壊れるその日2-2
バシャーン
頭上からバケツ一杯分の水が降ってきた。
それから個室トイレのドアの向こう側で、三人の笑う声が聞こえてくる。
「ぷっ、あっはっはっは! こいつ、超簡単に騙されてやんの!」
「どーかなー、カイ君。最近外もあったかいし、気持ちいいでしょ?」
「いつもつまんなそうな顔して座ってるからさ、俺らからのちょっとしたサプラーイズ!」
騙されるも何も、お前たちが俺のバッグを持って行ったから取りに来ただけだろう、まったく……
――結局あの後、三人は俺のバッグを持って近くの男子トイレに入っていった。
追いかけて男子トイレに入ったら、すでにその手に俺のバッグはなく、一体どこにやったのかと探し回って個室トイレの中に発見したと思ったら、ドアを閉められてこのざまだ。
トイレに入った時の三人のにやにやした顔から何かあるんだろうとは踏んでいたが、まさかこうも典型的な手で来るとは……俺は怒るを通り越して、もはやあきれていた。
そんな俺の侮蔑に似た呆れも知らず、三人は気分良さそうな声音で俺に言ってくる。
「そいじゃ、じゃーねー、カイ君!」
「あ、後片付けお願いねー」
「片づけなかったら、お前の責任だかんなー。ちゃんと片づけとけよー!」
そういって三人はトイレのドアを威勢よく開けてトイレを出ていく。
あとには全身ずぶ濡れになった俺と、便所の外に放置されたバケツだけが残った。
俺は特に取り乱すでもなく簡単に身体の水を払うと、さっさとバケツを用具入れに片づけてトイレを出た。
普通だったら、もっと取り乱すべきなのだろう。怒ったり、恥ずかしさに震えたり、濡れてしまった服のことを気にしたり……
だが最近はもう、特に感じることもなくなって久しい。しいて言えば三人への呆れは感じるが、それぐらい……。率直に言って、あの三人が俺をはめて水をかけてきたことなど、もはやどうでもいいことだ。
教室に戻る。教室の生徒はいつの間にかほとんどいなくなっていて、望月由井という女生徒だけが残っていた。
「あれ、土禍くん? どうしたの」
「別に……」
「別にってことはないでしょ。そんなずぶ濡れになって」
そう、それはよくある……どうでもいい、ことだったはずなのだ。やつらから何かされるなんて。それこそ雨の日に車が水たまりの上を通って水を跳ねるぐらい、普通なこと。それに対して俺は、なにも気にしない。
「別に、いつもの三人にトイレで水をかけられただけだよ。それだけ」
「それだけ……?」
「そう、それだけ」
――だからこれは、予想外だった。
「それだけ……ね。……なんなの、それ? 諦めてるの? 強がってるの? ……土禍くん、それはね、そんなに普通のことじゃないんだよ? なのにそれを普通な振り(・・・・・)しているから、あの子たちも怒ってるんじゃないの? ねえ、土禍くん?」
望月のその言葉に対して、言いようのない怒りが込み上げてきたのは。
「……はぁ?」
「はぁ、じゃないよ、土禍くん。きっとこのままだと永遠にわからないから私が言ってあげてるの。あなたは異常だよ(ヽヽヽヽヽヽヽヽ)」
「あっ? ふざけてんのかよ、おまえっ!」
つい声を荒げてしまう。声を荒げるなんていつ以来だろうか。少なくとも、思い出せる限りの記憶にはない。だが、よりによって異常なんて……そんな誰よりも自分がよくわかっていることを他人から言われて、言いようもなく腹が立ってしまう。
「なんで俺が説教されないといけないんだよっ。説教するべきはあっちだろうがっ。何様だよ、おまえ!」
「説教? 説教なんかしてないよ。むしろ助けてあげてるんじゃない。あなたがわかっていないから……。あなたがわかっていないから、忠告してあげてるんじゃない」
「それが説教だって言ってんだよっ!!」
「聞く耳なしなの? 呆れた。土禍くんの態度はね、だれにとっても不愉快だよ」
「ふっ……ざけんな!!」
思わず近くの机を蹴飛ばして、夕方の静かな教室に「ガタン!!」と大きな音が響いた。それにはさすがに望月も驚いて「きゃ……」と小さな悲鳴をあげた。
二人だけの静かな教室に、耳鳴りみたいに机の音の反響だけが残る。
俺と望月の間になんとも居心地の悪い空気が流れて、俺は、たまらず望月から目をそらす。
「……余計なお世話だっ」
そうしてさっさと蹴った机を元の位置に戻して、俺は教室を出た。
後ろからは、
「……知ってる」
と、望月が怯えてるのか寂しがっているのか、どうともつかない声音で俺に呟いてきて、それもまた、俺をひどく嫌な気分にさせた。




