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前世は精霊に愛された純粋な青年でしたが、今度は絶対に報われない恋なんてするもんか。  作者: ありま氷炎
第一章 精霊に愛される少女と王女の面影を持つ騎士のもどかしい交流
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会えない二人


「おお、いい匂いっすね~~」

「そうだな」


 男二人が連れ立って歩く。

 一人は薄汚れた格好をしているが、黒髪に紫色の瞳の美青年のアレシュ。隣は同じような恰好だが、にやついた顔のくすんだ金髪の男ホンザで、鼻をひくひくさせている。

 忙しい朝の市場で注目されることはないが、アレシュをちらちらと見る女性は何人かいた。どれも反応は同じで年齢を問わず頬を赤らめ、気が付かないのは本人のみだ。


「アレシュ様。ちょっとあれ見てくださいよ。旨そう」

「……なら、買ってみるか?」

「おお!ありがとうっす!」


 抜け目のないホンザはアレシュからお駄賃とばかり銅貨をもらって、甘い匂いを漂わせている焼き菓子を買いに行く。


「奥様のためもしっかり買いますからね!」


 店に駆けていく彼を尻目に、アレシュは市場を見渡した。

 平民や制服を着た使用人がそれぞれの店で値引き合戦を繰り広げたり、品定めをしている。茶色の髪は本当に一般的なので、半数以上がその色で、目を細めて少女を探す。


「違う。もう少し肌が白かった。あの子は……、違う」

「どうしたんすか?」


 両手一杯に紙袋を抱えてホンザが戻ってきた。焼き菓子以外にも、串に刺されたソーセージや、砂糖がまぶされた林檎などが袋から少し顔を覗かせている。

 本人は串に刺されたトウモロオシを齧りながら聞いてきた。

 他の屋敷なら、いや彼の師匠のデニスがみたら多分張り飛ばしているだろう。


「いや、その」

「あ!人探しなんすね。早く言ってくださいよ。俺も一緒に探しますから」

「ああ、えっとな」


 一瞬自分一人で見つけ出したいなどと馬鹿な考えが浮かんだが、二人で探したほうが早いので手間が省ける。これだけの人数なのだから。


「茶色の髪で、たしか一つに結んでいた。目も同じような茶色の瞳で、多分年頃は十四から十五歳くらいだと思う」

「……女の子ですね」


 何やらニヤニヤと見られ、アレシュはこそばゆい気持ちになりそっぽを向いた。

 

「アレシュ様もお年頃。っていうか、その子は平民なんすか?」

「年頃とは関係ない。人探しなのだから。平民の恰好をしていたから、多分平民だ」

「そうすか。何やら複雑そうっすね。まあ、その特徴で探して見つけたら……。あ!アレシュ様。あの子」


 ホンザの視線を追うとあの少女がいた。店主と会話をしており、何かを購入している。


「アレシュ様!」


 反射的に彼は走りだしていた。

 ホンザはトウモロコシを口につっこみ、紙袋から物がこぼれないように抱えて、その後を追う。

 ふと一瞬アレシュの視界いっぱいに光が広がり、驚いた彼は目を閉じて足を止めた。けれどもすぐに光が止んだので彼は再び駆け出す。


「……いない?」


 少女がいた場所に辿り着いたが、そこには彼女の影はなかった。


「アレシュ様。あれ?」


 主に追いついたホンザも、目的の少女がそこにいなくて首をかしげる。


「どこに行ったんだ?」

「……消えちゃいましたね」


 先ほどまで確かに少女がいた場所。周りを見渡すが彼女の影は見当たらない。それは昨日と同じで、アレシュはやはり幻かと思わずにはいられなかった。




「珍しいね」


 通常、日中に闇の精霊が姿を現すことはない。

 他の精霊たちと異なり、彼は実体化しなくても闇を体現してしまうからだ。

 今回は気を使ってなのか、建物の隙間の影を利用しており、外から見ても普通の影にしか見えないようになっている。


『今日は元気そうじゃな』

「うん。昨日は色々あったけど、よく寝れたから」

『そうか。それはよいことじゃ。だったらワシの苦労も報われる』

「苦労?」


 建物の間に出来た影とは言え、日中のため、影は少し薄い。ゆらゆら揺れながら闇の精霊は少し苦しそうだった。

 

「何かあったの?大丈夫」

『ラダは相変わらず優しいのう。何でもないぞ。ただこうして日中出てくるのはやはり面倒だのう』


 面倒というのであれば出て来なければいいのにと、ラダは思ったが口を噤む。代わりに口に出したのは別の言葉だ。


「本当に何かあったの?」

『いやいや、何もないぞ!ただほら、のう。今日はいい天気すぎるじゃろう。影移動でもさせようかと思って』

「影移動?」

『覚えているか?ヤルミルだった時は何度か使っていたぞ』


 それで、彼女は思い出す。影を利用して物や生物を移動する手段で、長距離を移動する際にはとても便利だった。

 隣国との戦いにおいても使用した経緯まで思い出してしまい、ラダは苦い表情になってしまった。


『すまんのう。いやな事も一緒に思い出してしまったか。じゃがな、今日はこの方法で家まで送ってやるぞ』

「闇の精霊?」


 こちらから頼んでもないのに提案されて、ラダは訝しげに眉を寄せる。


『なーに。暇つぶしじゃ。他の奴らもたまにしとるだろう。ワシもたまには暇つぶしをしたくなるのじゃ』


 闇の精霊にしては珍しいとかしか思えなかったが、影の移動は早くて助かる。

 なので、ラダは頷いた。


「もちろん、これはワシの遊びの一環だからな。精気は取らんぞ。安心するのじゃ」


 そうだと思っていたが、改めて言われて胸を撫でおろす。


『さて、ワシの手を掴むがよい』


 にゅっと影が手の形になり、不気味に揺れ動く。

 ラダにとっては慣れたものなので、迷いなくその手を掴んだ。

 影に引き込まれて、溶け込むようにして姿が消える。


『着いたぞ』


 時間は一瞬。

 木と家の影が重なり合う場所へ、彼女はひっぱり上げられていた。


「ラダ?!」


 するとまるで昨日の場面の繰り返しのように、裏口から母が飛び出してきて、ラダは苦笑してしまった。


『ラダ。さらばじゃ』

 

 そっと闇の精霊の言葉が耳に入り彼女は影を見つめたが、すでに彼は消えていて、何の変哲もない影がそこにあるだけであった。


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