蛇に、生まれた。1−2
物心ついた時から父親はいなかった。ある時周囲の友達を見て不思議に思った私は、夕食の時にお母さんとお兄ちゃんに聞いた。
「ねえねえ、どうしてうちにはお父さんがいないの?」
お母さんは言った。
「そうね、それは――。別のお話をしましょ、燐。最近幼稚園はどう、燐?」
その時お兄ちゃんが泣きそうな顔をしていた理由も、今ならわかる。
小学校に上がる頃になってようやく、私は理解し始めていた。ああ、もしかしたら他の人は蛇になれないのかもしれない。そして蛇になれることは、普通のことではないのだと。……私より一つ上の兄だって、同じように蛇になれたのだ。どうして自分が、自分だけが蛇になれる特殊な人間だなんて気づけた? 気づけやしない。けれどそれでも私は、蛇になることをやめなかった。
私はきっと自分が……自分だけが蛇になれることに、優越感を持っていたのだ。
そしてその勘違いが、全ての間違いを引き起こした。
事件は、私が小学四年生の時に起きた。
……いや、私が起こした。
些細な言い争いから私が友達の前で蛇化してしまい、しかもそれを複数の人間に見られてしまったのだ。
結果、私達家族は引越しを余儀なくされ、わずか一カ月のうちに住み慣れた地を離れ東京へと、移ることになった。
東京に向かう車の中で、兄は言った。
「……気にするなよ。今回はたまたまお前だっただけで、もしかしたらばれてたのは俺だったかもしれないんだ。……だから、気にするな」
その時の兄の表情を、今も私は忘れることができない。
けれどまた、私が中学一年の時、それはまるで地の果てまで追いかけてくるかのように起こった。
『土禍燐は昔、ヘビになったことがある』
そんな普通なら吹けば飛んで消えてしまいそうな噂一つで、私はボロボロに崩され、家族は再度の移住を余儀なくされた。
「娘がイジメを受けているこの状況を見過ごせない」
校長室のドアの向こうから聞こえてきたお母さんの声は、私にトドメを刺すには十分すぎるものだった。
そのことが真実だったならどれほどよかっただろう。
でも本当の理由は、私が蛇になれるからで……
そのことを胸が痛むほどに……思い知った。




