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深炎の舞姫2  作者: 鳴砂
第二章
35/88

一花と呼ばれた舞姫学校へ11

 

 ***


 ノノル舞姫学校の掃除から一夜が明けた。頭上には抜けるような青天が広がり、屋上に並んだシーツがそよ風に泳いでいた。

 そこに、トンッ、トトンッ、と軽やかな靴音が響く。純白のシーツを背にした屋上の空間で、ユイナが二本の扇子を操り、舞っているのだ。

 昨夜、舞姫学校で踊った事を話していると、子供達に『どうしても見たい!』とせがまれたので、洗濯を終えてから屋上に子供達を集め、宿屋のおばさんから借りた扇子を両手に舞っていた。


 演目は『カカシの休日』。

 蝶のように動く扇子に子供達は驚き、蝶を追いかけるユイナの動きにほんわかと笑った。ユイナが弾むと肩まで伸びた黒髪が春風を抱いてふわりと広がり、その様子は朝日に輝く海原のように煌めいた。

 陽光はぽかぽかとしてあたたかく、そんな春の陽気も手伝ったのか、ユイナはしっとりと汗をかいていた。すべてを踊りきった時には薄手の服も湿り、細身の体に吸い付くようだった。


「ありがとうございました」


 子供達の拍手にお辞儀をして、端で見ていた宿屋のおばさんに扇子を返しにいくと、おばさんも拍手で迎えてくれた。


「扇子、ありがとうございました」

「いいのよ。いいもの見せてもらったから。いろんな舞踊を見てきたつもりだけど、扇子が蝶に見える舞は初めて。たのしかったわ」

「そう言っていただけるとうれしいです」

「ユイ姉さん、僕にも蝶々教えて」

「私もっ」

「私にもー」


 扇子の蝶々が気に入ったのか、ペントと女の子達が集まってきた。


「いいけど、ちょっと待って」


 おばさんを振り返って「もう少しお借りしてもいいですか?」


「いいわよ。良かったらそれはあなたに差し上げるわ」

「いいのですか?」

「いいのよ。あなたに使ってほしいの」

「あ、ありがとうございます」


 ユイナは扇子を手に子供達へと向き合った。


「それじゃあ練習しましょうか。みんなが見えるように輪になってもらえる?」


 はーい、と子供達がすばやく輪になった。動きが機敏で学ぶ姿勢が素晴らしかった。元軍人のアレスに育てられた影響かもしれない。

 アレスは子供達をかわいがることはあっても、甘やかすことはなかった。子供達を三つの班に分けて料理当番や掃除当番を任せているのも、ひとりの人間として責任を持たせることで、仲間の一員としての意識や団結力を高めるためだった。

 幼児が多くて好き放題に遊んではいるが、それぞれが自分たちの役割を理解しており、有事の際は班長の指示に従って迅速な行動がとれた。

 そのおかげか、みんな素直に聞いてくれるので、教える側も楽しかった。


「私達も混ぜてもらっていい?」


 振り向くとミア、ルーア、コルフェがいた。


「いいよ」


 三人の親友も加わってユイナの教室が始まった。





 教室を終えたユイナは部屋に戻って、ぬらしたタオルで汗を拭いた。さっぱりしてから新しい服に袖を通していると、カトレアが訪ねてきた。


「ごめんなさい。着替え中だったのね」

「いいえ、ちょうど終わるところです。何の用ですか?」


 ウエストを細帯で締めてカトレアと向き合った。


「少しだけ散歩に付き合ってもらえるかしら」

「はい、行きます」


 ユイナはうなずき、誘われるまま散歩に出かけた。

 階段を下りて外に出ると、玄関前で遊んでいた子供達が振り返った。


「どこ行くの? お買い物?」

「散歩よ。すぐ戻ってくるわ」

「いってらっしゃーい」


 見送る子供達にユイナは手を振って答えた。角を曲がって表通りを歩きながらカトレアが口を開いた。


「子供達とはすっかり打ち解けたみたいね」

「舞踊劇に誘っていただいたおかげです。みんなの前で演じた舞踊劇がきっかけで仲良くなることができました」

「私は手助けしただけよ。あの劇が成功したのはあなたの力よ」


 それにしても、とカトレアが続けた。


「あなたの『カカシの休日』はかわいらしくて楽しかったわ。私も十六か十七の時に観たのだけど、また観ることができるとは思わなかったわ」


 カトレアの母校はユイナと同じで、舞姫学校『セフィル』だった。そこで行われた異文化の舞を彼女も観ていたのだ。


「本物にはまだ遠いですけど、少しでも近づけるように練習しました」

「努力家なのね」


 感心するカトレアにユイナは首を振った。


「努力家と言うよりも、私は踊りが好きなんです。自由に体を動かせることがうれしくて、それで喜んでもらえることがなによりもうれしくて、やめられないんです」


 カトレアがほほ笑んだ。


「あなたの魅力は、その純粋さにあるのかもね。あなたの舞を見ていると心があたたかくなってくるわ」

「そんな。私はまだまだです。カトレアさんの踊りはもっとすごいじゃないですか。私、舞姫学校『セフィル』にすごい上級生がいることを知っていました。『剣舞のカトレア』と言えば知らない人はいませんでしたから」

