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深炎の舞姫2  作者: 鳴砂
第二章
33/88

一花と呼ばれた舞姫学校へ9

 ***


 早朝のことだった。同室の少女達とともに舞姫学校の制服に袖を通していると、来客があった。


「入ってもいいかしら」


 扉の向こうから担任の声が聞こえた。


「少しお待ちください」


 ヘレン・モーリックは服装を正し、ルームメートが着替え終わるのを待ってから、女教師を部屋に迎え入れた。


「誰に用事ですか」と問いかけると、眼鏡をかけた女教師は、

「あなたです、ヘレン。校長が部屋にお呼びですよ」

「お父様が?」


 ヘレンは心底驚いた。


 どういう理由で? と問いかけても「知りません。呼んでくるように言われてきただけですから」と返答があるだけで背を向けて行ってしまう。

 後ろで見守っていたミグとシーマが寄ってくる。


「何かあったのですか?」

「わからないわ」


 本心からそう答えた。

 ドルドラン・モーリックとは父娘の関係ではあるが、舞姫学校の寮に入ってからは距離を置いており、ほとんど言葉を交わしたこともなかった。

 父親が嫌いだった。

 小太りの体型。大声を立てる品のない笑い方。それにともなう校内での悪評が、ヘレンにとっては汚点であり、嫌悪をもよおすものだった。なぜあの男が父親なのかと胸の奥底で呪ったこともある。だから、同じ校内で暮らしていても顔を合わさないように避けていた。

 ドルドランも娘から毛嫌いされていることをわかっているのか、無闇に声をかけてこようとはしなかった。しかし、今日はわざわざ担任の教師を使って呼び出している。よほど重要な用事でもあるのかもしれない。


「まさか、アレではないですか」


 呼び出しの理由について思いついたらしいミグが言った。


「アレとはなによ」


 いくらか苛立ちのこもった視線を送ると、小柄な少女はたじろぎながら言う。


「せ、選考会の結果ですよ。結論を出すのに困っているのではないでしょうか?わ、わたし、昨日の選考会で少しミスをしてしまったんです。もしかしたら……」

「それはないでしょ。私の予想だと、いつもの十人で参加することになるはずだわ。そもそも、他の娘に大会で踊るだけの技量があって?」

「それは……」


 言いにくそうな顔をするのでヘレンは眼光を鋭くして詰め寄った。


「ないでしょ。彼女たちは舞姫学校の飾り物。そんな飾り物にだけは参加してほしくないわ。ミグがミスをしたとしても、それは総合的に考えれば帳消しよ」


 とにかく、行ってみるわ。


「食堂で待っていますね」


 シーマが言った。

 ヘレンは振り返り、「そうして」と返事して部屋を出て行った。




 国で開催される舞踊大会で数十年も最下位の舞姫学校『ノノル』。その学校を管理運営するモーリック家にヘレン・モーリックは生まれた。透き通った青空のような髪に、賢そうな顔立ち。舞姫の星に生まれた申し子だと占い師は言った。


 多大な期待を一身に浴びたヘレンは幼少の頃から厳しい教育を受けてきた。通常、五歳から舞姫学校へ入学できるわけだが、ヘレンは三歳で入校した。理事長を務めていた祖父が特例として許可したからだ。三歳のヘレンは年上の女生徒に混じって実技を受けることとなった。


 職権を乱用した特別扱いに、周囲の妬みがなかったと言えば嘘になるが、大半の生徒は舞踊のことに興味はなく、言ってみれば舞踊に励むヘレンのことなど無関心で、何も見えない空気のように扱った。孤独を味わうヘレンもまた、周囲の人間を道ばたの小石だと思って無視した。


 ヘレンは誰とも関わりのない生徒として二年を過ごした。その二年間でめきめきと上達し、五歳の頃には下級生の中で右に出る者はいなくなったほどだ。

 しかし、ずっと大人の教師と接し、その考えしか触れてこなかったためか、幼さには似つかわしくない冷めた感性を持つようになった。周囲の人間が素晴らしいと褒め称える舞でも、『ターンした時の腕の角度が浅い』だの『テンポは良かったけど指先が伸びてないからこぢんまりしてた』と、五歳児が見下した発言をするのだ。他の生徒はおもしろくない。仕返しとばかりに一方的な批判が始まった。

