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深炎の舞姫2  作者: 鳴砂
第二章
30/88

一花と呼ばれた舞姫学校へ6

 

『さっそくだけど、今夜から掃除に行ってほしいの』


 代人の引き受けを申し出たところ、急な話だったが、今夜から老婆の代人として舞姫学校へ行くことが決まった。異国の舞姫学校に対する期待と緊張が入り混じったような心持ちで、そわそわと落ち着かなかった。そして夕方。ユイナ達は部屋に集まり、支度を始めることにした。ユイナが人数分のエプロンをもらってきて机に置いていると、


「どっちの服を着ていこう?」


 コルフェがベッドに並べた服を見比べていた。


「迷うね」と、ミア。


 掃除に行くのだから今の服装でも問題はないのだが、格式ある貴族の世界に足を踏み入れるということで、身だしなみが気になるのは仕方のないことだった。

 コルフェが見比べているのはどちらもブラウスで、空色か白色で悩んでいるようだ。

 ユイナは二人の横から「白がいいと思うよ」と助言した。


「どうして白なの?」

「舞姫学校は未婚の貴族女性が花嫁修業をするところだから、生徒達は純潔をあらわす真っ白な生地に校章が織り込まれた制服を着ているの。私達も結婚していないから白がいいと思う」


 教科書的な答えだったが、コルフェは納得したようだ。


「そっか、それじゃあ白にしよ」


 弾むような声で服を決め、着替え始める。

 その様子に不安は感じられなかった。

 友達が一緒だし、テンマが護衛してくれるので、怖さより楽しさが勝っているのかもしれない。そして、浮かれているのはコルフェだけではなかった。夜の、しかも異国の舞姫学校を平民の友達と歩き回ることは、ユイナにとっても夢のような出来事だった。


 最初は反対していた宿屋夫婦も『あなた達が決めたのなら仕方ありません。よろしければこれを使ってください』と、エプロンを支給してくれた。


 ユイナはルーアにエプロンを着せて後ろのひもを結んであげたり、結んでもらったりして和気藹々と身支度を済ませた。

 ドアを開けて部屋を出ると、下から話し声が聞こえた。


『やっぱり女は遅いよなー』

『しょうがないじゃん。準備がいっぱいあるんだから。フィックスはボサボサ頭でいいから時間がかからないだけでしょ』


 手すりに近寄って下を見ると、見送りに集まったらしい子供達がロビーで待っていた。コルフェ達と一緒に階段を下りていく。


「お、掃除の舞姫が下りてきたな」


 壁際で腕組みをしていたザイが顔を上げ、子供達も続けて気付いた。ユイナ達はカトレアに近づき、


「用意できました」と報告した。

「テンマさんはまだですか?」

「もう少しで準備できるはずよ」

「そうですか」


 ユイナ達はお互いに視線を合わせ、待ちきれない気持ちで笑みをこぼし合う。


「いいなー、俺も行きたい。姉ちゃん達だけずるいぞ」


 不満をもらすフィックスに、「遊びに行くのではないのよ」と、カトレアがたしなめた。しかし、夜遊びに行くと勘違いしている男の子達も、貴族令嬢にあこがれているモンシーも、そして、男子でありながら舞姫を夢見るペントも一緒に行きたそうな顔をしている。


 カトレアが宿に残ると決めたのは、舞姫学校に行けない彼らを気遣ってのことではないだろうか。彼女にとっての重要事項は、異国の舞姫学校を訪問するよりも、子供達のために行動していることなのだ。

 ふと、カトレアの視線が横に動いた。


「あちらも準備が出来たようね」


 振り返ると、近くの一室からひとりの女性が出てきたところだった。ユイナと同じ黒瞳黒髪の、どちらかと言えば異国をにおわせる三十代半ばの貴婦人が、振り向いた目尻のシワに老成した穏やかさをにじませていた。

 見ているだけで高貴な香りがただよう姿に、カトレア以外の誰もが目を見張った。人違いではないかと思い直し、近づいてくる女性に問いかけてみる。


「て、テンマさんですか?」

「そうだ」


 薄紅色に彩られたふくよかな唇が、確かにテンマの声を発した。

 貴婦人の正体に「おぉー」と子供達が歓声をあげた。


 アレスのオオカミ変化を見知っているので、テンマの変化に今さら驚くこともないのだが、さすがに今回の女人変化には度肝を抜かれた。

 天窓から差し込んで拡散する夕陽で、胸下に大きな陰ができている。


「お、おっぱいでけぇ」


 カトレアからもらい受けた服に合わせて変化したのだろう、カトレアに負けず劣らずの豊満な双丘になっていた。それでいて腰はほっそりとした曲線を描き、臀部でふたたび盛り上がっている。

