「隣国の王」の愚かな罠
「アレシュ。スラヴィナ殿下が呼んでいるそうだ。ついてこい」
翌日、バジナから呼び出しがあって、彼はいよいよその時が来たと模擬戦を止め、刃引きされた剣を元の位置に戻した。
エイドリアンは容態が安定して、城ではなく屋敷で静養している。
模擬戦をするとバジナとエイドリアンを除く、6人で対戦することになり、いつもは誰かがあぶれているはずなのに、違和感を覚える。
逃走した二人の行方も掴めず、第一小隊の皆は怒りを内包している状態だ。バジナはエリシュカの息がかかったものを何人か尋問しており、二人が始末されたことなどを知っているが、ケンネルとアレシュ以外には真相を語っていない。
アレシュは早く終わらせて、先輩たちに事実を話したいと思いつつ、彼らに挨拶して、スラヴィナが待っているという部屋に向かう。
「……殿下の呼び出しなのに、殿下の部屋ではない。この辺からしておかしいよな」
エリシュカの計画はとてもお粗末なものだ。
最初から積極的に動いていれば、エイドリアンが負傷することも避けられたかもしれない。
それはアレシュだけではなくバジナの思いも一緒だ。
「今回は国防部の掃除も一緒にする予定だ。頼むな」
バジナは彼に囁いた後、扉の前で立ち止まった。
「第一小隊長ロート・バジナです。アレシュ・ベルカを連れてまいりました」
「バジナか。入れ」
中から聞こえた声はスラヴィナではなく、男―ー国防副大臣ハウドローの声だった。
そのことにバジナもアレシュも驚かなかった。イオラからすでに情報を得ていたからだ。
「これは、ハウドロー副大臣閣下。なぜこちらへ」
けれども部屋に入ると、バジナは驚いた声を上げて見せた。アレシュは役者だなと思いつつ、自身も努力して驚いた振りをしてみる。
「バジナ。ご苦労。お前は隊に戻ってよいぞ。私もスラヴィナ殿下から呼び出されているのだ」
「そうですか。それなら畏まりました。私はこれで」
バジナは納得した振りをして、敬礼をしてから部屋を出て行った。
「アレシュ・ベルカ。何をしている。こちらにきて座るがいい」
「はい」
ハウドローに請われ、彼は指示された通りに彼の向かいの椅子に腰かけた。
程なくてして、イオラが部屋に入ってきた。
☆
昨日のお茶会は面白いことではあったが、ケンネルの計画を見事に潰された。
すでにイオラからエリシュカがお茶に媚薬を盛ることは聞いており、わざと飲んで現場に至るところを確保しようとしていたのだ。ところが突風が吹いてすべて流れた。
今回ケンネルはバジナと共に、薬を流す業者、そして裏でつながっている国防副大臣をエリシュカの罪と共に暴き出すつもりだった。なのでわざわざ彼女の罠に乗る予定だったのだ。
今日も芸がないエリシュカは同じ方法を取るらしい。
しかも国防副大臣のハウドローも同席させて。
隣国の王であった彼は本当に無能だったと思いつつ、今度こそは現場を押さえようとケンネルは心を決める。
「精霊よ。君たちがアレシュを守るためにここにいることは知っている。私を信じてくれないか。アレシュには危害を加えさせないし、ラダちゃんを傷つけるようなことはしない。だから、黙って見ていてくれ」
昨日の様子から精霊が近くにいるはずだと思われ、ケンネルは願いを込める。
すると、風が吹いて、彼の整えた金髪の髪が鳥の巣のようにぐちゃぐちゃにされた。
「わかってるとことか、それとも邪魔をしてやるってことなのか」
言葉が聞こえないことは不自由だと思いつつ、彼は勝手に解釈することにした。
「了解ってことだね。今日で終わらせたいんだ。よろしく頼むよ」
