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深炎の舞姫2  作者: 鳴砂
第二章
29/88

一花と呼ばれた舞姫学校へ5

 

「話し合いを終えましたら、また戻ってきます」


 カトレアが深くお辞儀し、ユイナ達は老婆の部屋を辞去した。

 辛い身の上話を聞いたためだろうか、誰もが重苦しく口をつぐんでいた。ぞろぞろと行列をつくって無言のまま二階に上がると、先頭を行くカトレアが一つ目の部屋で立ち止まった。


「話し合いは私の部屋でするから成人女性だけ入って」


 そう言ってドアを開ける。

 舞姫学校へ行く条件として老婆が挙げたのは、十四歳以上の成人女性だった。その条件を満たすのは、カトレア、コルフェ、ルーア・ミアの姉妹、そして成人したばかりのユイナだけで、その五人で会合を行おうというのだ。

 コルフェ達が入っていき、最後にユイナが戸をくぐった。


「他のみんなはそれぞれの部屋で休んで。モンシーも終わるまで他の部屋にいてね」


 しかし、誰も動こうとしない。すがるような目でカトレアを見詰めているのだ。

 カトレアは困った顔をした。


「どうしたの? いつもは素直に聞いてくれるのに……」


 すると、灰髪をポニーテールにしたモンシーがカトレアの足に抱きついた。


「一緒にいる」


 足にしがみついたまま見上げ、おでこの目立つ幼顔を寂しそうにゆがめるので、カトレアも強く言えなくなったらしい。


「困ったわね。話を聞いてもおもしろくないわよ」

「いいじゃないか」


 廊下の手すりに寄りかかっていたザイが言う。


「親子離ればなれの話を聞かされた後だ、寂しくなったんじゃないか? こいつらにとって今は俺達が家族だが、本当の家族とは、辛い形で別れているわけだからな。他人事には思えなかったんだろ」


 ザイの言葉で気付かされた。子供達がどんな気持ちでいたのか。

 老婆の事に憐れみを抱いていただけではないのだ。

 家族を殺された者は死別の悲しみを思い出していたのかもしれないし、親に売られたり捨てられたりした者は、置いてけぼりにされた老婆を自分に重ねていたのかもしれない。だから、寂しそうな顔をしているのだ。


 戦争で親を失った者、人身売買された者……それぞれの心に残された傷は決して同じではないが、仲間と一緒にいたいと願う気持ちは同じなのかもしれない。


 母親の代わりになれたらと、子供達に接していたカトレアは、愛おしさと憐れみの混ざった切ない顔をした。


「そうね。ザイの言うとおりだわ。一番気付かなければならない私が気付いてあげられなくてごめんなさい」


 カトレアが謝るので子供達は驚いて顔を上げ、一斉に首を横に振る。


「カトレアさんは全然悪くないです」

「……ありがとう」


 そう言って子供達の顔を見回し、「それじゃあ、みんなで話し合いましょうか。入って」と、招き入れた。

 子供達はホッとした顔で、順々に部屋へと入ってくる。混雑するのが目に見えていたので、ユイナ達は戸口から奥へと移動し、子供達が入ってくるのを眺める。行列の最後尾でカトレアがドアを閉めた時、部屋は満杯になっていた。

 もともと二人用の部屋だ。二十人を超える人が集まると、椅子やベッドに座るだけでは足らず、立っていなければならない者もいた。

 部屋の奥に固まっていたユイナ達に、カトレアが振り向いて声をかける。


「あなた達はこちらに来なさい。一番の関係者が離れていては話しにくいわ」


 ユイナ達は子供達の間を縫うようにして進み、二つあるベッドに向かい合って腰掛けた。その周りに子供達が集まる。幼子達はベッドにベタ座りで、他の者は壁に背中を預けて立ち見になった。


「さて、代人を引き受けるか否か、どうやって決めましょうかね」


 窓を背に座ったカトレアが思案顔になる。ユイナは、対面に座ったルーアやミアの様子をうかがいながら、少し冷静になっていた。代人を引き受けるということは、友達を危険な夜歩きに誘うということでもある。

 息子に捨てられた老婆の姿は切なく憐れだ。老婆のためにも代人を引き受けたい。そこまで気持ちが揺らいだのは事実だ。

 しかし、それを思い止まらせたのはカトレアだった。その場で返事をせず、一度考え直す姿勢をくずさなかった。きっと、あの場では冷静な判断ができないと感じたのだろう。そして、それは本当にそうだった。

 落ち着いて考えてみると、老婆の宿屋夫婦に対する態度は失礼だった。親切で世話までしてくれる恩人に対し、『頼んだ覚えはない』という言葉は信じられなかった。息子に見捨てられたことはかわいそうだとは思うが、見放された原因は、老婆にこそあるのではないだろうか。


