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深炎の舞姫2  作者: 鳴砂
第一章
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闇夜の賊と月夜の踊り子9

 

 次に目を覚ました時は、船室のベッドに寝かされていた。室内がほんのりと明るく、淡い色に染まっている。それはランプといった人工的な室内灯ではなく、窓の外からさしこんでいた。どうやら夜明けも近いようだ。

 ユイナは体を起こして誰もいない部屋を見回して靴を履き、薄明かりの窓辺へと近づいていく。窓際に手を添えて外に目をやると、思った通り、水平線が明るみ始めていた。


「?」


 ふと、近くの海面に視線を向け、そこに焦げた木材が浮いているのを見た。他にも果物らしきモノがそこかしこに漂っている。

 不審に思って眉をひそめていると、遠くから『そのまま、そっと引き上げろ』という男の声が聞こえてきた。ひょっとして、と思い、部屋を後にして自分のいる場所を確認しながら通路を歩き、二つの角を曲がって階段を上がる。

 甲板に出ると、人々が右舷に集まっていた。


「あ、おはようございます」


 ユイナに気付いた灰色髪の少女たちが振り返り、挨拶してくれる。ユイナも挨拶を返し、彼女たちと一緒に人だかりに近付いてそれを見る。ちょうど、海に漂流する人をロープで引き上げているところだった。どうやら海賊によって沈められた船の生き残りがいたらしい。すでに二人の男が甲板に救い上げられており、最後の一人が弱りきった様子でロープの輪に両腕を通し、引き上げられていく。ロープの輪に両腕を通して宙釣りになる男は、よほど怖い思いをしたのか、ガタガタと震えていた。それは甲板に引き上げられてもかわらず、助けられた事が信じられないといった顔つきで、辺りを見回している。そんな男たちにやさしく話しかける青年がいた。人間の姿に戻ったアレスだ。すでに誰かの治療を受けたのか、手首に包帯を巻いている。


「――使えそうなタオルと飲み物を持ってきたよ。あ、ユイ姉さん?」


 振り返ると、ペントが笑顔で近づいてきた。ペントの声で、遭難者の周りにいた人々がふり返ってユイナに気付き、声をかけてくる。


「もう起きてもいいんですか?」

「そうだ。あんなに力を使ったんだから寝てないと」

「大丈夫みたいです。疲れていたおかげで意外とぐっすり眠れましたから、今はすっきりしています」


 集まってくれる仲間に笑顔で答え、それから、こちらへと近づいてくる数人の船乗りに気付いて眉をひそめる。見知らぬ人であっても子供や老人といった害のなさそうな人には抵抗もないのに、成人の男となると、とたんに恐怖心がわいてくる。


「邪魔だとか言って悪かった」船乗りは決まり悪そうに言った。

「?」


 何の事かと思って首を傾げ、あぁ、と手を打つ。最初に海賊船を発見した時、銀狼と間違え、帆を調整する彼に話しかけて怒られたのを思い出した。


「傷の手当て、ありがとう」


 彼は腕の包帯を見せて礼を言い、それから戻っていく。


「おーい、アレスが大事な話をするからちゃんと聞いとけよー」


 船の手すりに腰かけていたザイが、みんなに呼び掛ける。

 救助者に言葉をかけていたアレスが立ち上がり、よく通る声で言う。


「これから彼らを安全な所へ送り届けるために、ロートニアの港に向かう。そこで食料の調達と船の修理もするから、しばらくは陸での生活になる。まだしばらく先の話だが、それぞれ船を下りる準備だけはしておくように」


 その言葉で子供たちはわき上がった。船での生活は彼らにとっても新鮮ではあったが、陸に比べて制約も多いうえに、地に足がついてないのは彼らの性に合わないらしい。とにかく、陸での生活が待っているという事で、子供たちは下船の準備をしようと声をかけ合い、さっそく船室へと戻っていこうとした。それをアレスが「待て待て、慌てるな」と苦笑しながら呼び止め、子供たちが無垢な顔で振り返る。


「ロートニアに到着するのは最低でも四、五日はかかる。いま服の準備をしたって、また引っ張り出さないといけなくなるぞ。それより、今まで海を漂流して疲れているこの人たちを休憩所に案内してあげてくれ」


 子供たちが元気よく「は~い」と返事をする。救助者の三名は子供たちに囲まれ、船乗りに肩を借りて歩いていった。

 ユイナは近くの手すりに寄りかかり、明るみ始めた右舷後方の水平線を眺める。その横に銀髪の青年が立った。かつてはシルバートの双璧と呼ばれた稀代の魔術師で、今は大天女の啓示を受け、世界の崩壊を止めようとする魔法使い。そして、初めて好きになった人。


「今回もユイナに助けられたな」

「え?」

「ユイナが敵の存在にいち早く気づいてくれたおかげで、仲間を失うこともなく、人助けもできた。ありがとう」

「あ、いえ、そんな……」

「だが……、どんな理由があっても、もう無茶はしないでくれよ」

「………」

「……何度目だろうな、君にこんな話をするのは」


 困ったような顔で笑いかけてくる。なんだか、私が言うことを聞かない人間だと思っているような、そんな笑い方だった。


 水平線がひときわ強く光る。日の出だ。その陽射しに目を細めているうちに、アレスは顔をそらしてしまった。でも、彼と離れたくなくて、彼の横顔を見つめる。

 海を眺め、朝日に彩られるアレスの姿は、瞳にやわらかく焼きついた。その熱気は瞳の奥からじわりじわりと広がり、まるで湯あたりしたように全身がのぼせていく。頭がぼんやりとして、胸の鼓動が早まって、腕が、背中が、足の指先まで熱くじんじんしてくる。


 何だろう。このどうしようもなく浮つく気持ちは。


 横に並び、同じ景色を眺めているだけで、今日がとても幸せなものに思えてくる。まだ一日は始まったばかりだというのに。

 水平線から頭を出した朝日は、少しずつその姿を現していく。

 夜風で冷え切った体を包みこむ朝日は、まるでアレスの腕のようにあたたかく、やさしかった。思わず、ふさふさ尻尾に包まれて寝た逃亡生活を思い出し、赤面してしまう。


「アレス、ちょっとこっちに来て」


 不意な呼び声で、一瞬にして背筋が凍りついた。彼を呼んでいるのは、親によって彼との結婚を決められたメリル王女だ。

 まさか、二人でしゃべっているところを見られてないだろうかと心配になって動けずにいると、呼ばれたアレスが何も言わずに離れていった。


「ぁ……」


 ユイナは振り返り、彼の背を見詰める。無言で去っていかれるのが寂しかった。

 もっと彼としゃべりたい。同じ景色を眺めているだけでもいい……だけど、それさえもメリル王女の前では許されない気がした。


 胸元のペンダントをそっと握りしめる。

 強まる陽射しとは違うものが、ユイナの胸を焦がそうとしていた。



 ***



 メリル王女はアレスの手を引き、ふと、視線を感じて振り返った。

 目を合わせた相手は、視線を逸らし、海原へと顔を向ける。他では見かけたことのない黒髪に黒い瞳をもつ、先ほどアレスと話をしていた女だ。


「まさか、あの女……」


 一つの可能性に思い至り、もしそれが本当なら……と、瞳に蔑みの色を宿した。



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