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深炎の舞姫2  作者: 鳴砂
幕間Ⅰ
20/88

王都へ

 翌朝、ここ数日の曇りが嘘のように晴れた。窓の外から、東の国境では決して聞く事のない小鳥のさえずりが聞こえる。

 重大な軍議を昼にひかえるブラムは、正装に身を包み、妻と執事、そして娘のティニーに見送られて表に出た。雨よけとして造られた屋根の下から快晴の青空がのぞいている。視線を下に向けると、玄関前の短い石段をおりた先で、御者が馬車を停めて待っていた。


「それじゃあ、行ってくるよ」

「いってらっしゃいませ」

「いってらっしゃいませ、旦那さま」

「……ぁ、いってらっしゃいませ……」


 妻と執事の声に遅れて娘の小さな声がした。何か言いたい事があるが言い出せないのだろう、言葉を呑み込むようにうつむいている。

 仕方のない娘だ。こころの中でそう思いながら娘の肩に手をおいた。


「心配するな。彼女を連れ戻すように努力はする。そのかわり、謹慎処分がとけたら、頑張って学校に通うのだぞ」

「あ、ありがとうございます! がんばります!」


 瞳をうるませて笑顔を見せるティニーに、ブラムはそっとほほえみ、別れのキスをした。それから心配顔の妻にも「大丈夫だ」と言いのこし、家族に背を向けて馬車に乗り込んだ。

 馬車はゆっくりと加速をはじめ、邸宅から離れていく。門を出て、林にさしかかる頃に振り返ると、手を振り続ける娘が遠く見えた。その姿が木々の向こうに隠れるのを見届けたブラムは、顔を前に戻し、御者にも気付かれないようにため息をついた。


 ブラムは娘に嘘をついた。娘にはユイナを助けると約束したが、もし、ユイナがアレスの一味として国に刃向かうのだとしたら、彼女は処分の対象となる。その場合はユイナを消すつもりでいた。無暗にかばい立てすると、我が身にも、()いては娘にまで危害がおよぶ可能性があるからだ。

 ブラムがそこまで思い詰めるのには理由があった。

 これは国王と、軍の上層部しか知らない機密事項だが、魔神の蘇生を推し進めていたメイス第一侯爵がアレスによって暗殺された。

 事件を知る者は『アレスの復讐』と恐れた。そして、『明日は我が身』ではないかと神経をとがらせ、反逆の疑いがある者を虚偽の罪状で捕らえ、場合によっては闇から闇へ葬り去ることまでしている。アレスをこちら側に呼び戻そうとしていたコルセオス王も、見切りをつけて百雷のラインハルトに処分を命じた。ユイナはまだ十四かそこらの少女ではあるが、反乱分子だと判断されれば酌量の余地はないだろう。娘の親友を救ってやりたいのは山々だが、


「この問題は慎重にいかねばならん……」


 自分を(いまし)めるようにブラムはひとりごちた。

 とかく、今回の軍議ではアレスとユイナについて何かしらの情報が入ってくる可能性があった。それを確認し、今後の対応を考えるべきだろう。


 娘の親友が生きていてくれれば良いが……。


 手遅れだけは避けたいと思いながら車窓の外を眺めていると、前方に林の切れ間が現れた。

 馬車は坂を下って林道を抜け、一万人の平民が暮らす下町へと入っていく。道路の両脇にはレンガ造りの二階建てが並び、対面の建物にむかってロープが橋渡しにしてある。今は何もぶら下がってはいないが、もう少し時が経つと洗い物干しが始まり、女が滑車を回しながら衣服を連ね、道路の頭上で乾かすのだ。夏はそれが涼しげな日影をつくって過ごしやすくなる。

 その通りを抜けて大通りに入ると、風に乗って窓から香ばしいにおいが入ってきた。外に目をやると、道路わきの歩道でパンをかじりながら仕事場に向かう男達の姿が見える。彼らの後方に見える青空には三つの大きな煙が立ちのぼっていた。中央広場の周辺には人気のパン屋が集まっており、焼き上がりを待つ人々が、国の上層で起こっている問題など露ほども知らず、おしゃべりに夢中になっている。

