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深炎の舞姫2  作者: 鳴砂
第二章
27/88

一花と呼ばれた舞姫学校へ3

 

「別々に戻ろう」


 気持ちが落ち着いてきた頃、ヨセフが言った。

 ここに来た時は建物に半分隠れていた太陽も、時が経ってすっかり姿を現わしている。そろそろ戻らないと、昼食の支度に遅れそうな時間だった。


「ユイナさんが先に帰って」

「ヨセフさんはどうされるのですか?」

「僕は時間をつぶして帰るから」


 ユイナと密会したことを誰にも知られたくないようだ。たしかに、男の子に見つかってはやしたてられたら、気まずくて顔も合わせられなくなる。それを心配してくれたのだろう。

 その厚意を素直に受け取ることにした。


「わかりました。先に帰りますね」


 立ち上がって深く頭を下げ、踵を返して彼から離れていく。てくてくと歩いていき、中庭を出る前にもう一度振り返った。そして頭を下げた時、「あ、ユイ姉さん」と、後ろから声をかけられた。

 ドキリとして振り返り、近づく色白の男の子に目を白黒させた。


「ペント、どうしてここに……」

「どうしてって、ずっと探していたんだよ」


 ペントはそう言って街角を振り返ると、大声を出した。


「コルフェ姉さん! ユイ姉さんがいたよ!」

「ちょ、ちょっと待ってペント」


 止めようとしたが遅かった。駆けてくる足音がしたかと思うと、今度はコルフェが中庭に現れた。


「ああ、やっと見つけた。聞いてほしい話がある…の……」


 駆け寄ってきた彼女が、まるで壁にぶち当たったかのように立ち止まり、目をまん丸にしている。その両目は、慌ててベンチの後ろに隠れようとする人影を目敏(めざと)く発見していた。


「ヨセフ、え? ユイさんと……?」


 驚き半分、喜び半分の顔でユイナとヨセフを交互に見つめる。

 ユイナは顔を真っ赤にして横に振った。


「な、なんでもないの。ホントよ。とにかくあっちに行こう」


 コルフェの肩をつかんで反転させ、背中を押して中庭から遠ざけようとする。

 コルフェは押されるまま歩いていたが、ヨセフが建物の陰に見えなくなると、肩越しに振り向き、得心顔になった。


「邪魔したかしら?」

「そ、そんなことないよ」

「本当に?」

「絶対にそんなことないからッ」


 信じていない顔だったので語気を強めた。


「それより何かあったの? 聞いてほしい話があるって言っていたけれど」


 関心を逸らすために話題を変えた。コルフェにとっても、そちらの話も重要なのか「あ、そうそう」と応じる。


「同じ宿にとまっているおばさんから、舞姫学校に行ってみないかって誘われているの」


 今度はユイナが目をパチクリさせる番だった。


「舞姫学校? もしかして、ノノルの岬にある舞姫学校?」


 村からほど近い岬にそれは構えており、高い土塀や柵に囲まれていた。シルバートの舞姫学校『セフィル』に比べれば、三分の一もないような中小規模の学校だ。ユイナ達がノノルの港に着いた時、風の天女像を見つけたが、あれは学校のシンボルとして数十年前に建造された物だそうだ。

 それにしても、


「行くって言ったって、どうやって……。あそこは貴族令嬢が花嫁修業をする学校だよ。貴族しか入ることはできないはずなのに……」


 詳しいことは分からないわ、とコルフェは首を振る。


「でも、宿屋に泊まっていたおばあさんが『行ける』って言ってるの。とにかく話を聞いてみましょ」

「そうだね」


 ペントの手を握ってさっさと歩みを進めた。早いところ宿屋に戻ってそのおばあさんの話を聞き、友達の気持ちを舞姫学校の方向へ逸らせたかった。

 コルフェはしかし、ちらちらと後ろを振り返ってはニタニタしている。

 ヨセフとの関係に想像がふくらんでしょうがないという顔だった。




 宿へと戻る道すがら、ユイナは心配だった。恐る恐るコルフェの横顔を盗み見ると、やはり目許や口許がゆるみかけている。それを見るたびにヨセフとの密会を漏らしてしまうのではないかと青ざめた。


 注意するべきはメリル王女と子供達だと思っており、まさか、コルフェが男女の関係に興味を持っていたとは考えもしなかった。今までの会話で恋愛など一度も話題にのぼったことがなかったのであまり気にしていなかったのだ。女子で集まっても、誰一人として口にしないし、そわそわした様子もないから興味がないのかもしれないと思っていた。しかし、ユイナとヨセフの密会を知ったコルフェは、なんだか、ときめいてしまったようだ。