 いつしかヘレンの舞は、『蔑みの舞』と陰口をたたかれるようになった。その陰口もまた本人に聞こえるような声で言うのだ。無視しようとしても無視できるものではない。踊りに関してプライドを持ち始めていたヘレンだから、それがたとえ根拠のないものだとしても、自分の舞を否定されることは許せなかった。


 ある時、廊下ですれ違った女生徒の悪口がきっかけで怒りが爆発し、年上を相手に取っ組み合いの喧嘩にまでなった。髪を引っ張ったり、爪で引っ掻いたり、周囲の貴族令嬢がぎょっとして動けなくなったほどだ。しかし、幼い頃の年齢差はそのまま体格の差になる。当時五歳のヘレンが、十歳の女生徒とまともに戦って勝てるわけがない。あっという間に組み敷かれてしまった。だが、殴られそうになったところで駆けつけた教師達が止めに入ってくれ、双方ともに腕や額から血は流したが、見た目が派手なだけの軽い怪我で済んだ。

 痛み分けという形で騒動はおさまったものの、理事長だった祖父は事態を重く受け止め、ヘレンと問題のある生徒を引き離すように部屋を割り当てた。そして、ヘレンのルームメートに選んだのは、ヘレンと同い年の新入生だった。それまで一人部屋にしていたヘレンを相部屋に入れたのには、理事長の思惑があった。


 一つはヘレンに仲間をつくらせることでヘレンを守ろうとしたこと。そしてもう一つは踊りに興味のある生徒をヘレンの傍につけることで刺激を与え、レベルの高い踊り子に育成することだった。その目的はある程度まで成功している。ルームメートとはその時から一緒だから、付き合いは十年近くなっていた。




 校長室のドアをノックすると、『入れ』と野太い返事があった。

 ヘレンは日傘を片手にドアを押し開け、数年ぶりに父親の部屋へと入った。まず目に付いたのは高々と掲げられた賞状だ。どれも立派な額縁で飾られてはいる。しかし、中身の書状は一様に黄ばんでおり、古いものだとうかがえた。日付もほとんどが学校創設から十年頃に偏っていた。他の年代にも賞状はあるが、徐々に減っていき、最近の物でも数十年前に二位が一度だけ。そこからは一枚も賞状が見当たらない。最下位続きで賞状をもらえていないのだ。

 それが、創立百年を超える舞姫学校『ノノル』の実情だった。生徒にやる気がない上に、ぬるま湯に浸かってきた教師もまたお世辞にも優秀とは言えなかった。

 だが、他人のことばかりも言っていられない。百年に一度の逸材と言われたヘレンでさえ、個人技で入賞を果たしたことはなかった。


「失礼します」


 入室したヘレンはドアを閉め、机の前に立った。小太りの男が椅子に座っており、組んだ指に額を当てて重苦しい雰囲気を漂わせていた。

 机の右端には大量の書類が積まれていた。それは先日行われた選考会の審査結果のようにも見えた。ヘレンはその紙面から視線をはずし、「何の用でしょうか」と、顔を伏せたままの父親を見下ろした。

 父親のドルドランはおもむろに顔をあげた。いつになくぎらついた眼光だった。ほとんど寝ていないのか、目の下にくまをつくっている。


「確認しておきたいことがある。昨夜のことだが、図書館の前で踊ってはいないな?」

「いいえ、図書館の前で踊るような真似はしませんわ」

「そうか……それならいい。戻っていいぞ」

「……は?」


 ヘレンは目をむいた。


「それだけの事でわざわざ呼びつけたのですか?」

「そうだ」


 真顔で言われたので呆れて返す言葉もなかった。用事とも呼べない用事で呼び出された事に怒りがふつふつとわいてきたが、ぐっと堪えた。父親から離れたい気持ちの方が強かった。


「わかりました。失礼しました」


 少しも目を合わせずに頭を下げ、さっさと退室した。


(なんなのよッ)


 ヘレンは日傘を強く握りしめ、赤絨毯の敷かれた廊下を乱暴に歩いた。できることなら絨毯の毛をむしり取って、あの男の青ざめる顔を見てみたいと思った。しかし、それをするのも面倒だ。考えるだけにとどめた。


