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前世は精霊に愛された純粋な青年でしたが、今度は絶対に報われない恋なんてするもんか。  作者: ありま氷炎
第一章 精霊に愛される少女と王女の面影を持つ騎士のもどかしい交流
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昔は英雄、今は……。

「アレシュ。今日どうだった?」


 気分が悪いと部屋に籠りっきりだったのに、アレシュの兄ケンネルは何事もなかったように、扉を叩く。


「話したくありません」


 彼はそうはっきり答えたのに、兄は全く引く様子がなかった。


「またいじけちゃって。それはちゃんと話した結果?それとも勝手な思い込み?」

「どちらでも構わないでしょう。ほっといてください」

「アレシュ!」


 珍しく怒気を込めた声で彼の名を呼び、ケンネルは扉を開けた。


「兄上。今日は気分が悪いのです。今の自分は多分とんでもないことを兄上に言ってしまう」

「言えばいい。私は君の兄なのだから。そんなところも本当成長してないな。君は」

「兄上?」


 彼は扉を閉めると、進められてもいないのに椅子に座る。


「今の君は前世のウルシュアではない。ラダちゃんもヤルミルではないんだ。まあ、そう言ってしまうと、もう永遠に会わなくてもいい気がするんだけど。私は、君たちがちゃんと話し合うことを願っている。あの時も……。本当君たちには疲れてしまう」

「兄上?」

「アレシュ。本当は伝えるつもりはなかったけど。どうやら私が君の背中を押す必要があるようだ」


 ケンネルは髪をかき上げ、一旦目を閉じた。それから目を開けるとアレシュに対峙する。


「私は、マクシム・ベルカの生まれ変わりなんだよ。記憶もばっちりある。君が生まれて、ウルシュアそっくりの外見で驚いたよ。本当に。ヤルミル……ラダちゃんなんて、私の顔を物凄く睨むしね。まったく……。アレシュ。いい加減にしろ。また伝えないつもりか。あの時、君が伝えていれば、ヤルミルは死を選ばなかったかもしれないんだぞ」

「…兄上、マクシム……」


 アレシュの思い……ウルシュアの思いがあの時にかえる。腕の中には力を使い果たし動かなくなったヤルミル。


「……けれどもどうしても、あの時はできなかったのです。私は、王女だった」

「そうだよ。王女だった。だからこそ、君は私の妻になった。本当に。英雄と祭り上げられた私たちは滑稽だったね。滑稽という言い方はとてもよくないけど。私たちは一時は滅ぼしてしまった隣国の復興を手伝った。ヤルミルの苦労が、死が無駄にならないように。……アレシュ。私たちはあの時役目を果たしたんだよ。今は違う人間だ。過去を終わらせ、新しい人生を歩め。そのために、ヤルミル……ラダちゃんと話し合え」


 ケンネルはそう話し終えると立ち上がる。


「強引な手段は謝るよ。あと三日あるんだ。どうにか頑張れ。これは兄としての応援だから」


 アレシュは何も答えられなかった。

 前世ウルシュアアレシュの思いが混在して、動揺していた。

 それがわかっているのか、ケンネルはそれ以上何も言うことなく静かに部屋を出て行った。



「どこに行くつもりかな?」

「ケンネル様っつ!」


 裏門からこっそり出ようとしていたホンザは、ケンネルに声をかけられ、猫のように髪の毛を逆立てて驚いた。


「やっぱり君だったか。殿下の侍女にでも雇われた?」

「ち、違います!あいつの手伝いをしただけっす!報酬なんてもらってないっす!」

「……いよいよ、よくわからないな」


 腹をくくったホンザは、ケンネルに請われるまま、スラヴィナの「間者」になった経由を話した。

 厨房に蝋燭を灯し、次期当主にワインでも一緒にどう?と誘われ遠慮することなく、ホンザは飲みながら食べながら、饒舌に語る。

 そのふてぶてしさに、さすがのケンネルも感心してしまう。その上、笑顔で悪気が無さそうに語る彼を見ていたらどうでもよくなってきた。


「そうか。君もサイハリの出身だったね」

「そうっす!拾ってくれたおやっさんには感謝してまっす。もちろん、ご主人様や奥様にもです。あ、ケンネル様にでもっす!」


 付け加えるように自身の名を出され、ケンネルは苦笑する。


 彼が語るに、スラヴィナの最も信頼している侍女の母親がサイハリ出身ということ。その侍女は母親が里帰りする度に一緒についてきて、近所に住んでいた小さいホンザと遊んだらしい。

 彼は元々裕福な家庭の生まれだったが事故で両親が他界、借金取りに財産を没収されて家を追い出された。街で放浪していると、デニスに拾われ彼の弟子になったということだ。

 一年前に、偶然侍女と再会することがあって、ホンザの勤め先がベルカ家とわかって、情報を流してくれないかと頼まれ、今に至る。

 もちろん、侍女には口止めしており情報入手の経路――ホンザのことはスラヴィナには知られていない。


「君は、その侍女のことが好きなのか」

「……はいっす」

「うーん。その気持ち、わからないことはないな。とりあえずこういう条件で見逃してあげるよ。情報はすべて私が許可したもののみを流す。そして、殿下の情報も聞き出して?」

「王女様っすか?!」

「うん。まあ、大概のことは調べればわかるんだけど。ほら、秘密にされているものがあるだろう。下着の色とか」

「うわーー、ケンネル様。それやばいっす!」

「冗談だよ。冗談」

「俺には本気に見えるっす!」

「まあ、わかれば教えてくれる?」

「やっぱり本気?!」

「うそだよ。まあ、まあ、色々侍女から話を聞いて、時たま私に報告してくれたらいい」

「それなら了解っす!」


 こうして頼りない二重間者がここに生まれ、たらふくに腹を含まらせたホンザは「アレシュがラダと会った」という情報の代わりに「ケンネルがラダと会った」という情報を伝えることになった。



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