「ありがとう。でも、私は舞姫候補生のたしなみとして練習を積んでいただけ。踊りが楽しくないとは言わないけれど、先生に贔屓(ひいき)されて一対一の特別授業までされると、期待されているのが逆に重くて辛かったわ。それに、特別扱いされる私を妬む人は少なくなかった。誰だって不公平には敏感なものでしょ? 同じ仕事をしたのに、他の人より報酬が少なかったら誰だって理不尽だと思うわ」


 カトレアの言いたいことも分かるような気がした。


「踊りはもっと自由で、心の内から湧いてくるもの。あなたはそれをよく分かっている。これからも子供達に楽しい踊りを教えてあげてね」

「がんばります。それで、みんなと一緒にたくさん踊りたいです。ひとりで踊るよりも、みんなで踊った方がきっと楽しいですから」


 そうね、とカトレアはやさしくほほ笑んでくれた。

 二人は表通りを抜けて丘に出た。見晴らしのよい場所で、青い海やノノルの港町を一望できた。岬の方へと視線を転じると、舞姫学校『ノノル』の巨大天女像も小さく見えた。


「他国の舞姫学校はどうだった? 新しい刺激はあったかしら?」

「そうですね。『セフィル』に比べれば規模は小さいですけど、見たこともないような彫刻や天女像が多くてびっくりしました。薄紫色の花が大通りの両脇を飾っていい香りがしていましたね。リコリと呼ばれるその花は『ノノル』の校章にもなっていて、昼間に見ると華やからしいですよ」

「リコリの花が……。もうそんな季節なのね」


 カトレアの瞳がどことなく悲しげに伏せられた。


「知っているんですか?」

「ええ。海辺に咲く花で、この花が咲くと春が到来すると言われているわね」


 カトレアはぼんやりと海を眺め、それから振り返った。


「それより、『ノノル』の生徒と会うことはできたの?」

「いいえ、それはできませんでした。『出会えたらいいね』ってみんなとも話していたんですけど……」

「もしも出会えたら色々と話をして意見交換をするといいわ。それは必ずあなたにとって貴重な体験になるでしょう。同じ国であっても学校が違えば考え方も違うぐらいよ。異文化の人と交流することはきっとあなたの見識を広めてくれるはず」


 ユイナはうなずき、故郷のシルバート大陸へとつながる大海原を眺めた。

 祖国を離れて初めて知ったオルモーラの油花畑やフォークダンス、ノノルの食べ物『ラッチェ』や垂れ幕に彩られた町並み……そして、そこに住む人々。

 疾風のように過ぎ去っていった一ヶ月だが、立ち止まって振り返ってみると、限りなく濃密な時間を過ごしたような気がする。それに、他国の舞姫学校を訪れることになるとは夢にも思わなかった。

 舞姫学校『ノノル』は風の大天女テンルを祭っている。舞踊で教わるのはテンルの舞だろう。それは、火の大天女を祭る舞姫学校『セフィル』では決して教わることのない舞だった。


「次の掃除は来週になるのかしら?」


 カトレアの問いにユイナは振り向いた。


「はい。ちょうど一週間後の予定です」

「コルフェは参加するのかしら?」

「?」と、首を傾げた。


 足を痛めて働けないギブリー婆さんのために舞姫学校の掃除に志願したのはコルフェだ。彼女が参加しないわけがない。


「参加するって言っていました。でも、どうしてそんな事を聞くんですか?」

「実は、その日がコルフェのお兄さんの七回忌になるのよ」

「え……?」


 コルフェのお兄さんが亡くなった日……?


 初耳だった。もし知っていたらコルフェの分も掃除を引き受けると提案していた。どうして頼ってくれなかったのだろう……。


「あの子、お兄さんの命日には必ずリコリの花を摘んできて、夜更けまで鎮魂の祈りを行っているの。だから、その日は休むのかと思ったのよ。でも、夜の掃除に参加するとなると今回はどうするつもりなのかしら」

「……。わかりません……」


 声が沈んだ。友達なのに知らなかったことが疎外感を生み、言いようのない不安を煽った。

 見知らぬ国を歩くのは刺激的なことなのかもしれない。だけど、家族と生き別れ、再び会えるかどうかもわからない旅に出ていることが、さみしくないわけがなかった。逆賊にされてしまった今、頼れるのはアレスとカトレアと、一緒に旅をする友達だけだ。そして、みんなから嫌われたくない、好かれていたいと思うと、ちょっとした事で、たとえば友達にとって大切な人の命日を知らされていなかった時、どうしてだろう、何で教えてくれなかったのだろうと不安になってしまう。

 そんな内心をカトレアは感じ取ったのか、そっとユイナの肩を抱き寄せた。


「ねぇユイナ」

「は、はい」

「もしもコルフェが辛そうにしていたら、支えてあげてね」


 カトレアを見上げ、うなずいた。


「もちろんです。大切な友達ですから」


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