今夜こそは。
ヒューとバラリーの話。
「……あれ、バラリー?」
扉を開けて、そこにいたのが弟ではなく、劇団の監督バラリーだったので、ヒューは驚きを隠せなかった。
「残念そうだな。出直そうか?」
「いや、いいよ。入って」
彼女の手には、彼のお気に入りのワインの瓶。
迷いながらもヒューはバラリーを家に招き入れた。
「珍しいね。あなたが来るなんて」
「エイドリアンに頼まれんだ」
バラリーに椅子を勧め、彼女の答えを聞いて彼は顔を顰めた。
(もう、本当。おせっかいだわ)
明日は、ラダとアレシュが王の面前で婚姻の儀を上げる予定だった。
エイドリアンとその両親は出席するのだが、ヒューは断った。後日ラダのお店で披露宴を行うので、その際に出席するし、貴族ばかりがいる場所に行くのが億劫だという理由だ。
それは正直な理由であり、ラダのことはすっかり諦めてついているのに、邪心する輩は多い。
バラリーもそうなのだろうと、ヒューは目の前の彼女を見つめる。
身長はヒューより少し低いくらい。
癖っ毛のある赤みがかった髪は短く切られており、男性的。けれども、その大きな胸の膨らみは彼女が女性であることを表しており、丸みを帯びたお尻はどことなく、ヒューを落ち着きなくさせた。
(やはり今日は帰ってもらった方がいい)
「バラリー。来てもらったばかりで悪いんだけど、今日は帰ってもらってもいい?別の日に仕切り直そう。私が奢るわよ」
「私と飲むのが嫌なのか?」
「そうじゃないよ。バラリー」
ヒューは思わず素で返してしまう。
「今日は、お前ととことん飲む。私はそう決めてきたんだ」
「バラリー……」
手に持ったワインの瓶を机の上に置いて、彼女はヒューを見据える。
バラリーの瞳には何か覚悟したような想いがあって、彼は目を逸らした。
「だめだから。こういうのはよくない。バラリー」
「私は構わないさ。こういう時じゃないとお前は弱みを見せないしな」
「本当、バラリーは酷い」
「そうか?」
白い歯を見せて彼女は笑い、何か入れ物を求めて立ち上がる。
「これで、いいな」
棚からグラスを見つけヒューの元へ戻ってくると、彼の飲みかけのワインの瓶を奪った。
「甘い。本当」
彼女は奪ったワインを己のグラスに注いでから飲み干し口を歪める。味は好みじゃなかったらしい。ひたすら甘いと連呼していた。
「他にはないのか?」
「うーん。ない。物足りない?」
「ああ。まあ、酔わなくてすむからいいかもしれないが」
「そうだね。バラリーに酔ってもらうと困るから」
バラリーが酔った姿などは見たことがないが、それを想像してヒューは後悔した。気分を変えようとワインの瓶を奪い返して、再び飲み始める。
「ヒュー。嘘だろう?」
彼女の声が遠くで聞こえ始めて、彼は自身が酔い始めたことに気が付く。
「バラリー。ごめん。もう帰っていいから」
「帰っていいって。だめだろう。これじゃあ」
「いいから」
酔った勢いで何かをしてしまうかもしれないと、ヒューは心配そうなバラリーに答えた。
「ヒュー。私はわざと来たんだ。私じゃだめか?」
「バラリー?」
「酔っているあんたにこんな告白は卑怯だと思う。だが、……だめか?」
「駄目じゃないよ。ラダちゃんに振られて、慰めてくれたのは君じゃないか。私の意図を読んでくれるのはいつも君だ。君になら、私も素直になれる。そう……」
「ヒュー?え?」
ことんと音を立て、ヒューは幸せそうに机の上に顔を突っ伏す。
覗き見ると、彼は口元を緩め静かな寝息を立てていた。
「寝たか。本当に酒に弱いんだから」
その日、バラリーは長年の片思いに決着をつけるつもりだった。
彼が父親に連れられ劇団に来た時から、バラリーはヒューの虜になっていた。
銀髪の美しい少年が役者を目指して、劇団に入団した時は、空を飛べるのではないかと思うくらい舞い上がった。けれども、敵は多くて、バラリーは他の女子と同じようにヒューに煩わしく思われないように、男の子のように振舞った。そのうち、ヒュー自身も痴情のもつれで自身が傷ついたり、相手が傷ついたりするのを見て、女性のように振舞うようになった。さもかも、女性には興味がない態度を見せるようになり、彼の周辺は落ち着き、看板役者として名を売るようにもなった。
バラリーはそんな彼を見続けてきた。
ラダのことを好きになった彼を見て、傷ついたこともあった。
彼女に好きな人がいると知り安堵もしたが、同時にヒューに同情した。
一か月の練習期間、一か月の公演、あわせて二か月が過ぎて、ラダたちは本来の仕事にもどった。
王女スラヴィナ主催で公演したことがきっかけで、観客も増え、劇団は忙しくなった。忙しさの中、ヒューが失恋から立ち直るのを感じて、バラリーはほっとしていた。
けれども、きっとこの先また再び誰かを好きになる可能性はある。そして結婚も。
彼の弟エイドリアンに今夜、ヒューのことを頼まれて、バラリーは気持ちを決めてきた。
「ヒュー。好きだよ。ずっと好きだった」
どうせ聞こえやしないと、彼女は半ばやけっぱちな気持ちで、想いを伝える。
そうして、残りの甘いワインを煽った。
読了ありがとうございます。
エイドリアンとヴィクター達、騎士の話も書きたいと思ってます。
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