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深炎の舞姫2  作者: 鳴砂
第一章
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闇夜の賊と月夜の踊り子10

 

 ***


 朝食後、ユイナに与えられた船室には、ルーア、ミア、コルフェの仲良し三人娘が遊びに来ていた。他の幼子たちはカトレアのところでカードゲームをして遊んでおり、ペントは年長組のヨセフたちと一緒に甲板に出て海原を眺め、未知の大陸に想いを馳せている。


「海を渡って他の国に行くことになるなんて、今まで一度も考えなかったわ」


 近ごろ仲良くなった三人娘の中でも年長で、その自覚はあるのだけど、口調や言動がどことなくのんびりしているルーアが、ベッドの端にちょこんと座った姿勢で感慨深げにつぶやいた。


「私たちが向かっている国はロートニアだっけ? どんなところかな」


 向かい側のベッドで後ろに両手をついて仰向けになっていた少女が、顔をこちらにむけて言った。彼女はルーアの妹で、名前はミアだ。生まれも育ちもシルバートという姉妹は、白っぽい灰色の髪をもっている。光のあたる角度によってはアレスと同じ銀色に見えないこともない。

 その隣に座り、同じく灰色髪をリボンで一つにまとめているコルフェが、小首を傾げてみせ、「アレスさんからは詳しい説明がなかったよね。ユイさんは知っていますか?」と聞いてきた。

 ユイナは口もとに手をあて、古い記憶を呼び起こしてみる。


「ロートニアと言えば、たしか……貿易で栄えている国だって教わった事があります。特に、ウィンスターとの貿易はかなり昔から行われていたみたいですね。大陸と大陸を行き来する航路が見つかったのも、その二国間が最初ではないかと言われています」


 シルバート国の舞姫学校『セフィル』で教わった事を思い返しながら答えると、ユイナの部屋に集まった少女達は、ぽかんとした顔で聞いている。村で生活し、そこでの知識しかなかった彼女たちには、馴染(なじ)みのない言葉ばかりで理解するのに苦労しているらしかった。その中でも社交的なミアが口を開く。


「貿易って、国と国の間で物の売り買いをすることだっけ?」

「お城でやっていた剣舞のお芝居で、ザイさんが説明していましたね」


 コルフェが思い出しながら首を縦に動かすたびに緑のリボンが揺れた。


「ロートニア、住みやすくておいしいものもあるかしら。心配だわ」


 おっとり気味のルーアは、心配したように、それでいて会話の流れを無視した自由な発言をし、「まったく……」と妹にため息をつかれる。


「いらない心配はしないの。お姉ちゃんと違って、アレスはそういう事も考えてくれる人だよ」


 前ぶりなき発言に慣れているのか、ミアが容赦ないツッコミを入れた。


『できない姉を持つと、妹がしっかりするものよ』というのが彼女の常套句(じょうとうく)で、その横で『ごめんねぇ』というのがルーアの口癖になっている。コルフェは『まぁまぁ』と仲介する役だそうだ。ユイナとペントが一緒に遊ぶようになってからは、別に相談したわけでもなく、三人で仲介役を分担している。


「そうよね。アレスさんはいろいろと考えてくれている……」


 ルーアは一回、二回と首を縦に動かし、自分の言葉をしみじみと噛みしめる。


「大天女からの使命を抱えているのに、私たちのことをずっと気にかけてくれているものね」


 ユイナは目をパチクリしてルーアを見詰めた。ミアも、コルフェも同じ顔をしている。

 アレスの思いやりは、いつもなんとなく感じている。でも、それを言葉にされると、なんとなくではなく、まるで触れられそうなほど強く重く感じてしまう。

 コルフェが両手を握り合わせ、口を開いた。


「迷惑をかけてばかりじゃ、いけないですよね……私も戦わないと……」


 思い詰めた声に、彼女を見詰めると、声と同じように肩がふるえていた。


「でも、コルフェは戦争が怖いと言ってたじゃない」

「こ、怖いですよ……。あんな、人が理不尽に殺しあっていく戦争なんて、なければいいのにと思います……」

「だったら関わらなければいいじゃない」

「関わりたくなくても避けられないことは、これからも増えていくと思うんです。海賊が襲ってきたあの夜のように。――ユイさん、一つだけお願いがあります」

「え? わたし?」


 はい、とコルフェは真摯なまなざしでうなずく。


「ユイさんは、カトレアさんと同じ舞姫学校に通っていたんですよね」

「う、うん……まぁ……」


 歯切れの悪い返事をしてしまった。貴族の養子となり、戦争とは関係のないところにいた事で、戦争孤児の彼女たちに対して後ろめたさを感じた。


「舞姫学校って、貴族の娘しか入ることのできないアレよね」


 ミアの言葉に、コルフェがうなずく。


「その学校で教わった薬術を私にも教えてください」

「急にどうしたの」


 ミアとルーアも怪訝な顔で彼女を見詰める。


「ユイさんが必死にケガ人の治療をしている時、わたし、横で立っていることしかできなかった。それが辛くて……もっとわたしにもできることがあるんじゃないかって、思ったんです」


