軍議始まる
白髪、白ひげの老将ロナークが城に到着したのはそれから間もなくのことだった。これで軍議に出席するすべての要人が城に集結したことになる。国王コルセオス・シルバート。第一侯爵ラインハルト・ハイガル。第二侯爵ブラム・ウェスト。第三侯爵ギエン・アンダー。第四侯爵ロナーク・ベルノット。国が始まって以来、軍議に参加する者は国王と四名の侯爵と決まっていた。病死、戦死、辞任、解任……さまざまな要因で一時的に減ることはあっても、規定人数を越えたことはない。
昼食をとった後、ブラムは、ギエンとロナークとともに作戦会議室へと向かった。
薄暗い石段を上がり、西側の廊下を奥まで進んだところにその部屋はある。防音効果のある重い扉を引き開けると、狭い階段を上がった先が丸天井となっており、部屋の最奥に剣の紋章が描かれた国旗が掲げられ、厳かな空気を生み出していた。姿かたちこそ見えないが、建国から五百年も守り続けてきた先人の魂がここに集っているような気さえしてくる。
階段を上がるブラムは最後の一段で立ち止まると、国旗を仰ぎ、敬礼をしてから丸天井の下へと進み出た。ギエンとロナークも同様にして会議室に足を踏み入れる。
室内はひっそりとしていた。誰かが開けておいたのだろう、換気のために全開にされた窓が右手にあり、そこから流れ込んでくる昼下がりの空気がぬるかった。部屋の中心に置かれた円卓にはまだ誰もついていない。全員がそろうまで三人は席について待つ事にした。
席には決まりがある。円卓には五つの椅子が用意されており、国王の席が国旗を背にした最奥にあり、その左に第一侯爵、右に第二侯爵、そして左手前に第三侯爵、右手前が第四侯爵となっている。
それぞれが席に座って静かに待っていると、ほどなくして扉の開けられる気配がした。三人とも立ち上がって入口へと身体を向け、石段をのぼってくるコルセオス王に最敬礼する。国王の後ろにはラインハルトが付き従っており、彼にも敬意を表したような格好となった。ギエンは苦い顔をしたようだが、ラインハルトの後ろから現れた金髪少女に目を見張った。
ラインハルトほどではないにせよ、上背のある少女だった。純白のローブに包まれた腰は細くすらりとしており、刃物を連想させる切れ長の目にモスグリーンの瞳がきらめいている。
「バチルダ王女……」
ギエンは驚きの声をもらしたが、ブラム達とともに最敬礼をする。
軍議に女は参加できない。それは開国より守り続けられてきた掟だったが、その場にいた誰もがバチルダ王女の参加を認めていた。いや、認めたというのは語弊があるだろう。彼女はすでに一国の王女ではない。世界を導く天女の依代・舞姫となったのだ。彼女の啓示がなければ、シルバート大陸が海に沈むことさえ知らずに最後を迎えることになっていただろう。彼女は軍議になくてはならない存在だ。
国王と侯爵達が円卓につくなか、王女は円卓を通り過ぎ、国旗の掲げられた壇上へとあがり、そこに置かれた豪奢な椅子に腰を下ろした。舞姫のために用意された椅子は、バチルダ王女が座るにふさわしい。深紅の椅子かけにウェーブのかかった金髪が映えている。
(それにしても、お元気になられて良かった)
舞姫となったバチルダ王女は救世主ラインハルトに啓示を与えた後、唐突に倒れてしまい、十日間も意識朦朧の状態で寝込み続けていた。天女を宿すことは舞姫にとって多大な負担がかかるのではないだろうか。一つの身体に二つの魂が同居し、しかも一つは、世界を支えるほどのはかり知れない力を秘めた天女だ。強大な力で身体が崩壊しないだけでも不思議だと言えた。
全員が席についたのを確認し、国王が厳かな顔で言う。
「それでは、これより軍議を始める。まずは各々の準備がどれほど進んでいるか確認しておきたい。ロナーク、報告を」
はい、と、最古参のロナークが現状の説明を始める。
「兵糧は順調です。長い日照りが心配でしたが、天女の泉を利用したことで干害は最小限に抑えられ、期待していた収穫は見込めそうです。それと、不足分につきましては、例年通りマントレイの商人を利用してかき集めております。今のところ大した支障もなく順調に進んでおります」