 その人だかりを横目に馬車は大通りを抜けていった。しばらくいくと、建物がまばらになり、視界が開けてきて景色も一変する。地平線まで見渡すことのできるミシル平原だ。しかし、そこは平原とは名ばかりの、褐色の岩が散乱する荒れ地となっており、昼間ともなれば灼熱の砂嵐が容赦なく吹き付ける危険地帯となる。

 シルバートが建国された五百年前は、この平原にも天女の泉が点在して草木が生い茂っていたそうだが、相次ぐ内乱と戦争により、不毛の大地となってしまった。いつの時代のものか、魔術による大地の傷跡がまるで痘痕(あばた)のようになって地平線まで続いていた。この景色がシルバート国土の半分を占めるのだから事態は深刻だ。荒野を見詰めるブラムは、大陸の終焉が近いことを予感せずにはいられなかった。

 日が半ばまで昇った頃、地平線に大きな都が現れた。東方の拠点を三日前に出立してようやく目的地の王都が見えてきた。

 気温も上昇して喉が渇き、ミシル平原をひたすら東進していた馬車は、水場を発見して停車する。かつては美しい自然を育んでいたであろう天女の泉が、枯れかけ、ただの水たまりになり果てている。赤土を含み、すこし濁ってはいたが、馬には問題ないようだ。御者が桶に汲んできた水で、渇いた喉をうるおしている。

 ブラムは馬車から街道に降り、王都を見詰める。


「昼には着きそうだな」


 ブラムの言葉に、御者はうなずく。


「ええ、そのようです。このまま何事もなければ良いのですが……」


 御者は周囲の荒れ地を見渡して言った。彼が気にかけているのは砂あらしではなく、銀狼のアレスであろう。

 第一連隊の侯爵が暗殺されてからというもの、敵襲には気をつけている。旅に同伴させた彼も普通の御者ではない。第二連隊でも一、二を争う魔術の使い手だ。そして、ブラム自身も歴戦の魔術師ではあった。


「そろそろ出発しましょう」


 御者に声をかけられ、ブラムはうなずき、馬車に乗り込む。

 のどをうるおした馬は再び走り出した。




 ブラムが予想した通り、王都の外門をくぐったのは昼時だった。二十万もの人口を有する王都では、いたるところで昼食の支度が始まっていた。食事の香りにつられた馬は注意力散漫になりがちで、御者に鞭で打たれては、王都の中心にむかって駆けていく。

 王都の中心に屹立(きつりつ)する山がある。二十万人の城下町を見下ろす山だ。その頂上に、世界一高いと言われるハッフェンケル城はあった。

 その高さゆえに、城の本館にたどり着くためには山の斜面を蛇行しながら登り、堅牢な門を三つもくぐらなければならなかった。

 さすがに馬もつかれたのであろう、最後の城門をくぐって中庭に到着した頃には息も荒く、大量の汗をかいていた。のたのたと馬車が玄関の前に停まり、ブラムは馬車から城の石畳に降り立つ。すると、城の騎士隊隊長が出迎えに現れた。


「お待ちしておりましたウェスト候。どうぞこちらへ」


 ブラムは馬車を御者に任せ、案内人に従って城へと入った。エントランスホールを抜け、一度に一五〇名が食事をとれる大食堂や騎士の部屋へとつながる扉の前を通り過ぎ、紅い絨毯で飾られた階段を上がった。

 細長い廊下に二人組の男を認めたのは、階段を上がってすぐのことだった。

 敵の侵入にそなえた廊下は、壁から大きな柱がせり出しており、大人が肩を並べて歩くだけでも窮屈な造りになっていた。敵襲の際は、その狭い廊下に家具を並べ、バリケードを造る。城にある家具はそれを想定した頑丈な物が多かった。上へと続く階段も、いくつもの部屋を通り過ぎた突き当たりを右に折れ、さらに奥へと進んだ場所に存在した。