 まるで女性の魅力を強調するような肢体に、ザイがのどを鳴らす。


「ほ、ホントにすごいな……」


 食い入るように見詰める視線にテンマは眉間にしわを寄せた。


「おい、その目はなんだ」

「は? 何でもねーよ」


 ザイは胸のふくらみから視線を引きはがすようにしてそっぽを向いた。

 しかし、ザイでなくとも気になってしまうほどそれは強調されていた。


 ユイナは自分のそれと見比べた。ふんわりとエプロンを押し上げる胸の、その小ささは、この先大きくなる見込みがなかった。幼かった頃にはなかったふくらみはある。しかし、それは申し訳程度でしかないのだ。


「なぁ、それって本物かぁ?」


 フィックスが失礼にもテンマの巨乳を指さしている。


「本物と言えば本物だが、作り物と言えば作り物だ……」


 真正直に答えながら、テンマは乳房に集まる無数の視線に気付いたようだ。恥辱の視線から逃げるように振り返る。


「カトレア殿、これは本当に必要なことなので?」


 疑問を投げかける彼に対し、カトレアは極上の笑みを返した。


「ええ、舞姫学校は男人禁制ですから。校内まで護衛してもらうためにはどうしても女性になっていただく必要があるのです。その点、テンマさんの変化は完璧です。見破られる者はいないでしょう」

「そ、そうか……」


 ほめ言葉に悪い気はしなかったようだ。


「しかし、変化の術はその筋の者が見たら見破られるかもしれん」


 あごひげをさわるような動作で思案するので、トントンと肩を叩かれる。


「あの、しぐさも女らしくお願いします」


 むむ、とテンマが顔をゆがめるので、子供達は爆笑した。




 カトレア達に見送られ、テンマを含めたユイナ達五人は宿を出立した。

 夕日は山間に沈み、東の空から星々が姿を現わし始めていた。足許が暗く見えづらくなってきたので、持っていたランプに火を灯し、港町へと続くゆるやかな下り坂を歩いた。ザイから教えてもらった狭い近道を使ってもよかったが、草木が多くてみんなの足許まで明かりが届かないので、海側に大回りした馬車道をひとかたまりになって下った。


 ノノルの港町に到着し、一家団欒の明かりを窓外から眺めつつ広場に向かうと、がたがたと屋台を片付ける人影があった。よく見ると、ラッチェ売りの店主だった。


「やぁ」


 手を止めて挨拶する店主に、ユイナ達も会釈する。


「どうしたんだい。こんな日が暮れた時間に出歩くなんて感心しないなー」

「私達、舞姫学校の掃除に行くんです」


 おお、と店主は驚いた。


「よくあの仕事に就けたな。希望者が多くて簡単にはできないんだぞ」

「代人を頼まれたんです」

「ああ、それで。この五人で掃除をするのか?」

「そうです」

「気をつけるんだぞ。帰りは遅くなるだろうから」

「はい。ありがとうございます」


 お辞儀をして店主と別れ、広場中央にある巨木の下に立った。

 この広場が集合場所となっていた。ここで点呼を行い、舞姫学校へと向かうのだ。早めに到着したためか、まだ誰も着ていない。


「あ、誰か来たよ」と、ミアが町の一角に視線を向ける。


 ランプを手にした二人組の女性が広場に入ってきた。年齢は四十に達したぐらいだろうか、彼女たちは、ちらりとユイナ達を一瞥したものの気にした様子もなく巨木に近づき、芝生の上に腰を下ろした。

 ユイナはそっと友達に顔を寄せる。


「(もしかして、あの人たちも舞姫学校の掃除に行くのかな)」

「(そうかもしれないね)」

「(声をかけてみる?)」

「(かけてみよう。一緒に仕事をするかもしれないし)」


 ユイナ達は二人組に近づいて声をかけた。


「あの、もしかして舞姫学校の掃除をされる方ですか?」


 芝生に座った二人組が顔をあげた。


「そうだけど、あなた達は?」


 四人の少女と、後ろに従う貴婦人を見上げ、胡散臭そうな顔をしている。


「ギブリーさんの代人として一緒に仕事をすることになりました。よろしくお願いします」

「「お願いします」」


 一緒に頭を下げた。


「証明書はあるの?」

「それなら、こちらにあります……」


 ルーアがごそごそとバッグをあさって書類を出す。

 彼女たちはろくに目を通さずに「そう、よろしく」と言った。ルーアはきょとんとしていたが、用がなくなったのだとわかると書類をまたごそごそと戻した。バッグ一杯に荷物を持ってきたらしい。掃除道具は学校に用意されているのに、


(何をそんなに持ってきたのだろう?)


