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前世は精霊に愛された純粋な青年でしたが、今度は絶対に報われない恋なんてするもんか。  作者: ありま氷炎
第一章 精霊に愛される少女と王女の面影を持つ騎士のもどかしい交流
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彼女の幸せ


「アレシュ!」


 屋敷に戻ると、珍しく父と兄ケンネルが揃っていて、そのまま回れ右をしてしまいそうになった。

一緒に戻ってきたはずのホンザはいつの間に姿を消している。


「ラダちゃんを探しにいったのかな?」

「兄上?!」

「会えたのか?その様子ではまだのようだな。喜べ。アレシュ。ケンネルがすでにラダに会ったようだ」

「え?」


 兄に続き、父からトンデモナイ発言があり、アレシュは目を瞬かせるしかなかった。


「話はゆっくり聞かせる。私もお前の話が聞きたいからな。湯あみをして着替えてこい」


 頭を殴られたような衝撃を受けながらも、彼は父の言葉に従い着替えをするため自室へ向かった。


「さて、まずは私の話をしようか」


 居間に家族全員が揃い、使用人がお茶の準備をしている。ちゃっかりとホンザが買ってきた焼き菓子も上品に皿に置かれて、違和感がまったくなかった。

 父と母、アレシュと兄ケンネルが座って、ティーカップにお茶が注がれてからお茶会というか暴露会が始まった。


「昨日お前の話を聞いてまずは市場の者に聞き込みを行った。するとすぐに名前と店の場所がわかった」


 すんなりと父がそう言って、アレシュは自分の苦労がなんだったのだろうと遠い目になる。


「それをこの、ケンネルが嗅ぎつけたのだ。私が話したわけではないのだ。アレシュ」

「ほら、珍しく父がやる気を出しているので、何事かと興味をもったわけなんだよ。だって、この父がだよ?」


 アレシュの家は、マクシム・ベルカに連なる名門だ。

 皆が皆、武芸か文芸に秀でており、活躍している。しかし、現当主のアレシュの父は当主でありながらも、財務部の一文官として地味な仕事をしている。有能な者には彼がわざとさぼっていることは気づかれているのだが、普通に見て彼はベルカ歴代当主の中で一番無能だと思われている。

 そんなやる気がない父が動き回っているので、ケンネルは興味持ってしまった。知ってしまったら、確かめたいとわざわざ店にまで顔を出したわけだ。


「本当、お前は我が一族の中で一番腹が黒いな。その狼藉者はお前の差し金だろう」

「兄上!」


 父に続き兄ケンネルから話を聞き、偶然に助けたという説明を素直に聞いていたのはアレシュだけで、父は白い目を長男に向けていた。


「酷いなあ。父上。私がそんな悪だくみをするわけがないじゃないですか?」

「さあなあ。アレシュ。私はそんなことをしてないからな。正当に情報を集めている」

「どうだか。父上の情報収集のやり方も私はどうかなと思っております」


 騎士道しかしらない。 

 知りたくない。

 真っ新なアレシュは二人のやり取りに頭痛を覚えてきた。


「二人とも。腹黒さを比べるのはやめてくださいな。美味しいお菓子でも食べましょう。アレシュ。買ってきてくれてありがとう。あなたが市場に行ってくれたおかげで美味しいものが食べられるわ。誰かさんからは何もお土産はなかったけど」


 母はちらりとケンネルを責める様に言うと、やっと彼は肩をすくめる。


「悪かったよ。アレシュ。大丈夫。ラダちゃんには傷の一つもついてないから。後、仕込んだなんてばれていないから」


 罪悪感のこれっぽしものない表情で語られ、アレシュは顔を顰めた。

 

「……探してくれてありがとうございます。でも、これで決めました。俺はラダに会いません。その方が幸せかもしれないので。聞けば、ラダは楽しそうに暮らしているそうじゃないですか。それなら……」

「アレシュ。何を言っているのだ。会わずにどうする?!」

「そうだよ。アレシュ。ラダちゃんは私のことはよく知らないし、ばれないから」


 父とケンネルが必死に説得するが、アレシュは硬い表情のまま黙っている。

 母は大仰な溜息をつき、父の足をさりげなく踏みつけ、無糖主義のケンネルのティーカップに砂糖をみっつ入れた。

 


「気持ちいい!」

『そうでしょ!』


 アレシュから逃げるため、風の精霊に手伝ってもらって空を飛んだことはある。けれども、あの時とは全く異なっていた。

 風で運ばれているというよりも、風という大きな鳥に乗っている気分だった。

 眼下に広がる光景――家や建物は小指の一節くらい大きさしかなく、人などは豆粒みたいでほとんど見えない。


「ありがとう。風の精霊」

『ふふふ』


 軽やかな声と共に、頬を柔らかな風が撫でた。


『あの木の天辺で降ろしてあげる』

「え?」


 ふいに言われて、本当に木の天辺に降ろされる。


「待って、ちょっと」

『落ちないから、大丈夫。ほら、あそこ見て』

 

 少年の姿に変化した風の精霊はラダを支えるようにしていた。指を差された場所に目を向けると、街を越えた彼方の海に太陽が落ちていく情景が広がっていた。


「綺麗……」

『ふふふ。ヤルミルの時も言っていたよ。彼も好きだった』

「そう、そうだったね」


 森から出てきて城に滞在するようになって、時折行き詰まると風の精霊と城から抜け出したことがあった。


「ありがとう」

『ラダ。今度こそ、ボクは君を死なせたくないと思っているんだ。あんな思い二度としたくないもん。だけど君が願ってしまったら』

「願わないよ。私は普通の人として生きるつもりだもの」

『そうだよね。ボクたちがいっつも邪魔してるんだっけ』

「そうだよ」

『ははは』


 軽快に笑われ、つられたラダも笑い出す。


「あ、まずい。お母さんが!」


 夕日は完全に海へ落ちようとしていた。

 自身が寝ているように細工をしてきたが、毛布を触られたり、話しかけられたらばれてしまう。

 

『ひとっぱしりで戻るよ。目を閉じて』

「う、うん」


 この後、ラダは風の精霊のひとっぱしりに後悔することになる。

 あまりの早さに目を回して吐きそうになり、母にまた心配されてしまうことになったが、部屋を抜け出したことはばれていなかったので、とりあえずよしとした。


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