反応はまったくなかった。けれども彼は聞こえていると考え、計画を進めることにした。
呼び出された部屋の物陰にエリシュカは潜んでおり、アレシュの薬が効いた段階で出てきて、既成事実を作るらしい。そうして国防副大臣はそれを一緒に楽しみたいと参加を希望したという。
「そういう男が国防副大臣。軍縮したい気持ちもわかるな。だが、この国を再び弱体化させるわけにはいかない。まあ、アレシュ。経験も大事だ。危なくなる前に助けるから」
今は男だし大丈夫だろうと、ケンネルはバジナや彼の協力者が潜んでいる隠し部屋に急いだ。
☆
「どうぞ。もうしばらくしたら殿下が来られますので、お茶を飲んでお待ちください」
イオラはアレシュとも目線を合わすことなく、お茶を淹れ、アレシュとハウドローの前に置いた。
そうしてすぐに彼女はいなくなる。
沈黙が流れる中、ハウドローがお茶を勧めた。
「これはいい香りがするお茶だ。飲んだ方がいい」
アレシュは彼の視線に奇妙さを覚えつつ、お茶を飲む。もちろん、そのお茶が何かを知っていた。
(兄上。本当に来てくださいね)
アレシュは媚薬というものを飲んだことがない。けれどもその作用は知っている。
香りは普通、口に含んだとたん、少しピリッとした刺激が舌を焼く。
「全部飲むんだ」
ハウドローの声が気持ち悪いと思いながらも、言われた通り飲み干した。
体中が熱くなって、アレシュの意識がぼんやりとする。
熱に浮かされているようなそのような状態だ。
「……エリシュカ。効いてきたようだぞ」
「ふふふ」
含み笑いがして、物陰からエリシュカが姿を現した。
「エ、エリシュカ……」
「アレシュ様。いいや、ウルシュア。儂の名前を呼んでくれてうれしいぞ」
「エリシュカ?」
「なんでもございませんわ。さあ、ハウドロー様。一緒に楽しみましょう」
エリシュカとハウドローの欲望に塗れた視線に、アレシュは逃げ出そうとするが四肢が言うことがきかなかった。
「な、」
それならばと剣に手を伸ばそうとしたところ、ハウドローが動いて剣を鞘ごと引き抜く。
「以前から興味があったんだ」
彼の手がアレシュの胸元に伸びたところで、扉が思いっきり開かれた。
「そこまでだ!」
「バ、バジナ?!外に見張りを立たせていたはずなのに!」
「こいつか?こいつは今や俺たちの味方だ。ハウドロー!国防に携わる身で、俺たちの上に立つ職でありながら、許さねーぞ!」
「わ、私は何もしりません。ハウドロー様に言われただけで……」
エリシュカは自身の身を守ろうとか弱い令嬢を演じ始める。
「はいはい。演技もその辺にしたらいいよ。全部ばれてるから」
バジナの隣にいたケンネルは陽気にそう言って、エリシュカは顔を盛大にゆがめた。
「おのれ!」
そうして彼はケンネルの背後にイオラの姿を認めて目を開いた。
「裏切ったのか?!」
「私はイオラです。エリシュカ。あなたもツルカ家の一令嬢に過ぎません。前世は昔なのです」
「この!!」
駆け出そうとした彼女は急に力を失いその場に倒れた。
「おいおい。ケンネル。お前、乱暴なことはしない主義じゃなかったのか。しかも令嬢相手だぞ」
「まあ、場合によりますよ。それより、私は我が弟を救出します。後はよろしくお願いします」
「そうだったな」
アレシュは熱に浮かされた状態で、椅子に座っていた。
「……やばい。やばいぞ。早く弟を回収してどこかへ連れていけ」
「わかってますよ」
ケンネルはどこにそんな力があったのかと思うくらい、軽々と弟を担ぐと部屋から出て行く。
こうして、サイハリ最後の王の生まれ変わり、エリシュカの野望は遂に果たされることなく、目論見は闇に消えた。




