海賊に捕まらなければ……、男達の慰み者にされずに済んだかもしれない。どんなに悔やんでも、それは何の意味もない事だった。後悔したところで、身も心も削られるようなおぞましい日々が記憶から消えるわけではないのだ。恋を夢見る少女だったバロッサにとって、それは人生の終わりを宣告されたのと同じだった。夢が閉ざされ、死にたいと何度思ったことか。

 そんなバロッサからすれば、友達と花冠を作って青春真っ盛りの少女達がまぶしくて仕方ないのだ。自分に無いモノを持っている彼女達が。


「どうかしましたか?」


 陰鬱な様子に、オーカが声をかけてきた。

 バロッサはちらりと彼に視線を向け、


「うらやましいと思っただけよ」

「うらやましい?」

「自由に恋をできる彼女達がね」

「……?」


 意味がわからなかったようで怪訝な顔をする。


「コルフェと言ったかしら?」

「ああ、先ほどの娘達ですか」

「そう。あの娘は恋をしていそうね。それもかなり苦しんでいる」

「そうなのですか? そんな話はしていなかったはずですが、なぜそれを?」

「女の勘ってやつかしら。茶目っ気のある女の子が男から花冠渡されて求婚されたって話をしていたじゃない。あの時、彼女、笑っていたけど心ここにあらずって感じだったから、結婚したい人の事でも考えていたのかな……って思ったの。隣にいた黒髪の娘もそれに気付いている感じがしたわ。あなたは気付いた?」


 オーカは困惑した。


「いえ、俺には……」

「彼女の恋が実るかどうかわからない。もしかするとダメになってしまうかもしれない。だけど、私からすれば恋ができるだけうらやましいわ」

「しかし、バロッサさんには船長が……」

「もちろんデュオの事は愛しているわ。ずっと彼に付いていくつもりよ。それは誤解しないで。ただ、もっとドキドキするような恋をしたかったの。それができないと分かっているから、彼女達を見ているとむしゃくしゃするのね。……私の事、軽蔑した?」

「さ、さぁ、俺には何とも……」


 バロッサは苦笑し、腕にかけた女性の遺品に視線を落とした。


「生きたくても生きられなかった人の前でする話じゃないわね」


 これからの事を考えましょ。そうつぶやいた言葉に、オーカはうなずいた。




 港町にやってきたバロッサ達が最初にやろうとしたのは墓地の場所を訊く事だった。集合住宅に挟まれた大通りを歩き、出会った人に問いかければ教えてもらえると思っていた……のだが、昼間だというのに人通りはほとんどなく、たまに道の向こうに人影があったかと思うと不意に進路変更して路地裏に消えていくのだ。

 オーカが首をひねった。


「なんだか避けられているように見えますね」

「なぜかしら……」呟いたバロッサは、ある事に気付いた。

「もしかして、それのせいじゃないの?」


 オーカの手に握られた斧を指さす。


「ああ、言えてますね。こんな凶器を持ち歩いていたらビビッて逃げるのも当然か。どうしますか。先にコイツを船長に見てもらいますか」

「そうね」とバロッサはうなずく。


 墓地の場所を尋ねるだけなのに怖がられても面倒だし、昇霊師(しょうれいし)(遺品に残された魂を天界へと送る魔術師)の所へ凶器を持ったまま訪れるわけにもいかない。


「先に船に戻りましょう」

「了解です」


 バロッサ達は集合住宅を抜け、中央広場も通り過ぎ、飲食街にやってきた。ここを抜けると港は目と鼻の先だ。

 パスタ店の前を横切り、酒場を一軒目、二軒目と通り過ぎた時、前方の酒場からギャハハハハ!と下品な笑い声が聞こえてきた。

 不快な笑声にバロッサは顔をしかめたが、オーカの反応は違った。


「昼間から酒とはうらやましいぜ」


 船長のデュオネスが酒を飲めないので、他の船員達は気を使ってか禁酒生活を送っていた。と言っても一滴も飲まないというわけではなく、祝い酒や、誰かの命日には弔いの酒もあるし、他にも、寄港して陸に上がった時には好きなだけ酒を飲む。今夜はおそらく、この辺りの店でたらふく飲むことになりそうだ。


『おーい待てよ、ねぇちゃん』


 あまり飲みたい気分でもなかったので今宵は早めに切り上げて寝ようかと考えていると不意に呼び止められた。

 振り向くと、先ほどの酒場から赤ら顔の男がふらふらとした足取りで出てきた。まっすぐ歩けないのか右に左に揺れながら柱に寄りかかり、


『見ない顔だなー、奢ってやるから一杯付き合えよ、カハハァー』


 何が楽しいのか分からないが上機嫌だった。


「なんだあいつ?」


 オーカがぎろりと睨んだ。

 関わると面倒だと思ったバロッサはオーカの腕を引き「(相手にしないのが一番よ)」と歩き出す。ああいう(やから)は関わったらしつこく付きまとってくるものだ。しかし、相手にされなかった事がよほど頭にきたのか、


『無視するのかぁ! 待てよ女ぁ!』と、怒鳴りだした。


 殴りかかってきそうな勢いだったので振り返って身構えると、外の喧騒を聞きつけたらしい男達が、酒場の門を押し開けてぞろぞろと出てきた。どの男も無精ひげを生やした顔でろくに洗濯もされていない服を身にまとっており、ならず者然とした姿だったが、携帯する長い棍棒から察するに、彼らは噂に聞く海上警備隊らしかった。良い噂は聞かないが腕は確からしい。


『うるせぇな。何を吠えていやがる』


 問われた酔っ払いは怒りで乱れた息を吐く。


『あの女が、ヒック、俺を無視するからだ』


 その話を聞いた男はバロッサの方を振り向いた。

 両者の間には店一軒分ほどの距離があったが、男達の視線からバロッサを護るようにオーカが立ちはだかった。凶器の斧を肩にかけて威嚇している。

 警備隊の男達は面倒くさそうに酔っ払いへと向き直った。


『コブ付きじゃないか。あのくらいの女ならいくらでもいるだろう。他の女を探せ』


 失礼な物言いに睨みつけてやろうかと思ったが、それよりも早く酔っ払いがその男に突っかかった。


『言ってくれるじゃねーか、ジバさんとザムザさんよォ。てめぇらこそ、ヒック、銀髪の女に振られて、引きずってやがっ、うっ!』


 酔っ払いが吹っ飛んで酒場の石段から転げ落ちた。

 蹴り飛ばした男は蹴り足をゆっくりと下ろすと、腹を押さえて地面で丸くなる男を冷めた瞳で見下ろした。


『その話はするなと言っていたよな? 心配しなくても、あの女は今度見つけたらぶっ潰す。あのクソ餓鬼と一緒にな』


 それからギロリとバロッサ達を見た。


『――おい、そこの二人、見逃してやるからとっととどこかへ行け』


「(行きましょ)」


 バロッサはオーカの腕を引いて踵を返した。

 あんな奴らには近づかない方が無難だ。

 銀髪の女がどんな怒りを買ったか知らないが、見つかったら無事では済まないだろう。

 そこまで考え、首を横に振った。

 自分には関係のない話だ。


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