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深炎の舞姫2  作者: 鳴砂
第一章
14/88

闇夜の賊と月夜の踊り子13

 

 ***


「おい、あれを見ろよ」


 ラッチェを頬張りほとんど噛まずに呑みこんでいると、隣の男がとある店先を指さして言った。食事の邪魔をするなと文句を言いかけたが、男が指さしているモノに気付き、目を見張る。

 露店の前に灰色髪の集団がいる。集団の半分は乳くさい子供だが、その中で輝く女がいた。比喩などではない。女のひざ裏まである長い銀髪が、昼の日射しを受け、白銀に輝いている。まるで天女かと見間違えんばかりのすらりとした銀髪美女。子供達に見せる笑顔は素直で、それでいて凛とした顔つきは、貴族にも似た気品にあふれていた。安物で味気ない服を着ているが、その服を押し上げる豊満な胸と尻は男を挑発しているとしか思えない。


「おいおい何だアレは。いい女じゃねぇか」


 舌舐めずりして、口についたソースを手でぬぐう。


「だろう?」


 相手の男も口もとに下卑た笑いを浮かべる。

 海上警備隊の立場を利用して適当な女を見つくろうつもりだったが、まさか極上の獲物を見つけられるとは思ってもみなかった。


「いくぞ」


 残りのラッチェを口に放り込むと、男達は銀髪の美女へと近付いていった。



 ***



 目の前でこんがりと焼き上がった野菜が、パンにくるまれていく。そして、手を伸ばすペントの手に、出来立てのラッチェが手渡された。


「おいしそうだね」

「うん。ますますお腹がすいてきた」


 満面笑顔のペントにユイナも笑い、店主が自慢げな顔をする。


「当たり前だろぉ。おじさんの作るラッチェは世界一だ。だけど、ラッチェを知らないなんてどこから来たんだい? 見たところ、灰色の髪の子供が目立つね」

「ウィンスターからです」


 あらかじめ質問を予期していたのか、カトレアが自然に答える。


「ウィンスター? 陸路でなく、海路で来たのかい。そんな子供連れで、しかも海賊のいる海をよく渡ってきたね」

「だいじょーぶ。わたし達にはアレスがいるもん」


 女の子が胸を張り、まるで自分のことのように自慢する。一瞬、ユイナも他の子供達と首をそろえてうなずきかけたが、今は国家反逆者として追われていて、あまり本名は口外しないほうがいいので思いとどまった。


「ただ単に運が良かっただけです。それより、こちらのラッチェをお願いできるかしら」


 カトレアが店主の記憶から“アレス”の名を吹き消すように注文した。


「あいよっ」と店主が注文を受ける。

「まぁ、何にしても無事でよかった。最近の海賊は奴隷商人と同じことをするらしいからね。闇にまぎれて陸へと上がってきて、子供をさらっているという噂もある。今月の初めにも、この近くの村で子供がさらわれていくのを見たばあさんがいるんだ」


 まさか、とユイナは声を詰まらせた。忘れたくても忘れられない、奴隷商人に傷つけられた幼い日々。消そうとしても消えない、背中を鞭で打たれる痛く熱い感覚が蘇り、足がすくんでいくのが分かる。


「さ、さらわれた子供は、どこかに売られるんでしょうか……?」

「売られるに決まってるじゃないか。弱くて扱いやすく、それなりの金になる。奴隷商人にとって子供は恰好(かっこう)の商売道具だ」


 背後から発せられた野太い声に驚いて振ると、目の前に浅黒い肌の男達が立っていて、のどが引きつった。ただでさえ男への恐怖心があるのに、男達の顔つきが、親友を殺した奴隷商人に似ていたのだ。

