白髪の女1-9
……もう迷っている時間などない。俺は再度燐の方を強く見やると、
「もうこれ以上時間も稼げない。行くぞ、燐っ」
と告げる。
燐は、
「お兄ちゃんっ!」
と、とっさに俺を止めようとしたが、俺はそれに気づかないふりをして、白髪の方へと駆け出した。
「お兄ちゃんっ!!」
燐が震える声で叫ぶが、もう遅い。
「ほう、やるか? 名無し」
白髪が嬉しそうに目を見開いて俺を見る。
俺は覚悟を決めて、ダッシュした勢いのままに白髪に飛び掛かる。
「うらあッ!!」
「ぐっ……!」
工場の暗い床面に俺と白髪の二人がゴロゴロと転がり、二、三回転して俺が白髪の上に覆いかぶさる。そして白髪の視線から燐が見えなくなったタイミングを見計らって、俺が合図する。
「燐!」
「お兄ちゃん!!」
しかし一回では燐が蛇になろうとしなかったため、慌てて、
「……燐ッ!!」
と再度きつい口調で呼びかける。それでようやく「……うん」と、燐が蛇化して小さくなっていって、それを横目で確認し終えてから、俺は視線を白髪に戻した。なんとか位置的に白髪から燐は見えていないだろう。けれど……
「うっとうしい……なっ!」
「うあっ!」
肝心の俺の方は、やはり白髪には敵わなさそうだった。
白髪は恐ろしい力で逆に俺を床に倒しこむと、そのまま俺の上に乗っかって俺に最後通牒を告げた。
「残念だったな、名無し君。ゲームオーバーだ」
「……っ!?」
そうして、その顔を俺の首元に近づけると、ゆっくりとその歯を俺の首筋に突き付けた。
「いただきます」
「あ……あああああぁああああっ!!」
白髪の歯から俺の中に何か良くない物が流れ込んでくるのがわかる。その良くない物が心臓まで巡り、全身に向けて放たれるのを感じるのと同時、俺の意識が瞬く間に遠のいていく。そして最後に白髪の、
「ふう、さようなら……名無し君」
という言葉とともに、俺の意識は深い暗闇へと落ちていった。
深海のような意識の底に落ちていきながら、俺は、
(ああ……これで死んでしまうのか。……嫌だな)
と思う。
だが同時に、まったく逆のことも思ってしまうのだ。
これでようやく終わった――と。
心の底からの安堵と共に。
なんでもいいので、感想をもらえるとうれしいです