 教職棟を出ると、学校を取り囲んだ壁から朝日が顔を出していた。岬に建造された巨大な天女像が背中に朝日を浴び、輪郭が金色に浮かび上がっていた。

 中央大通り沿いの花壇には、若紫の花がぽつぽつと咲いており、ほんのりと甘い香りがした。早朝で日陰が広く空気も冷たいのでほとんどがつぼみだが、昼間頃には満開となって花壇を紫に染めるだろう。この花が咲くと春の到来だと言われている。ロートニアは春を迎えようとしていた。


 ヘレンは日傘を差し、大食堂へと足を向けた。校内を歩いているのはヘレンだけではなく、皆一様に日傘をさして大食堂へと向かっていた。


 寮の近くに建てられた教会のような建物に入ると、総勢三百人以上が同時に食事をとれる大食堂となっていた。すでに半数の生徒が朝食をとりにきているのか、鼻をくすぐる香ばしいパンの香りと、おしゃべりに興じる華やいだ朝食風景が広がっていた。

 青髪の令嬢達が食事の用意された席にぞろぞろと着いた。彼女たちだけでなく、見渡す限り青髪の女生徒しかいなかった。もちろん、色合いや直毛や巻き癖など違いはあるが、ロートニアの人間は基本的に青い髪をしていた。ヘレンもまた空色の髪を首筋で切りそろえている。

 ヘレンは青髪少女たちの間を移動し、左奥のいつもの席に座った。周囲にはルームメートでもあるミグとシーマが席をかためている。先に食事を始めていた彼女たちは手を止めてヘレンに質問してきた。


「何の用だったのですか?」

「何の用?」


 ヘレンは空色の眉を憎々しげにつり上げた。


「知らないわ。昨夜、図書館の前で踊ったか聞かれただけよ」

「それだけ、ですか?」

「そうよ」と、答えたものの、拍子抜けした友の顔を見ていると、ヘレンも怪訝に思った。父親の態度が気に食わなくて熱くなっていたためにろくに考えもしなかったが、冷静になってみると、質問の意図がわからなかった。


 図書館の前で踊ったから何だというのだろうか。

 夜間に踊るのは悪いこと? いや、そうではないだろう。舞踊大会最下位の汚名返上に燃えるドルドランは、注意するどころか大いに喜ぶはずだ。だが、誰が夜間に練習するだろうか。それほど練習熱心な生徒がこの学校にいるとはとても思えなかった。


 舞姫学校『ノノル』が国内でどのような評価を受けているのか、ヘレンは知っている。『一花』だ。創設当初から大した成績も残せず、二十年近く前に輝かしい成績を残したものの、その後はまったく花が咲かないことから皮肉をこめて一花と呼ばれていた。そして、そこで学ぶ女生徒たちを『実のない花』と呼んだ。外見は白い花のように可憐だが、踊りはまったくの下手くそという意味だ。

 そんな侮辱的な評価をされているにも関わらず、ほとんどの生徒が気にしていなかった。彼女たちの言い分はこうだ。

 踊りができたからといってそれが理想の結婚には結びつかない。

 確かにその通りだ。踊りができたからといって、それが結婚に有利に働くかというと、そうでもない。披露できる場所も機会も限られているからだ。舞踊の練習をしているぐらいなら、教養を身につけ、社交パーティーに参加しているほうが理想の結婚に近づける。

 彼女たちにとって美貌こそが花であり、理想の結婚をみのらせる実となる。そして、汗を嫌う彼女たちにとって舞踊はむしろ避けたい運動だった。

 だから、この学校で舞踊に励む生徒は極めて少ない。大食堂に集まった群衆の中で、五分の一でも熱心に練習する生徒がいたなら、舞踊大会で最下位という不名誉な結果にはならないだろう。ましてや、夜中に練習するような生徒がいるなら会ってみたいものだ。


「夜中に踊っていたというのは、練習していた人がいたということでしょうか?」


 小柄なミグがおずおずと言い、ヘレンは眉根を寄せた。


「そんな訳がないでしょう。常識的に考えてちょうだい。汗はどうするのよ。風呂上がりに運動するなんて考えられないわ」

「そうですよね……汗をかいたまま寝る人なんていませんよね」


 いくらか安堵したようにミグは胸をなでる。夜中に練習するほど熱心な生徒がいたら、大会への出場が脅かされると感じたのだろう。そんな弱気は見ていて気持ちのよいものではない。