 植えつけられた男への恐怖が、過去の暗い闇と一緒に足もとから這い上がってきた。呼吸もできず、記憶の闇に呑みこまれそうになり、もう、立っていられなかった。


「ちょ、ちょっとユイナ?」


 腰が抜け、崩れそうになるユイナをカトレアが抱きとめてくれる。


「ユイナさん!? どうしたんですか!」


 ヨセフが顔を真っ青にして駆け寄ってくる。


「どうした? まさか俺達を見ただけでビビっちまったのか?」

「強い男は立っているだけで威圧感があるってか」


 棍棒を背中に装備した男達がゲラゲラと下品に笑った。

 抱き締めてくれるカトレアが男達には構わず、「どうしたの? どこかで横になる?」と、耳もとでやさしくささやきかけてくれる。


「それなら俺達の詰所(つめしょ)へ来いよ。特別にベッドを使わせてやるぜ?」


 男達が目を光らせて言った。ユイナは眉をしかめる。

 彼らのような男が集まるところに行っても落ち着けるわけがない。


「だ、大丈夫です。ちょっと立ちくらみがしただけですから、すぐに治ると思います」


 まだ頭がずきりと痛んだが、ふらつく足取りでどうにか自力で立つ。


「おいおい遠慮するなよ。銀髪の美人も心配しているだろ」


 話をふられたカトレアが白銀の柳眉をひそめ、ユイナの肩に手をそえたまま、棍棒の男達を見詰める。


「失礼ですが、あなた達は?」


 カトレアの視線を真正面から受けた男達は口もとを釣り上げる。


「そういえば自己紹介がまだだったな。俺はジバ。こいつはザムザ。俺達は世界中を旅する傭兵だが、今はロートニア海上警備隊の所属で海賊からこの町を守っている。今も見回り中だ」


 そう言って服の袖につけた腕章を見せた。そこには紋章が刻まれており、それが海上警備隊の(あかし)らしい。


「そうですか。お勤めご苦労様です。私たちはこれからお昼なので失礼します」

「つれない女だな。そんなに子供が大切なら俺達を連れていた方がいいぜ」

「どうしてですか?」

「さっき、そこの店主と話していただろう。海賊が夜の闇にまぎれて子供をさらっていく話だ」

「それでしたら、私たちが子供から目を離さないようにしておきます」

「目を離さなければいい? それは甘いな」

「甘い、ですか」

「よく考えてみろ。子供がさらわれている時に親は何をしていた? いくら夜だからといって隣で寝ている子供がさらわれていくのに気付かないのはおかしいだろう?」

「ええ、そうですね」


 カトレアは素直に相槌を打ってみせ、それに気を良くしたのか、男は続ける。


「事件を目撃したババァの証言では、子供さらいに気付いて助けを呼んだ者もいたんだとよ。それで村のみんなも気付いて海賊と戦ったような跡も残っていた。だが、海賊は強く、残忍で、金になりそうな子供以外は皆殺しだ。鋭い刃物でざっくりと、中にはボウガンの矢で殺されていた者もいた。それだけじゃない。イイ女は海賊どもの慰み者にされたんだろう。女物の服が素手で引き裂かれてベッドに投げ捨てられているのを俺達も見た。その海賊がまた襲ってくるともかぎらない。特に子供連れのお前達は真っ先に狙われる。そのとき俺達がそばにいたら守ってやれるだろ?」


 悲惨な惨劇を口にしているというのに、男達は笑みを浮かべていた。男の視線を受け止めるカトレアは平然としている。


「それで、貴方達は私達を護れるほど強いの?」


 放たれたひと言は男達の顔面に刺さり、下卑た笑いを吹き飛ばした。


「俺達が本当に強いのかだって? ハハハ、おもしろい事を言いやがる」


 いいえ、とカトレアは首を振る。


「私は冗談を言った覚えはないわ」

「……本当におもしろい事を言いやがる」


 笑いながら言っているが、声は少しも笑ってない。


「そんなに俺達の腕が信用できないなら、試してみるか?」


 そう言い、男は背中の棍棒に手を伸ばす。


「何をどう試すというの?」

「見ればわかる」


 言うや否や棍棒を振り上げ、カトレアのなで肩に向かって打ち下ろす。


 カトレアさん……!


