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深炎の舞姫2  作者: 鳴砂
幕間Ⅰ
21/88

牢獄の男

 

 賓客室の前で立ち止まった騎士は、ドアを開けてブラムをうながした。


「どうぞ、こちらでお待ちください。すぐに食事を用意させます」


 ありがとう、と礼を言い、ブラムは部屋に足を踏み入れる。

 狭い通路から一転、広い室内だった。大食堂ほどではないにしても、部屋を三つつなげた広さはある。東に面した壁は総張りの窓となっており、そこから差し込む陽光で部屋は外のように明るかった。

 ただ、賓客室と呼ぶには絵画や陶器などの飾り気がなく、目を引くものといえば、中央を占拠する木造の長テーブルだけだ。樹齢数百年の巨木を素材としたテーブルだと聞いたことがある。そのテーブルで食事をとっていた男が、手をとめて軽く会釈をよこした。

 彼は第三の侯爵、ギエン・アンダー。西方の守護を任された男で、齢は三〇を過ぎたばかりと若いが、険しい容貌のせいかいくらか老けて見える。顔は細めで奇岩のような形をしており、くぼんだ眼窩の奥から鋭い赤眼がのぞいている。岩にへばりついた海藻のように縮れた灰髪も、彼の近寄りがたさを後押ししていた。

 彼の気質もまた風貌に似て荒々しく、何度となく暴力沙汰を起こしたこともった。だが、単なる荒くれ者とは違い、義理堅く、熱いこころも持ち合わせており、部下からの信望は厚い。彼が若くして侯爵の地位に就けたのは、その厚い人望と、今は亡きメイス前第一侯爵からの薦めがあったからだ。

 ブラムはギエンと軽い挨拶を交わした後、彼の横にいくらか席をあけて座った。


「石弓の準備は順調か?」


 世間話でもするように問いかけると、ギエンは淡々とした口調で「順調です」と答える。


「魔神の骨が蘇ったようだな」


 ギエンの肩がぴくりと反応して固まった。半信半疑の目を寄こし、「それは本当ですか」と問いかけてきた。初耳だったか、と思いながら答える。


「本当のことだ。すでにラインハルト殿が身につけていた」

「…………」


 ギエンは何も言わなかった。ただ、険しい顔をさらに険しくしたように見えた。

 彼はラインハルトを目の敵にしている。その理由が彼にはあった。


 数ヶ月前、アレスによってメイス侯爵が暗殺されるという不測の事態が起こった。メイス侯爵は国軍の総司令官であり、さらに魔神骨の蘇生を遂行する有能な男だった。彼の抜けた穴は大きく、軍の混乱も予想され、それを防ぐため後任に抜擢されたのが、当時、仮面部隊で暗躍していたラインハルト・ハイガルだ。そして “アレス処分”の王命がラインハルトにくだされた。

 ラインハルトが討手に選ばれたことに、ギエンは激昂した。普段は無口な彼が、唾を飛ばすほど声を荒げ、国王に詰め寄ろうとしたので、ブラムも第四侯爵ロナークも慌てて止めにかかったほどだ。ギエンは奥歯を噛み締めてその場は引き下がったものの、胸にわだかまりを抱いたのは明らかだった。

 だが、ギエンの気持ちもわからないではなかった。と、いうのも、アレスに殺されたメイス侯爵は、ギエンにとって師弟の契りを交わした恩師だったからだ。実力があるとはいえ、下流貴族に生まれたギエンが侯爵まで登りつめたのも、恩師の推薦があったからに他ならない。ギエンが受けた恩は山よりも高く、師への愛は海よりも深いのだろう。

 義理堅いギエンが恩師のために仇討ちをしたいと願うのはごく自然なことであり、また、周囲の誰もがそう思っていた。ブラムもその一人だ。それだけに仇討ちの役目を横取りされたことがよほどの屈辱だったに違いない。その屈辱は憎悪となり、ラインハルトに向けられているようだ。


「…………」


 賓客室はしん、と静まり返っていた。

 ブラムはちらとギエンの横顔を盗み見る。彼はうつむき加減でテーブルの昼食に視線を落としていたが、ナイフを手にして静かに食事を再開した。何気ない素振りをしているが、その胸中には怒りが渦巻いているのだろう、カチャと鳴る食器の音にねばつく沈黙が感じられた。

 その沈黙を幸いにと、ブラムは娘との約束をもう一度思い返していた。

 ユイナを助け、連れ帰る約束。それを実現するためには、まず、彼女の生死が問題だった。死んでいればこの世から完全に消え去り、会う事もできない。

 今回の軍議にはラインハルトも出席するので、アレスとユイナについて何かしらの報告が予想された。それがどのような報告になるのかは、廊下で会った彼の表情や言動だけでは判断しかねた。