 その二人は突き当たりの廊下から現れた。彼らは並んで歩くわけではなく、ひとりが斜め後ろに付き従ってこちらに近付いてきていた。前を行くのがコルセオス王だと遠目にもわかり、騎士もブラムも普段以上に顔を引き締めた。

 国王の金髪が――ウィンスターより海を渡り、シルバートを統一した王族の証が――陽の明かりを受けてきらめいていた。アレスの裏切り、そして、天女より与えられたシルバート大陸滅亡の予言で心労が絶えず老けこんだものの、国の存亡をかけた計画を打ち立てるなど、賢王と呼ばれる手腕は衰えていない。

 周辺諸国に停戦条約を結ばせ、国内の治水工事から農事まで取り組み、破綻しかけた国を再生させた辣腕ぶりは記憶に新しい。暴君だった先王と比べるまでもなく、民のことを考え、その考えを実現できる国王だと、ブラムは尊敬している。

 ブラムと騎士は壁際へ寄って道を開け、コルセオス王に敬礼する。


「ただいま戻りました」


 国王は立ち止まり、相好をくずした。


「よく戻った。長旅で疲れたであろう。昼食はとったか?」

「いいえ、まだとっておりません」

「そうか。では、食事の用意を」と騎士に命令を下し、ブラムに顔を戻した。

「軍議が始まるまで客室でくつろぐといい」

「ありがとうございます」


 頭を下げて国王を見送ろうとしたブラムは、ふと、国王に付き従う長身の美青年を振り向いた。いや、振り向いたというより、麗人と見紛う端正な横顔に視線が吸い込まれたというべきか。

 ブラムの視線を受け止め、“百雷”の二つ名を与えられたラインハルトが、宝石のような蒼い双眸を向けてきた。彼もまた根源はウィンスターにあるのか、風にそよぐ黄金の麦畑を移しこんだかのようなブロンドを背中に流している。そのブロンドに隠れて気付かなかったがプラチナの頭飾りが輝いていた。しかも、前頭部を飾る宝石は、黒曜石よりも深く暗黒に沈んでおり、ブラムは目を見開いた。見ているだけで魂を吸い取られるのではないかと思える闇がそこにあった。


「ラインハルト殿、その宝石はもしや……」


 問いかけて失言に気付いた。予想が的中していればそれは最高の軍事機密だ。城内であっても軽々しく口にしてよいモノではない。

 しかし、ラインハルトに気にした様子はなく、


「ええ、ブラム殿の思われている通りです。女神からの贈り物ですよ」


 涼しげな笑みでさらりと躱すと、長身の背を向け、国王とともに歩いていく。その背中を見送り、突っ立っていた。ラインハルトの残したほほ笑みが脳裏に焼き付き、言いようのない畏怖が背筋を這いのぼった。

 ラインハルトの額にあったモノ。それは神話の時代をくぐり抜けてきた遺物だ。シルバート建国の王が大陸を統一する際に使用した魔道具とされ、そして今度は、シルバートの未来を切り開く秘密兵器となる。


 そうか……魔神の骨が蘇ったか……。


 着々と戦争の準備が進んでいく。おそらく避けられないであろう戦いを予感し、消えていくであろう多くの命に嘆き、足もとを見詰めた。どうやらシルバートは戦いの輪廻から外れる事ができないようだ。


「いかがされましたか」


 いつまでも動こうとしないブラムを、騎士は訝った。


「いや、何でもない。気にしないでくれ」


 気を取り直し、詳細を知りたげな騎士を先に行かせ、賓客室へと歩を進める。

 知りたくなくとも、いつかは彼にもわかることだ。近い将来、この大陸が海に沈むということを。そしてこの国の王が、他国を喰ってでも生き残ると決めたことを。


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