闇夜の賊と月夜の踊り子16
「どうした?」
異変に気付いたザイがアレスの横に現れ、その後方では戸口の陰からこちらを横目にするメリル王女の姿も見える。
ユイナはのどが渇いていくのを感じた。ペントもコルフェも、きっと同じ気持ちだろう。さきほどから見動きすらできずにいる。しかし、知りたい事があった。
「数日前に襲ってきたあの海賊と、戦うつもりですか」
「聞いていたのか」
アレスは質問に肯定も否定もせず、静かに問い返してきた。声に責める様子はなく、ただ、かすかに眉をひそめている。盗み聞きを責めるどころか、聞かれてしまった自分を責めている表情にも見えた。そんな顔を見ていると胸が痛い。彼のことを心配しているのに、悲しげな顔をされたら、後悔で胸が苦しくなってしまう。
その時、廊下の方から冷淡な声がした。
「立ち聞きしたことは忘れなさい。あなた達には関係のないことだわ」
声の主に顔を向けることができなかった。メリル王女が冷たい眼差しでこちらを見ているのが、怖いくらいに肌で感じられたから。なのに――、
「ど、どうして関係ないのですか」
勇気をふり絞って発言したのはコルフェだ。いつもはあまり先頭に立とうとしない彼女が、顔を赤くして王女に抵抗しているので、彼女の訴えかける横顔をまじまじと見てしまった。
「私達は今まで行動をともにしてきたじゃないですか。今もそうです。私達は、運命をともにする仲間じゃないんですか?」
「そう思っているのは貴女だけでしょ。私は、あなた達を足手まといだとは思っても、役に立つと思ったことはないわ」
王女の言葉には少しの容赦もなかった。コルフェの顔色が青ざめる。
「王女、言葉が過ぎます」
とがめるようにアレスが割って入るが、王女は意に介したようすもなく、逆に許嫁の彼へと言い返す。
「私は事実を言ったまでよ。天女に与えられた使命を果たすためには力のない者が集まってもしょうがないわ。それに、今の私達には孤児を養い続けるだけの食料も財もない。いつまでも孤児を連れていくわけにはいかないわ」
コルフェはますます青ざめ、震えているようにも見えた。
「王女の言いたいこともわかります。ですから、彼らの里親となってくれる者を探しつつ、子供達には早く自立してもらうため簡単な労働を経験してもらいます。しかし思いだしてほしいのです。そもそも彼らが孤児になったのは隣国との戦争で家族を失ってしまったからです。そして、あの戦乱を止められず、自国にまで戦火を広げてしまった責任は、戦いを止められなかった私達にもあります。だから私は、孤児を集め、彼らが一人前に生きていけるようになるまで見守っていこうと決めたのです。それは王女も承知していただいたと思いますが?」
「承認したのは、貴方の願いを聞き入れることが、貴方の舞姫として当然の行為だと思ったからだわ。だけど本心は反対よ。それに、そこの三人も少しは負い目を感じているみたいじゃない。私達のお荷物だって」
唐突に胸の奥をえぐられ、驚きとともに王女を見詰める。王女はまるで手に負えないゴミの山を見るような目つきでユイナ達を睥睨していた。そうかと思うと、これ以上の議論は無駄だという顔で背中を向けて歩いていく。
「王女の言ったことは気にするな」
「そうそう、平気な顔をしていればいいんだ」
気遣うアレスとザイの言葉は、かえってむなしく聞こえた。アレスとザイが踵を返して歩いていき、その遠ざかる足音を聞きながらユイナはギュッとこぶしをつくる。
私達が、お荷物……。
否定したい気持ちがあった。怒りもあった。でも、何も言い返せなかった。財もなく扶養されているのはまぎれもない事実だ。その上、魔法が使えるからといって助力できているわけでもない。深夜の海で海賊に襲撃された時、アレスを守るつもりで危険な甲板に上がった。だけど、闇にまぎれて侵入してきた敵に魔法陣を切り裂かれ、突き出された剣で殺されるところだった。銀狼のしっぽが腰に巻きついて敵から引き離してくれなければ、生きてはいなかったかもしれない。力になろうとしたのに、逆に迷惑をかけてしまった……。王女の言う通り、負い目を感じているのは事実だった。
隣のコルフェを見ると沈痛な面持ちをしている。
“少しは負い目を感じているみたいじゃない。私達のお荷物だって――。”
王女のひと言は的確で、その姿勢は明確だった。孤児を養護するアレスに何を言っても通用しないから、孤児に自分の意志で離れていけと言っているのだ。
――迷惑をかけていると思うのなら、どこかへ行きなさい。
言外の声が聞こえてくる。
「わたし、お荷物と言われて、何も言い返せなかった」
