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深炎の舞姫2  作者: 鳴砂
第一章
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闇夜の賊と月夜の踊り子2

 

 甲板の階段を下りて船内へと戻っていくと、通路はかなり暗かった。それでも通路の突き当たりに星明かりを取り入れる丸窓があるので、足もとがまったく見えなくなることはない。

 下民だった頃は月明かりも届かないような山奥を歩き、独りで天女の泉へと水を汲みに行っていたので、夜でも転ばずに歩く自信はある。

 頭にたたき込んでおいた船の見取り図をもとに、廊下を歩いて厨房の水汲み場へと向かう。


 厨房には、当たり前というべきか、誰もいなかった。暗がりの中でろうそくとマッチを探し出し、ろうそくに火を灯すと、仄かでちょっぴり温かな炎が簡素な厨房を照らし出した。大型の調理器具が子供達の手で洗われたことで綺麗になって定位置に収められている。

 ろうそく立てにろうそくを刺してお盆とコップを二つ用意したが、ふと、コップの一つを傾斜棚に戻し、深めの皿を用意した。アレスはこの時間帯だと狼の姿になっているはずだから、コップだとうまく水を飲めないと思ったからだ。


(アレスは私の事を重荷と感じているのだろうか)


 ザイには違うと言い切ったが、アレスの本心を確かめたわけではない。ひょっとすると、時おりほほ笑みかけてくれるやさしさの裏に、重苦しい気持ちを隠しているのかもしれないのだ。そう思うと、この船に乗った事が辛くなってくる。


(私は、彼の足を引っ張るためについてきたわけじゃない)


 胸の奥を焼かれるような焦燥感に唇を噛み締め、水をコップと皿に注いだ。長期保存のために水面に浮かせたライムの香りがふわりと昇ってきて、少しだけ落ち着いた気分にさせてくれる。今はこの水を彼のもとへと運ぶのが先だ。

 ろうそくと水を乗せたお盆を手に厨房を出て、ドアが開かないようにきちんと閉めていると、物音に気付いた。


 通路の曲がり角の先から足音が聞こえてくる。こんな夜更けに出歩くのは誰だろうと身構えていると、曲がり角から船乗りの男が現れ、こっちに歩いてくるのが見えた。船の帆を広げたり、時には()で船を前進させる筋肉はアレスと同じく隆々として、さらに黒々と日焼けしている。体格がいいので通路がよけいに狭く感じたが、だからといって顔を見て引き返すのは失礼というものだろう。

 面識のない男と目を合わさないようにして対向するかたちで足を進める。すると肩に何かがあたり、飲み水を乗せたお盆を取り落としそうになって慌てた。船乗りから距離をとろうとするあまり、通路の端に身を寄せ過ぎて壁に肩をこすってしまったのだ。


「大丈夫か」


 船乗りの男が声をかけてくる。


「いえ、大丈夫です。すいません」


 ユイナは俯いて男と目を合わせないまま、その場を急ぎ足で離れる。胸の鼓動がバクバクと鳴っている。アレスやザイといった男と話す機会が増えて苦手意識が少しは薄れたかと思っていたが、カーマルのこともあって、見知らぬ男への恐怖心はまったく消えてはいなかった。

 しばらく歩いて振り返り、船乗りの男が追ってこない事を確認してようやく安堵の息をもらす。妙に緊張してしまったためか眠れないのに気疲れが溜まってしまった。気を入れて姿勢を正し、メリル王女とアレスが話し合いをしている船長室に向かって歩き出す。

 もう一つ角を曲がると目的の部屋が見えてきた。ドア下の隙間から室内の明かりがもれており、ドアの向こうで人の動く気配があり、見知らぬ船乗りとすれ違う時とは違う緊張に襲われた。

 どのように室内に入ればいいのだろうか。適当な言葉を思いつかない。飲み水を持ってきた、でいいのだろうか。嘘は言っていない。事実のままだ。でも、会議の邪魔だと言われたら……いや、そんな事を考えてもしかたない。

 ユイナは扉の前に立ち、飲み水を乗せたお盆を意味もなく持ち直し、夜の潮風で髪が乱れていないかと黒髪に手櫛(てぐし)を通し、しっかりと心を落ち着かせてから、そっと扉をノックした。



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