闇夜の賊と月夜の踊り子12
港を奥へと歩き、四つある倉庫の横を通り過ぎると、大きな輸送用の道を挟んで、そこは街の入り口になっていた。周囲を頑丈な塀に囲まれた入口には、ポールによって掲げられた旗があり、“ようこそノノルの町へ!”と平民が使用する文字で書かれてある。町の建物はレンガ造りで、一階部分の壁は乳白の壁土で固められ、二階、三階はレンガをむき出しにしている。建物はどれも高く、見上げるような景色だった。それに、家の屋上や軒先、町のいたる場所で色とりどりの旗が掲げられているのを見ると、織物で有名な町なのではないかと思える。
ユイナは鼻から空気を吸い込む。ちょうど昼時だからか、甘めのソースを焼いた香ばしいにおいが風に乗って流れてきていた。
「あー、いいにおいがするー」
我慢できないと言いたげに子供の一人が言った。
まだ昼食をとっていない上に、食欲をそそる香りがしてきたら、ますます空腹を感じずにはいられない。周りの子供もおなかに手をあてている。
「なぁ、カトレア」とザイが声をかける。
「宿は俺が見つけてくるから、子供達に昼ご飯を食べさせてあげてくれないか。町の中央に行ったら軽食をとれる場所もあるはずだから」
そう言い、ザイは町へと入らず、大通りを西へと歩いていく。宿を探すなら町の人に聞いたほうが早いだろうに、彼はむしろ人を避けるような道を選んで脇道へと入っていく。その足取りはどことなく重く見えた。
「それじゃあ、早く町の中に入ろう!」
「おー!」
「待ちなさい、馬車が来てるわ」
周りも見ずに大通りを渡ろうとする子供を、カトレアが手で制する。彼女の言う通り、一台の馬車が大通りを走ってきた。馬車には天井がなく、どちらかというと質素なつくりになっている。馬一頭で引き、御者と後部座席に二人が乗れるくらいの大きさだ。
馬の蹄が、踏み固められた地面を打ち鳴らし、ひさしぶりに聞く音がなつかしい。後部座席に座る少女は、青い髪を風に流し、前だけを見詰めている。
馬車が通り過ぎてカトレアと子供達は移動を始めるが、ユイナはその場に立ち尽くし、馬車に乗る少女の背を見送っていた。馬車の少女は、純潔をあらわす白いワンピースに身を包み、腕にカバンを抱いていた。
「あの女の子、舞姫学校の生徒ですよね?」
コルフェに聞かれてユイナはうなずき、もう一度、舞姫学校に通う娘の後ろ姿を見やる。
(私もあんな風に緊張しながら舞姫学校に通っていた)
ガモルド男爵に助けてもらった恩を返すため、アリエッタの期待にこたえるため、奴隷商人に植えつけられた男への恐怖を抱えつつ、学友のティニーと花嫁修業をしていた日々を思い出す。帰る家のある守られた生活が、もう一か月も前なのだと物思いにふけってしまう。
舞姫の卵を乗せた馬車はゆっくりと北に曲がり、その先に見える巨大な天女像のほうへと走っていく。もしかすると、そちらの方にロートニアの舞姫学校があるのかもしれない。
「ユイ姉さん、置いて行かれるよ」
ペントが呼んでいる。
「うん」
ユイナはコルフェと一緒にうなずき、町の入口で待ってくれているみんなのもとへ駆け寄った。
一行は異国の町を歩いていく。三階まである集合住宅を見上げたり、窓から見える家族の食事風景に目をやりながら大通りを進むと、視界が開けて広場が現れた。
町の中央部らしい広場にはいくつもの露店が並び、店頭で料理を作っているところだった。買い物客はそこで作りたての食べ物を買い、近くのベンチに座って青空の下で昼食にしている。辺りからは食欲をそそるにおいがただよってくる。
「ここで好きなものを選びましょ」
カトレアが言い、ユイナ達は総勢二十名もの行列で露店を見て回る。
露店に並べられた食べ物は、ソースに絡めて炒めた野菜を薄く焼いたパンで軽く巻いて食べるものが多かった。
「ラッチェ?」
店先のメニューを見ながらつぶやいてみる。それが食べ物の名前らしい。
「ラッチェは初めてかい?」
振り向くと、店の主人が片手で野菜を炒めながら手招きしていた。
「うちは品揃えならどこにも負けないよ。もちろん味にもこだわってる。種類も豊富だから好きなものを選んで言ってくれ」
「支払いはウィンスターのギロでいいのね?」
カトレアが財布を取り出しながら聞いた。もちろん、その財布もエビンが作ったものだ。
「ああ、全然問題ないよ。この国ではウィンスターのギロも使えるし、ロートニアのロンを使ってもいい。まぁ、ギロの方が流通しているから、どちらかというとギロを使ってもらった方が、こちらとしてもありがたいけどね。ほら、そんなに遠くに立たず、もっと近くで見てくれよ」
おじさんが遠巻きに露店を見回している子供達を手招きする。
どの店もソースや食材で味を競い合っているようだ。
ユイナは食材を見回し、「どれにする?」と友達に問いかけてみる。
「悩むわぁ~」
そう言って幸せな顔をするルーアの横で、ミアとコルフェは食い入るようにメニューを吟味している。ペントが前に出て食材の一つを指さした。
「僕はこれがいい!」
「よーし待ってろ、すぐに作ってやるからなー」
ペントが元気よく注文してそれに応える店の主人に、ユイナはほほ笑む。
こういう人生もいいと思った。国家ぐるみの戦いに巻き込まれたり、海賊に襲われたりすることがあっても、大切な人と楽しい時間を過ごせるのは幸せだ。
今は、この幸せを大切にしたい。
ユイナは食材を指さし、「お願いしまーす」と店主を呼んだ。