 振り下ろされた棍棒が肩の手前で止まり、その風圧だけで白銀の髪が舞い上がった。カトレアはその場で動けないまま、男の目をまっすぐ見詰めている。

 男は勝ち誇ったような顔で武器を背中に戻した。


啖呵(たんか)をきった割には怖くて動けなかったみたいだな」


 当然だろう、と男の相方が言うと、カトレアはやんわりとほほ笑み、言った。


「寸止めする自信があったから武器を手にしたのでしょ? だから、当たらないと思ったわ」


 思わぬ切り返しに虚を突かれた男の顔が間延びしたが、再び笑みを形作る。


「ますます気に入ったぜ。ちょっと面を貸せよ」

「すみませんが私達はこの広場で昼食にします。今日はお引き取りください」


 カトレアはやんわりと断る。しかし相手は傭兵として金を稼いできた男達だ。簡単には引き下がらない。


「いいのか? 俺達の機嫌を損ねない方が身のためだぞ?」

「それは脅しですか」

「いいや、事実を言っているまでだ。金で雇われているとはいえ、俺達も人間だからな、仲のいいやつを優先的に助けたくなるんだ。海賊が来たときに俺達がいなかったら困るだろう」

「それについては心配いりません。私達には強い味方がたくさんいます。ほら、あそこにも」


 カトレアが振り返って言うと、今まで存在を忘れてしまうほど遠くから傍観していたテンマが片方の眉を上げる。“なぜ私に話をふる?”とでも言いたげな顔だ。今は武人の格好をしている。

 きっと、戦える男性の存在を傭兵に印象付けたかったのだろう。


「ですが、私達を心配して声をかけてくださったことには感謝します。ありがとうございます」


 優雅に頭を下げ、みんなを振り返る。


「ほら、みんなもこの方々にお礼を言って」


 子供達が、ペントも、ヨセフも、ルーア、ミア、コルフェも、そしてユイナも互いに目を合わせ、互いに決心し、大きな声を出した。


「ありがとうございまーす!」


 一同が息をそろえて頭を下げ、広場のあちこちから人々の視線が集まる。その上、カトレアも穏やかな瞳で傭兵たちを見詰めていた。その瞳で“まだ引き下がらないのですか?”と問いかけている。

 これにはさすがの傭兵たちもたじろいだ。


「ちゅ、昼食なら、仕方ない……俺達も忙しいからな」


 男達は情けない言い訳を吐きながら広場から退散していく。

 その後ろ姿が建物の向こうに見えなくなって、ユイナはほっと息をつき、子供達ははしゃぐ。


「すごいなあんた。気分がスッとしたよ」ラッチェの店主がカトレアに言う。

「あいつらは確かに力があって国を守ってくれているのかもしれないけど、それを鼻にかける嫌なやつらなんだ。タダで飯を作れとか、さっきのように目を付けた娘に付きまとうとか、やることがすべて横暴なんだ。ずっと胸がもやもやしていたんだが、連中が尻尾を巻いてにげるのを見たらすっきりしたよ」


 店主の言葉を聞いているうちに不安になった。傭兵たちが店主の言うような人物なら、また付きまとってくることも考えられる。カトレアもそれに気付いているのか、さっきから晴れない顔をしている。

 あのまま傭兵たちの誘いを受けるわけにもいかなかったが、だからといってあしらったのは間違いだったのかもしれない。

 顔に泥を塗られた傭兵たちがこのまま引き下がってくれるならいいが、どこまでも追いかけてくる奴隷商人のように、執念深く仕返しにくるような気がしてならなかった。


「あ、でも、わたしが彼らの悪口を言っていたのは内緒だよ。かわりに、ラッチェはタダにしてあげるから」

「よろしいのですか?」

「いいんだ。わたしの好意を受け取ってくれ」

「ありがとうございます」

「いいぞ、店主!」


 振り向くと、町の人々や他店の店主が集まってきていた。彼らはカトレアに握手を求め、強い男を前にしてもひるまなかった行為を口々に称賛していく。その人垣をかき分けてペントとコルフェ達が近付いてきた。


「大丈夫?」

「うん、目まいもなくなったし、平気」

「急に倒れそうになったからびっくりしたよ」

「ちょっとね……、心配かけてごめん」

「どうして謝るの? 友達の事を心配するのは当たり前でしょ?」

「う、うん」

「ほらラッチェができたよ。そこの黒髪の娘さん」

「あ、ありがとうございます」


 呼ばれている事に気付き、ユイナは店主から熱々のラッチェを受け取る。先に食べてもいいのかと迷っていると、ミアに「熱いうちに食べなよ」と言われ、ソースの香りに食欲をそそられて食べてみると、笑みがこぼれるほどおいしかった。



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