(アレスは始末されたのか。そして、ユイナは無事なのだろうか)


 そんな心配が頭をもたげ、ユイナの無事を祈りたい気持ちになった。娘にできた初めての親友を、大人が起こす戦争の犠牲にはできない。だが、彼女が生きていたとして大変なのはその先だ。彼女が始末される前にどのようにして彼女をこちら側に呼び戻すのか。一番良いのは、極秘裏にユイナと接触し、ティニーの気持ちを伝えてやることだろうか。ふたりが親友なら、かならず心が揺れるはずだ。しかし、それもユイナと話をする機会があればの案だ。ユイナに娘の気持ちが伝えられなければ何の意味もない。

 密偵を送り、ユイナの居所を突き止めさせるか……。

 ブラムがテーブルに肘をつき、指を組んだ両手に額を乗せていると、ドアが開かれ、昼食が運ばれてきた。ブラムは身体を起こし、メイドが食事を並べるのを待つ。食事の用意を終え、頭を下げるメイドに「ありがとう」と礼を述べ、彼女が退室するのを見送ってから食器を手にする。


「ブラム殿は、ラインハルト殿をどう思われますか」


 ゆでた青菜にすり潰した種をふりかけて味付けした前菜を口にしていると、ギエンが問いかけてきた。ひどく広義な質問だった。ブラムはすぐに返事をせず、食べ物を咀嚼し、呑み込んでから顔を向ける。


「どう思うとは?」

「私には彼があまりにも出過ぎていると感じるのです。たとえば、牢獄の男をご存知ですか」


 急に方向転換した話にブラムは戸惑う。


「牢獄の男?」

「地下牢獄の最奥にいる、傷や(あざ)だらけの薄気味悪い男です。ひと言もしゃべらず、出される食事もほとんど口にしていないそうです」


 そう聞き、犯罪者だろうかと考えた。城下町には囚人を閉じ込める牢屋があるのだが、手に負えない凶悪犯の場合だと、城の牢獄へと運ばれてくることがある。しかし、年に数えるほどしか登城しないブラムの記憶に、それらしい凶悪犯の名は浮かんでこない。


「いや、知らないな。その男がどうしたのだ?」

「いえ、どうしたというほどでもないのですが、一つ気になることがありまして。男に出されている食事が騎士に出されるそれよりも上等だというのです」


 ブラムはいぶかった。牢獄に閉じ込められながら、食事は良いものが出る?


「その男……いったい何者だ?」

「私にもわかりません。気になったので確かめようとしたのですが、騎士たちは誰も知らないようなのです。ただ、男の服装からしてオルモーラ地方の人間ではないかと言う者がいまして……」


 一瞬、耳を疑った。


「オルモーラ……? ウィンスターのか」

「そうです」

「敵国ではないか。なぜそんな男が城に……。まさか、ラインハルト殿が連れ帰ったでもいうのか?」


 そう考えればラインハルトの汚点をあげつらうギエンの話につじつまが合う。そして、その予想は当たっていた。ギエンが首を縦に振り、「彼がその男を拉致したようです」と、眼窩の奥で赤眼をひからせる。

 ブラムは腕組みをしてうなった。

 第一侯爵となったラインハルトは北方の国境を守護している。その国境を越えると、敵国ウィンスターの領土・オルモーラ地方が存在する。そこから人間を攫ってきたというのだ。


「それが本当だったとして、敵国の人間を拉致したことが知れ渡れば、条約違反として攻撃されても文句はいえないぞ。周辺諸国に侵略の口実を与えてしまうも同然だ。陛下がそれをお許しになるとは思えない」

「いいえ、陛下は黙認しています」

「陛下が? 本当なのか?」

「当然ではないでしょうか。ラインハルト殿は天女の啓示を受けた救世主様ですから。陛下も救世主様のされることには……」

「ギエン殿、それ以上は口を慎みなさい。過ぎた言葉は自分に返ってくるモノだ」


 彼の赤眼に皮肉の色を見てとったブラムは諭すように釘を刺した。さすがにライバルだけでなく国王まで貶めていると気付いたのだろう、ギエンはのどを詰まらせたように黙した。一度は視線を逸らしたが、「おっしゃる通りです。ご忠告痛み入ります」と丁寧に謝ってきた。誇りばかり守ろうとする最近の貴族にはない、彼のそうした実直なところをブラムは評価していた。それは亡くなったメイス侯爵も同じであっただろう。


「わかってくれればそれでいい。それにしても、牢獄の男が何者なのか確かめる必要がありそうだ。もしかすると、今回の作戦に欠かせない人物なのかもしれない」


 ブラムの言葉に、ギエンもうなずいた。


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