「我々の動きに気取られていないだろうな?」
「そこは抜かりのないよう、例年通りの買い付けを行っております。気付かれる恐れはないかと。万が一に備え、商人の監視もさせております」
コルセオス王はうなずいた。
続いてギエンが石弓の生産状況を報告し、次いでブラムが武器・防具の生産状況を報告した。最後にラインハルトから、始王の魔道具について告げられた。
「現在、魔道具五つのうち、二つが蘇生に成功しております。そのうちの一つはすでにお気づきかもしれませんが、私が身につけているサークレットです。そしてもう一つは、こちらに」
左手を机の下に隠したまま、右手で布包みを取り出すと、円卓にそっと置いた。光沢のある紫紺の布だった。布には封魔の紋章が織り込まれており、中にある物が魔力を放っていることをうかがわせた。
「陛下と相談した結果、こちらはブラム殿にお渡しします」
「私に?」
振り向いて国王と目を合わせると、国王は静かにうなずいた。
「わかりました。頂戴します」
差し出された包みを受け取ると、ラインハルトが言った。
「包みを開けてみてください。ただし、中身をさわらず」
忠告されずとも、嫌な気配が包みを通して手のひらに伝わってくる。中身に触れないよう包みを解いていくと、禍々しい気配があふれ出してくるのがわかった。皆の視線が集まる中、姿を現したのは黒い指輪だった。見た目は黒い鉱石にしか見えないが、その黒光りは動いており、得体のしれない脈動を感じさせた。
背筋がぞくりとした。
これが魔神の気配……。
魔神と戦った先祖の記憶が、恐怖となって身ぶるいさせたようだ。シルバート建国の王はこんなモノを利用し、シルバートを統一したのだから、常軌を逸していたことがうかがえる。
「その指輪は、五百年の眠りから目覚めたばかりです。魔力の流れが歪なことからもお気づきかと思いますが、今はまだ不安定な状態にあります。これから少しずつブラム殿の魔力を流しこみ、手懐けていかなければなりません」
ブラムは黒い指輪へと吸い込まれていた目線をラインハルトへと向ける。
「手懐けるとはどういうことだ」
その問いに、ラインハルトはうなずく。
「蘇生したばかりの指輪は凶悪な力を秘めた赤子のようなものです。普通の赤子は泣いて痛みや不快を訴える程度ですが、その指輪は危険を察知すると全力で暴れます。それがどれほど危険か、指輪の気配から想像がつくはずです」
深いコバルトブルーの瞳が確かめるように列席者へと向けられ、誰かの喉がごくりと鳴った。ラインハルトは視線を指輪へと戻して続ける。
「使用者は、自分が指輪の味方であることを教えてやらなければなりません。そのためにはゆっくりと時間をかけ、使用者の魔力を指輪に流し込んでやることです。そうして魔力をなじませてやることで、指輪は初めて使用者を味方だと認めます。それができなければ、敵だと判断され、喰われてしまいます」
「喰われる?」
「はい、文字通り呑み込まれてしまいます。その指輪の中に」
ギエンが白い目をして言う。「なにを馬鹿なことを」
「いいえ、実際にあった話です。部下が宝石に呑みこまれていくところを、私はこの目で見ました。その指輪には私の部下がいるのですよ」
小さな宝石の中に人が呑み込まれるなど冗談としか考えられない。しかし、真面目な話だということは、ラインハルトの無機質な瞳を見ていればわかった。だからこそ不安になった。
「……大丈夫なのか? これを使用しても」
「侯爵の皆さんは制御できるはずです。少なくとも私にはできました」
言ってくれる。百年に一度の逸材に言われても説得力に欠けるではないか。
しかし弱音を吐いてもいられない。魔神の骨は絶対に必要なものだ。
「魔力が加速する感覚は慣れるまで時間がかかるでしょうが、その威力は保証します。ただ、あまりの威力に周囲の味方まで巻き込まないように注意してください」
ブラムは手許の指輪を見詰めた。見ているだけで吸い込まれるようなあやしさがある。魔神の骨を使えなければ、他国侵略は夢のまた夢となるだろう。なんとしても使いこなさなければならなかった。