 その浮かれ顔をみんなが目にしたらどう思うだろうか。何かよいことでもあったのかと怪訝に思い、ルーアやミアは気になって問いただすかもしれない。そうなった時、うまくごまかす自信はなかった。

 ただ、見られたのがコルフェとペントだったのが救いと言えば救いだ。むやみに言いふらす事はないし、秘密にしてほしいと願えば、聞き入れてくれるだろう。とにかく、口止めするためにも慎重に声をかけた。


「ねぇ、さっきの事だけど……」

「? さっきの事って、ヨセフ兄さんと会っていた事?」


 ペントが見上げるようにして聞いてきた。


「そう。それを私達だけの秘密にしてほしいの。誰にも言わないでもらえる?」

「じゃあ、ヨセフとユイさんはやっぱり……」


 ついに二人の関係を認めたと早合点したのだろう、普段は物静かなコルフェの瞳がきらきらと輝いた。ユイナは力いっぱい首を振る。


「ちがう、違うの。本当に何でもないんだよ」

「何でもないことはないと思うの」


 いつになく食いつくような目つきで詰め寄る。


「何でもないなら隠す必要だってないもの」

「それは、そうだけど……」


 こっそりと会ったのが事実なだけに下手な言い逃れはできそうもない。

 考えあぐねた結果、覚悟を決めることにした。


「ごめん。やっぱり本当の事を話す。だから、誰にも言わないと約束して」


 真剣な眼差しに、コルフェも顔を引き締め、「わかった。誓うわ」とうなずいた。ペントもそれにならってうなずく。ユイナは、一息ついて語り出した。


「ヨセフに、好きって言われていたの」


 コルフェの顔がパッと輝き、食い入るような視線で見つめてきた。ユイナは恥ずかしさと気まずさで視線を逸らしながら続けた。


「もう二週間も前のことかな。私がみんなと別れてシルバートに帰ることが決まった時、ヨセフから『行かないでください。好きなんです』と言われたの。あまりに突然だったから動揺しちゃって、ずっと返事ができないでいたの」

「さっき会っていたのは……」

「その時の返事をするためだよ」


 やっぱり、という顔をする。


「それで……申し出を受け入れたの?」


 ユイナは首を横に振った。コルフェは瞬きしてユイナを凝視した。


「どうして? すごく似合っているのに。二人ともいい人だし、お互いのことを気遣うやさしさも持っているし、絶対にいい関係になれると思うよ?」

「でも私は、ヨセフの期待には応えられないと思ったの」


 コルフェは言葉を詰まらせ、うつむいた。それから消え入りそうな声を出した。


「……ごめん。わたし、勝手なことを言ったね……」

「ううん、そんなことないよ。コルフェが思っている通り、ヨセフはいい人だと思う。今回のことでそれがよくわかった」


(自分の恋が実らなくて辛かったはずなのに、私の恋を応援してくれた……。そんなこと、私にだってできないよ……)


「本当にいい人だよ」


 もう一度繰り返すと、コルフェは寂しげな顔で言った。


「それでも、ダメなんだね……」

「……うん、そうだね……」


 罪悪感が再び首をもたげてきたが、さすがに断った理由までは話せなかった。アレスへの恋心は、誰にも知られたくないのだ。

 ペントには恋心が分からないのだろう、視線がユイナとコルフェの間を行ったり来たりして手持ちぶさたになっている。


「とにかく、今回の事は内緒にしてね。私のためにも、ヨセフのためにも……」

「わかった。誰にも言わない」

「僕も言わない」

「……ありがとう」


 承諾してもらえたのでホッとした。二人なら、きっと約束を守ってくれるはずだ。打ち明けて気が楽になったので、いくらか笑顔を取り戻してコルフェに話しかける。


「それにしても、さっきはびっくりしたよ」

「何が?」

「ヨセフと私の事をあんなに気にしてくれるとは思わなかった」


 告白された事を話すと目を輝かせ、断った事を知ると、本気でどうにもならないのかと問い詰めてきた。普段の大人しい彼女からすれば驚きの行動だった。それほど今回の件に思うところがあったのかもしれない。

 そして、先ほどとは打って変わって寂しげな顔をするコルフェを見ていると、ふと、心の隅に何かが引っかかった。それが何なのか、自分の胸に手を当てて正体を確かめようとした時、不意に袖を引っ張られた。

 振り向くと、ペントが焦れた顔でユイナを見上げていた。


「ねぇ、早く宿に戻らなくていいの? 舞姫学校に行く話をきくんじゃないの?」

「……そうだね」


 ちらりと横を見て、コルフェと視線を合わせる。コルフェはうなずいて、歩き出した。

 その横顔に聞いてみたい事もあったが、今はやめておくことにした。



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