コルフェがぽつりとつぶやいた。彼女の気持ちが痛いほどわかって、うなずく。
「それは私も一緒だよ。私も言葉が出てこなかった。今の私達はアレスに守られてばかりで、財力もないし、役に立つような情報を持っているわけでもない。……王女様の言う事は間違っていない。でも、悔しいよ。だって、私達は何もしてないわけじゃないでしょ?」
うつむくペントとコルフェに同意を求めると、二人とも顔を上げる。
「オルモーラでシルバートとウィンスターの軍に挟まれた時、ペントは危険だと知りながらも私と一緒に敵の弓矢をくぐってみんなを守りに行った。海賊に襲われた時は、みんなが力を合わせて負傷者を治療した。それだけじゃない。今もコルフェはケガ人の治療をするために薬術の知識を身につけている。私も魔法の訓練をしてアレスのために戦うつもり」
ユイナは、首にかけた舞姫のペンダントを服の上から握り締める。
「私達は何もしていないわけじゃない」
ペントは花瓶を持ったまま首を縦に動かし、コルフェも小さくうなずく。
「これからだね。僕達が活躍するのは」
「そうだよ」
「うん」と、うなずくコルフェに笑顔が戻る。
お荷物だと感じているからこそ、このままではいけないという気持ちは強い。
部屋から出て、廊下の手すりに身を乗り出して階下のロビーを見下ろす。子供達のいるロビーで、メリル王女は手提げを持ち、アレスは荷物の入った袋を肩に下げているところだった。すぐにでも宿を出立するようだ。
「下に行こう。アレスが出て行ってしまうよ」
ペント達を呼び、二階の廊下を部屋番号が若くなるほうに向かって急ぎ足で歩く。ちょうど二〇四号室の前を通り過ぎている時にペントとコルフェが小走りで追いついた。
廊下からロビーに視線を向けると、アレス達が外に出ようとしており、それを見送るために子供達ががやがやと後ろについていくのが見えた。
階段を下りていくと、見送りの最後尾にいたカトレアが階段を下りるユイナ達に気付き、それで会談の盗み聞きしていた事にも勘付いたのか、柳眉をひそめる。そんなカトレアの前を通り過ぎ、宿から吹きさらしの町通りに出る。
赤茶けた道路の両脇に、宿と同じ木造の建物が建ち並んだ町並み。どこか寂しく感じられるのは、私達以外に人影がないからだろうか。
ユイナは、見送りに出た子供達の後ろに立つ。アレスは子供達を振り返って話をしていた。
『たまには戻ってくるつもりだ。宿の人に迷惑をかけないように。町の掃除をするとか、手伝いをしてあげてくれ』
『行きましょ。アレス』
『わかりました』
集団から離れて腕組みをしていたメリル王女が先に立って歩き出し、アレスがその横に並ぶ。手を振る子供達に見送られ、二人の背中が遠ざかっていく。
このまま彼を行かせたら聞きたい事も聞けなくなると思い、「ごめん、通して」と子供達の人垣を通り抜け、彼の背中を追いかける。
「待ってください」
呼び止めるとアレスは足を止め、肩越しに振り返る。ユイナは背中に子供達の視線を感じながら、彼と対峙する。
「あの海賊と戦うつもりですか。マガンと呼ばれる海賊と」
「あなたには関係のないことでしょ?」
メリル王女が冷たい視線をよこした。が、ユイナは続ける。
「危険な事はしないでください。心配なんです。あの時は相打ちでしたが、次はどうなるかわかりません」
「貴女に心配されなくても私が……アレス?」
きつい言葉を投げようとするメリル王女を手で制し、アレスが真剣な眼差しで近付いてきた。
「それで、あの海賊を放置しておけばいいのか?」
「そ、それは……良くないです……ですが、他の人に任せてもいいのではないですか? ロートニアの人々は海賊と戦うために傭兵を雇って海上警備隊をつくっています。彼らに任せたらいいのではないですか?」
「そうもいかない事情がある」
「事情って何ですか」
「悪いがそれに答えるつもりはない」
アレスはそう言い、背中を向けて、マガンの海賊を探しに行こうとする。
「待ってください。私も戦います。一緒につれていってください」
魔術も魔法も使えるのだ。少しは戦力になる。遠くから戦闘の援護をするだけでもいい。彼の役に立ちたかった。荷物にはなりたくない。
「ユイナに一つだけ頼みがある」
「え? は、はい」
「子供達を頼む。俺にとって家族みたいなものなんだ。ザイと一緒に彼らを守ってほしい」
「ですが……」
「頼む」
頭まで下げられると、拒否の言葉を呑みこむしかなかった。
短いとは言えないアレスとの共同生活で、ユイナは彼のことをすっかり信頼してしまっていた。もとより、彼の頼みを断れるわけがなかった。