 ユイナだけでなく、妹のミアも首をかしげていた。


 しばらく待つと町のあちこちからぽつぽつと人が集まってきた。エプロン姿なのを見ると、みんな仕事仲間のようだ。年齢的にはほとんどが四十代五十代の女性で構成されており、あとは六十過ぎの老婆が数人いる程度だった。

 ユイナ達は一人ひとり丁寧に挨拶して回った。興味なさそうな人もいくらかいたが、相手の反応はおおむね良好だった。

 リーダー格らしい女性がみんなを呼び集め、点呼をして回る。まるで軍人のようにハキハキとした声に、ユイナ達は必要以上に背筋を伸ばして点呼を受けた。

 人数確認が終わると、総勢三十名の団体はランプを手に移動を開始した。夕食の明かりを背にしてふたたび馬車道に出ると、今度は右手に黒い大海を見ながら坂を上り始める。


 行列の流れに従って歩くユイナは、長い坂道の先に視線を向けた。湾曲した道の先、月夜の下に舞姫学校がたたずんでいた。学校のシンボルとも言うべき大天女の石像が月光を受けて青白く浮かび上がっている。それを見詰めるユイナの瞳に期待が()もった。


(あの舞姫学校は、どのような所なのだろうか?)


 シェリセーラに教えてもらったフォークダンスのように、異国の舞姫学校にも見たこともない舞踊があるのかもしれない。


(もっと知りたい。新しい踊りをもっと……)


 好奇心がふくらみ、高鳴る鼓動が胸を叩いてきた。

 しかし冷静になって考えてみると、それは叶わぬ願いのような気がした。舞姫学校に入っていられるのは夜間の掃除をしている間だけで、昼間に行われる授業風景を見られるわけではない。


「ねえ、ユイナ」


 コルフェが顔を寄せて聞いてきた。


「なに?」

「学校には貴族の令嬢が寝泊まりしているのかな?」

「そうだと思う」

「どうして家から通わないんだろう」

「遠いからだよ。どんな大国でも舞姫学校は四つしかないから、生徒は馬車で通うこともできない遠方に住んでいることが多いの。そういう人のために学生寮があって、そこで寝泊まりするんだよ」

「寂しくないのかな。家族と離れて花嫁修業なんて……」と、ミア。

「それはわからない」

「ユイナも学生寮に泊まっていたの?」ルーアも会話にくわわった。

「私は馬車で行き来していたよ。麦畑のある丘を越えたところに学校があったんだ」

「ふ~ん」

「ねぇ、貴族に出合ったらどうしよう」

「もしかして友達になれたりするのかなぁ」

「それはたのしそうねぇ」


 コルフェ達が浮かれだすのでユイナは眉根を寄せた。


「あまり期待しない方がいいと思うよ?」


 三人はきょとんとした。


「どうして?」

「だって、いい人ばかりじゃないよ? カトレアさんのように優しい人はきっと少ないと思う。どちらかというと、メリル王女のような傲慢な人を探す方が簡単だし、私が舞姫学校で友達になれたのも一人だけだから」


 ティニーを思い出しながら言った。すると、コルフェは気落ちしたようだ。


「そうなんだ……」

「あ、でも、まったくいない訳じゃないから、希望は捨てないほうがいいと思う」

「……。そうだよね」

「私も、もし友達ができたらロートニアの舞踊を教えてほしいから」

「わぁ、それはおもしろそうだね」


 満面の笑みで賛成してくれる友達に笑顔を返していると、


「仕事は遊びじゃないのよ」


 後ろから悪態をつかれ、ユイナ達は首をすくめた。

 どうもはしゃぎ過ぎたようだ。

 ルーア、ミア、コルフェの三人が後ろを気にしながらユイナに身を寄せてくる。


「(静かに掃除しようね)」

「(うん)」

「(できれば友達もつくろう)」

「(うん)」


 四人はうなずき合った。


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