「……わかった。使いこなしてみせよう」
指輪を封魔の布で包み直し、ふところへと収める。が、手が震えていた。興奮と恐怖で、熱いのか寒いのかよくわからなかった。
ラインハルトは周囲の意識が魔神の骨から戻ってくるのを待ってから口を開く。
「残りの魔道具については目下のところ蘇生中です。おそらくひと月はかかるでしょう。ロナーク殿とギエン殿にはもうしばらく待っていただきたい」
「それは一向に構わないが、私はラインハルト殿に課せられたもう一つの任務が気になる。アレス討伐の件だ。そのために魔術師団まで動かしたと聞いているのだが、結果はどうだったのだろうか」
そう切り出したのはギエンだ。軍議がはじまってから初めて、ラインハルトとギエンの視線がぶつかる。
「何の音沙汰もなかったことから察すると、良くない報告なのか?」
じっと相手を見据える赤眼の裏には、相手を貶めようとする魂胆が見え隠れしていた。恩師の仇を横取りにされた恨みだ。コルセオス王もそれには気付いているのだろう、うっすらと眉をしかめている。しかし、ブラムは成り行きを見守った。アレスや、彼と一緒にいるであろうユイナの生死は、もっとも知りたい情報だった。
「ギエン殿はすでにご存知かと思いましたが」
「どういう意味だ」
いいえ、とラインハルトは首を振り、続けた。
「アレスとは国境付近の森で一戦交えました。急所にナイフを投げ込んだものの殺しきれず、反撃を食らって逃がしてしまいました」
「貴重な戦力を動かしておきながら失敗しているとは思いたくなかったぞ」
ギエンの言葉にはいくらか見くだした口調が混じっていたが、ラインハルトは子供の戯言を聞くように淡々としていた。
「失敗したのは、邪魔が入ったからです」
「邪魔? 何を言い出すかと思えば、それが作戦に影響するほどの障害だったというのか?」
「メリル王女ですよ。彼女の魔術に意表を突かれました」
「……なに?」
まるで物陰にひそむ敵と視線を合わせたような緊張が走った。唐突に出されたシルバート第四王女の名が、場の空気を凍りつかせている。
ブラムは目を見開いたまま、まじまじとラインハルトを見詰めた。ギエンもロナークも似たようなものだ。どう解釈していいのかわからず、完全に固まってしまっている。
「ご存知だとは思いますが、メリル王女はアレスの許嫁でした。アレスが反逆者となった時、婚約は解消され、彼女は新しいパートナーを自分で見つけることを宣言しました。しかしそれはこちらを油断させるための演技だったのです。結婚相手をさがす素振りを見せつつ、裏ではアレスをかくまっていたのです」
ラインハルトが独白を続ける間、国王は組み合わせた指を見詰め、沈黙を守っていた。否定しないのは事実だと認めているからだろう。
「にわかには信じられない話だ」ロナークが王を気にしながら言う。
「幼少期のメリル様をよく知っているが、陛下の傍を片時も離れようとしなかった。陛下に抵抗するなどとても考えられない。そもそも、女性の身でありながら魔術を使うなど、この場の誰が信じるだろうか。私はメリル様が魔術を使っているところなど一度も見たことがない」
「ですが、事実です。しかも特異な魔口を開けるようで、見た事もない生物を呼び出して攻撃してきました。その中には人を乗せて空を飛べるほど巨大な怪鳥もいるようです」
ロナークは顔をしかめる。
「そのように荒唐無稽な話を信じろというのか。魔口から生物が出てくるのも奇妙だが、人を乗せて飛ぶ鳥も奇妙。どれほどの大きさか予想もできないが、その巨体を呼び出せるほどの魔力をメリル様が持っていると?」
「ええ、そうです」ラインハルトは言い切った。
魔口を開くには魔力が必要だ。魔力で空間をねじ切り、こじ開けることで神秘の穴は開く。それが肩幅まで広がれば一人前の魔術師として認められるわけだが、ごく稀に、馬車を丸呑みにできるほど巨大な魔口を開く者が現れる。国内の魔術師で言えば、ラインハルトやアレスがそうだ。そして、メリル王女もその部類に入るというのだ。
ロナークは老いで白くなった眉をひそめ、瞳に思案の色を浮かべる。
代わりにブラムが聞いた。