「まずは、それぞれの気持ちを聞かせてちょうだい。ミアから時計回りにお願い」

「わ、わたしからですか?」


 指名されたミアは動揺を見せたが、居住まいを直し、少し考えるようにしてからしゃべりはじめた。


「正直に言うと、舞姫学校に行ってみたいという気持ちはありますし、おばあさんの気持ちもわかりますけど、やっぱり、人攫いの話もありますし、夜歩きはしないほうがいいのかな、と思います」


 その方がいい、とユイナも心中で同意していた時、隣から「え?」と、か細い声がした。コルフェだ。代人を引き受けるとばかり思っていたのだろう、ミアを凝視していたが、話の腰を折ったことで注目されていることに気づき、


「ごめんなさい、続けて」と、うつむいて膝上で拳を作った。


 その反応でコルフェが肯定派だと悟ったミアは、戸惑いを見せたものの決意は揺るがなかったようだ。


「私はやっぱり仲間が大切だから……、舞姫学校に行ける一度のチャンスかもしれませんけど、諦めます」


 友達の安全を思うがための言葉に、カトレアは静かにうなずく。


「わかったわ。行かない方に一票ね。ルーアはどうかしら?」


 今度は、ミアとは五つ違いの姉に問いかけた。ルーアはおっとりとした動作で顔を上げ、


「私も、ミアちゃんと同じです」


 妹の言葉に便乗することで、ひと言で終わらせてしまった。


(どうしよう……)


 連続する反対意見でコルフェが動揺していることに、ユイナは気づいた。

 コルフェの隣に詰めて座っていたため、わずかな身じろぎさえも左腕に伝わってきたのだ。


「それじゃあ、次はユイナね」


 名前を呼ばれ、跳ねる鼓動とともに「はい」と身構えた。

 しかし言葉が続かない。友達の意見が二つに割れた事に動揺しており、答えを用意できていなかった。隣のコルフェを気にしながら、「私は、みんなが行くなら行ってみたいです」と答えてみる。それは正直な気持ちでもった。


「みんなと一緒に異国の舞姫学校を見てみたいですし、おばあさんの事も気の毒だと思います。ですが、独りで行きたいとは思いません」


 もちろんよ、とカトレアは言った。


「独りで夜歩きさせるつもりはないわ。でも、行くのと行かないのとではどちらがいいかしら」


 突っ込まれて、固まってしまった。決められないのだ。何度も逡巡した後、言葉をしぼり出した。


「ごめんなさい……、どちらにするのか迷っています」


 カトレアはほほ笑んだ。


「いいのよ。もともと簡単に決められる事ではないわ。ユイナは中立ということでいいかしら?」

「は、はい……」


 そう返事しながら、これで良かったのだろうかとうつむく。

 親しくもない老婆と友達を比べたら、ユイナが選ぶのはもちろん友達の安全だった。だから、『反対です』と断るべきなのだ。でも、コルフェの気持ちを思うと、言えなかった。


「コルフェはどう?」


 その問いかけにコルフェは身を乗り出す。


「私は行きたいです。大切な人と離ればなれになるのは辛いことです。……私は、兄と死に別れて辛い思いをしました。ときどき思うんです。あの時ああしていれば、もっと違う結果になっていたかもしれない……。そう思うようになった時から、出来ることはやり尽くそうと心に決めてきました。だから、息子さんに会いたいというギブリーさんの願いを、少しでも手助けできたらと思うんです」


 ユイナは友達の横顔を見詰める。

 普段は大人しい彼女がどうして一生懸命になって薬術を学んでいたのか。その気持ちの裏側を初めて知らされた。彼女は、大切な人の死を乗り越えてきたのだ。


「コルフェは強いね」


 奴隷商人に親友を殺され、その恐怖から逃げていたユイナにはうらやましいほどの勇気だ。しかし、コルフェは首を振る。


「私ひとりの力じゃないよ。助けてくれる人がいたから……。おばあさんも同じだと思います。おばあさんも、今、誰かの助けが必要なんです」

「でも、旅費が貯まって彼女がウィンスターに渡ったとして、息子と会えるかどうか分からないのよ? それに、息子は彼女を置き去りにしたのよ? 会えたところで歓迎してくれるとも限らないでしょ」