 その気持ち、分かるような気がした。何もできずに待ち続けることは辛い。


「でも、どうして私なんですか? 私よりもきっとカトレアさんのほうが、薬術についてよく知っていると思います」

「カトレアさんは、私が薬術を教わりたい理由を知ったら、教えてくれないと思います。だからユイさんに教えてほしいんです」


 言われてみれば、確かにそうかもしれない。カトレアは、子供たちを戦争に近付けないようにしている。戦いで傷ついた人を助けるためだと聞いたら、彼女はきっと教えてくれないだろう。


「薬術だったら、私も覚えておいたほうがいいかも。私にも教えてよ」

「そうね。私も知りたい」


 姉妹も力強くうなずくので、その期待に応えたいと思った。

 その日からというものの、四人集まっての勉強会が始まった。教材は救急箱に残っていた薬草と、応急処置の手引書を利用させてもらった。


「まずは薬草の名前や形、それにどんな効き目があるかを、実物を触りながら覚えてもらいます。調合したら効果のなくなる相性の悪い薬草というのもあるけど、そういった細かいことは基礎をしっかりと覚えてから教えます。まずは一つ一つの効能を覚えましょう」

「すり潰したらすぐに使わないといけない薬草もあるんです。それはどういうものかと言うと、すり潰してほったらかしにしていると効能が弱まってしまうものです。いくつか手引書に載っているのでそれを参考にします」


 ユイナの説明に、ルーア、ミア、コルフェの三人は必死になってついてきてくれた。役に立ちたいと思う気持ちはみんな同じだった。特にコルフェは人一倍の努力家で、まるで身を粉にするように夜遅くまでランプをつけて勉強していた。


 そうして二日、三日と過ぎていく船での生活で、薬術の勉強を通して三人の少女たちと友情を深めていった。

 途切れることなく流れていく時間は、人と人のつながりにも変化を与えることもある。最初は警戒心をむき出しで、出される食事も拒否していた救助者も、この船にいる人々が無害だとわかったのか、みんなと一緒に食事をとるようになった。時には子供の相手をして、廃材をくっつけて馬や羊を作ってあげては、どっちも同じだぁ、と馬鹿にされて苦笑していた。

 穏やかな船の旅は、人さえも穏やかにさせる。

 そんな船旅が終わりを告げる。




 オルモーラを出港してから十五日目の明け方だった。

 食事当番で早朝から調理場にいたユイナのところに、ペントが走ってきた。


「来て、ユイ姉さん」

「ど、どうしたの?」

「いいから早く来て」


 そう言うとペントはユイナの手を引いて通路を進んでいく。すると、甲板へと上る階段の前で、急ぎ足のヨセフや数名の少年達と出くわした。


「ユイナさん、聞きました?」


 ヨセフが興奮した面持ちで問いかけてきた。何も聞いていないユイナが「え、何を?」と聞き返すと、ヨセフは笑顔で答える。


「大陸が見えてきたんですよ!」

「あぁッ!」


 とつぜん大声を出したのはペントだ。


「せっかくユイ姉さんを驚かせようと思ってたのに! 言ったらダメだよ」


 怒って頬をふくらませている。


「あ、そうだったの?」


 ヨセフは首すじをかき、気まずそうにちらりと目を向けてくるので、ユイナはくすりと笑った。


「もう驚いてますよ。それより早く見にいきましょう」


 そう言ってペントと手をつないだまま階段をのぼっていき、朝風の吹く甲板へと出ていった。船の先端へと視線を向けると、ずっと大海原しか見当たらなかった景色に、うっすらと陸地が見えた。


「うわぁ」


 続いて階段をのぼってきた少年が声をあげ、もっと近くで見ようと船首へと歩いていった。ユイナも、海賊との戦闘で穴だらけになった床板に気をつけながら歩いていく。


「大きいなー」ペントが言った。

「そうだね」


 生まれて初めて見るヴィヴィドニア大陸は、かすんで見えるほど遠くにあるのに、視界一杯に広がるほど雄大だった。



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