「証拠はあるのか?」
「証拠はありませんが、証人ならこの城内にいる人々です。一週間ほど前、怪鳥の背に乗ったメリル様が城へとやってきました。それを多くの者が見ています」
初耳だった。
「そんなことがあったのか? その割には、誰も不安がっている様子はないが?」
不思議に思っていると、「それについてだが」と横から国王が言った。
「無用な混乱を避けるため、メリルを乗せてきた怪鳥は、遠い大陸に生息する怪鳥だと説明してある。口外するなと命令するよりは、皆が不安にならず、要らぬうわさを立てられる心配もないと判断した。もしそのことが話題にあがったら、口裏を合わせておいてほしい」
「わかりました。しかし、なぜメリル様が城に現れたのですか」
メリル王女は十歳の頃より戦争を抑止するための人質として敵地に住まわされている。特別な許可がおりなければオルモーラ地方を出ることも叶わないはずだが……。
「魔神の骨を消滅させるためよ」
言ったのはバチルダ王女だ。すらりと立ち上がって壇上を降りてくると、国王の横に立って円卓に手を添える。舞姫となって凄艶さを増したモスグリーンの瞳がブラム達を睥睨した。
「アレスたち逆賊が、オルモーラの貴族と手を結んで爆薬をつくっていたことはすでに知っているわね?」
「はい。陛下からの手紙で知りました」
「敵はその爆薬を使って魔神骨を燃やそうとしていたのよ。その実行犯としてメリルがやってきたのは、王族という立場を利用して魔神骨に近付き、至近距離で爆破させるためだったのでしょうね」
魔神骨を消滅させる方法は一つだけ。神話にも語り継がれているように、燃やすことだ。火を絶やすことなく燃やし続け、一年の歳月をかけて消滅させた。メリル王女も魔神の骨を燃やす事で消滅させるつもりだったのだろう。
「だけど、ラインハルトが敵の計画をつかんでいたおかげで未然に防ぐ事ができたわ。それでも残念なのは、反逆者に逃げられたこと」
国王が眉間にしわを寄せる。
「バチルダ、妹をそのように言うものではない」
「本当の妹ではないわ」
「そうだとしてもだ」
「お父さまはメリルを許すつもりなの? あの子は私たちに牙をむいてきたのよ。例外をつくったら臣下に示しがつかないわ」
「わかっている。そんなことはわかっている……っ」
「陛下……」
ブラムの胸は痛んだ。
シルバート大陸が海に沈むと予言された時、民を守るため、愛する娘を守るため、国王は他国への侵略を計画した。だというのに、末娘が敵側へ回ってしまったことに迷い、悲しみ、それでも計画をやめるわけにはいかず、じっと堪え忍ぶしかない姿が痛ましかった。
ブラムは他人事として片付けられなかった。娘にとって唯一無二の親友・ユイナが敵側についている。ユイナが敵のまま戻って来なかったら、娘は吸い寄せられるように敵の仲間になろうとするかもしれない。そうなってしまったら……、ブラムは正気ではいられないだろう。娘を牢獄に閉じ込めてでも守りとおそうとするだろうし、それができなければユイナを殺すか、あるいは、娘を守るために国を裏切り、かつての部下や仲間と死闘を繰り広げるかもしれない。
その想像が現実味をおびていることに、ブラムは身震いした。
同時に、娘の離反を突きつけられた国王が、あまりにも哀れだった。
その時、ラインハルトの蒼い双眸がすーっと細くなる。
「わかりました。メリル王女を無事に連れ戻してみせましょう」
「ちょ、それは本気なの!?」
バチルダが表情を険しくしたが、うつむいていた国王の顔に希望が宿る。
「やってくれるのか……?」
藁にもすがるような顔で問いかけると、ラインハルトは穏やかな笑みを返す。
「陛下の望みとあらば」
その言葉にブラムも同意し、うなずいた。
「それは私も同じです」
ギエンもロナークもうなずく。ただ一人、バチルダが渋い顔をしていたが、「わかったわ。ラインハルトがその気なら、私にいうことはない」と引き下がる。
国王の顔に生気が戻り、四名の侯爵に信頼の眼差しを送り、言った。
「くれぐれも、頼んだぞ」
「「「「お任せください」」」」
ブラム達はメリル王女の奪還を約束した。