「どうせ変な夢でも見て、それを信じ込んだのでしょ」


 ヘレンはにべもなく言い、テーブルに用意されているサラダを皿に取った。


「それはそうと、そろそろ選考会の結果が出そうね」

「今回もお昼に張り出されるのでしょうか?」

「例年通りならそうじゃない?」

「ヘレンさんは余裕で合格ですよね」


 当然とばかりにヘレンは口許に笑みを浮かべる。


「あなた達も余裕でしょ。下級生は最初から相手にならないし、上級生はあの四人以外はたいしたことないし、中級生はいつもの三人でしょ。残りの三人は私達で決まりじゃない」

「そうは言っても、結果が出るまで心配で食事がのどを通りませんわ」


 選考会での失敗を引きずっているらしいミグが泣き言のようにもらした。

 父親からの呼び出しで機嫌の悪いヘレンは、眉をピクリと引きつらせた。結果が変わるわけでもないのにぐちぐちとこねくり回す人間が嫌いだった。鬱陶しいのだ。たとえそれが友達であろうと、小言の一つでもぶつけてやろうと思った。

 その時だ。


 カーン! カーン! カーン!


 ベルの音が大食堂に響き渡った。

 突然の金属音に令嬢のおしゃべりが、すーっと引いた。

 何事かと振り返ると、前方のステンドグラスを背にした壇上に、校長のドルドランと、くすんだ髪を巻き貝のようにまとめた女教頭がいた。教頭はハンドベルを手にしたまま両腕を組み、生徒達を睥睨してから声を張り上げた。


『みなさん! 校長から大事なお話があります。食事を中断し、心して聞くように!』


 しかし、教頭の指示とは裏腹に食堂内はざわついた。近くの同級生がささやき合う。


『(大事な発表ってなによ)』

『(どうせ舞踊大会のことでしょ)』

『(それなら私達には関係ないじゃない)』

『静かになさい!』


 教頭が怒鳴った。ふたたび堂内が静かになった。それは教頭の命令に従ったというよりも、面倒だから口を閉じたように思えた。

 もとより、威張り散らす校長や教頭に敬意をはらう生徒はいない。

 校長は静かになったところで声を張り上げた。


『昨夜、図書館の前で踊っていた者がいる。正直に手を挙げるように』


 校長は生徒を見渡したが、どこからも手は上がらなかった。

 校長は芝居がかった動作で何度かうなずき、食堂に集まった生徒の誰かに語りかける。


『私は怒っているわけではない。むしろ喜んでいるのだ。昨夜の踊りは最高だった。遠目にしか見ることは叶わなかったが、美しく躍動的で、斬新だった。我が校で他国にも恥じない舞姫が育ってくれることは非常に喜ばしいことだ。私としては、その美しい舞技を闇に埋もれさせてしまうのは口惜しい。是非とも今度の舞踊大会に参加してほしい。そして、優れた成績をおさめた時には、特待生として学費を免除し、必要な物はこちらで(そろ)えるつもりだ』


 堂内がざわついた。学費は半端な額ではない。教師の給料や食費だけでなく、校舎や備品の維持、さらには掃除人・料理人・風呂炊き人・傭兵の依頼料など多岐にわたる。

 さすがに令嬢達が目を見張っていた。


 数年前までヘリオンの採掘で莫大な財産を築いたロートニア国だが、多くの鉱山が閉鎖されたことで貴族の収入は三分の一に減っていた。おまけに、古くから国を支えてきた貿易までもが“魔眼”と呼ばれる海賊の出現で滞っている。貴族は今、蓄えた財産を少しずつ吐き出していく生活を始めていた。それだけに、学費免除の言葉は周囲をざわめかせた。

 しかし、手をあげる者はいない。昨夜は誰も踊っていないのだろう。それに、校長をうならせるだけの踊りをできる者が本当に潜んでいるとは思えなかった。


『さて、これだけ言っても名乗り出ないのは、照れ屋だからかな……?』


 その冗談に笑う者はいない。校長は苦虫をかみ潰したような顔をした。


『では、踊っていた人物を知っている者にもチャンスをやろう。最初に教えてくれた者には学費を半額にしようではないか。どうだ?』


 校長はもう一度見回すが、生徒達はきょろきょろと視線を交わし合うだけで返事できずにいる。


『………わかった』


 校長は重い声を吐き出した。


『まだ時間はある。後悔しないように考えることだな』


 そう言ってズカズカと足音をたてながら大食堂を出て行った。


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