「それでも、生きているのに会えないなんてかわいそうです」


 一同は口をつぐんだ。


「みんなが行かないなら、私ひとりでも構いません。行かせてください」

「だ、ダメだよ、そんなの」


 ユイナが身を乗り出すのと、ミアとルーアが腰を浮かしたのは同時だった。

 ユイナは自分の胸に手を当ててカトレアを見詰める。


「コルフェが行くなら私も行きます。私は、魔法も使えますから」

「私も行きます」ミアが続き、遅れてルーアも「私も」と言う。


 友達が大切。その気持ちは同じなのだ。

 一気に結論が出たことにカトレアは苦笑した。


「ダメと言っても行くつもりなのでしょうね」


 はい、と全員が答える。


「わかったわ。そこまで覚悟があるのなら、あなた達は代人を引き受けなさい」

「え? カトレアさんは行かないのですか?」

「私は残るわ。その代わり、あなた達だけでは心配だから信頼できる護衛もつけるわ」

「信頼できる護衛か……」


 そうつぶやいたザイが、寄りかかっていた壁から離れ、「しょうがない。俺が行くしかないな」


「ごめんなさい。あなただけは行かないで」

「か、カトレア、なんでお願いするように断るんだ」

「あなただと別の心配が付きまとうでしょ」

「女たらしー」


 フィックスが野次を飛ばし、周りの子供達も「そうだそうだ」とざわついた。それをザイは、「まぁまぁ落ち着け」と両手で制する。


「お前達は俺のことを女たらしだと思っているようだが、俺はものすごく奥手で――」

「うそだー。女だとみたらすぐにちょっかいだすくせに」

「あ、そう言えばっ!」


 とつぜんペントが大声を出すので、みんなの視線が彼に集まった。


「そう言えばってなんだよ。何も悪いことはしてないだろ?」

「ううん。ユイ姉さんに抱きついているのを見た」

「え?」と声をもらすユイナの後ろで、ギラッとカトレアの目が光った。

「そんな事をして、よくこの場にいられるわね」


 ドスのきいた声に、ザイはたじろいだ。


「ま、ま、待てよ。まったく身に覚えがないぞ」


 それはユイナも同じだったが、もしかして、眠っている間に破廉恥なことをされていたのだろうか。寒気で自分の肩を抱きしめた。

 その様子にザイはますます焦る。


「おいおい、誤解が大きくなってないか? ペント、いつ俺がそんな事をしたって言うんだ」

「僕とユイ姉さんが銀狼に乗って、初めてみんなのアジトに行った時だよ」

「初めてアジトに来たとき……? そう言えば真夜中だったな……」


 昔の記憶を探るようにザイは考え込んだ。


「……ぁ」

「抱きついたのね」

「そんなわけないだろっ」


 思いっきり否定する。右手も首を同時に振り、必死の形相だ。


「誤解だ。あの時は帰りの遅いアレスに腹を立てたメリル王女が怪鳥に乗ってアジトに突っ込んできて、その怪鳥からユイナを護ろうとしたんだ」

「あ、そうでした。急に抱きつかれて殴ってしまった事を覚えています」

「だから抱きついたんじゃない。言葉は選んで」

「どうせ下心があったんだぜ」


 はやしたてるように言うフィックスにザイは呆れた。


「お前なー、どこでそんな言葉を覚えてくるんだ。誓っても下心はない。そして、この際だからはっきりさせておくけどな、俺にはな、ちゃんとした流儀があるんだ。好みの女にしか手は出さないという流儀がな」

「好みの女ってなんだよ」

「む、む、胸が大きい、とかだな……。だから安心しろ。胸のない女には手は出さない」


 振り向いたザイが親指を立ててにこりと笑う。

 背筋を這いのぼった悪寒に、ユイナは思わず胸を隠した。


「やはりザイは候補から除外しましょう」


 いつになく冷徹なカトレアにザイは焦った。


「ま、待てよ。俺じゃなかったら誰に護衛を任せるつもりだ」

「テンマさん」

「ああ、あいつがいたか……」


 思い出して苦々しい顔をしたザイが首を巡らせた。


「肝心のテンマはどこに行ったんだよ」

「見張りをしてくださっているのでしょう」


 独りが好きらしい彼はよく見張りをかってでることが多かった。今も屋上にいるのだろう。


「あいつを護衛にするのはいいけどよ。素直に言うことを聞いてくれるか? あいつはメリル王女の命令しか実行しないんだぞ」

「問題はないわ。彼女が留守の間、私の指示に従うように命じられているから」

「そうか。それなら任せても……問題なしか……」

「そのかわり、ザイさんには宿に残って私達を護ってもらいます。いいですね?」

「お……、そういう事は早く言ってくれよ。俺がみんなを護るのは当然だろ?」

「なんか不安だなー」

「不安―」

「……お前達」


 ザイは苦虫をかみ潰したような顔をした。


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