壊れた世界2-9
「はあっ……はあっ、嫌っ!」
だが、張田はとてもじゃないがまだ一人で歩けそうにない。
……迷ってる暇はない。
俺はぐっと張田を支える右肩に力をこめると、両足に二人分の重みを抱えて走り出す。
「ああぁあ!」
「ひいっ……!」
半ゾンビの横を通り抜ける際に、半ゾンビが張田の方に腕を伸ばすが、その手はぎりぎり届かない。
空を掴んで「ああぁあ」と呻く半ゾンビをしり目に俺は、非常階段のドアへと一直線に走っていき、そのまま外に飛び出た。
「お兄ちゃん!」
「燐!」
外で待ち構える燐に、足が震えて立っていることもままならない張田を託すと、俺はすぐに非常階段のドアを閉める。
ガタン、と重い音とともにドアを閉めきると、背中でドアが開かないよう抑え込みながらズルズルと座り込んだ。
「はあ……」
あぶな……かった。
真っ暗な空の下、首の力を抜いてだらりと空を見上げる。
視界には非常階段の緑色の電灯が色濃く映る。
「お兄ちゃん!!」
「はあっ! はあっ!」
まだ相当に息を乱している張田は、燐にしがみつくことでなんとか自分の身体を支えている。
「はあっ! はあっ……!」
その張田が、不意に俺の方をみやる。
「はあっ……はあっ……なんで」
その眼はわずかながら、俺をにらんでいるように見えた。
その想像は間違っていなかったようで、張田は開口一番俺を責め立てた。
「なんで……なんで言う通りに、しなかったのよ!? 土禍くん!」
ああ、そういうことか……
結果的には助けてやったというのに……若干の呆れを感じながら、俺は聞き返した。
「なんで……っていうか、お前こそそんな知識どこで手に入れたんだよ」
「それは……」
答えづらそうにした張田に代わって、燐が答えた。
「音楽室だよ、お兄ちゃん。……そういうことがあったから」
――そういうことがあったから。
……なるほど、それは納得だ。
けれど、
「それはしないよ、張田。……それじゃ、人殺しだ」
この非常階段で一度生じた疑念を、俺はあえて断定して答える。
当然張田は、その言葉に顔をしかめた。
「人……殺し?」
「ああ……」
俺はその疑念に全く決着をつけていなかったが、この場ではあえて断定する。
すると突然張田が、声を荒げて言った。
「人殺しって……そんなこと言ってる場合じゃないでしょ!? 現に殺されてるのよ、何人も! あいつらに! やられる前にやらないと、やられるのはあたし達なんだよ!? 土禍くん!」
張田の言うことはもっともだ。けれども……
「それでも俺はやれないよ。なんでかはわからないけど、やれないんだ」
「なにそれ……」
張田はあからさまに不服そうな顔を浮かべる。
「ふざけないでよ。こんな時に変な正義感かざさないでよ」
「正義感じゃない……」
「じゃなによ!」
「それは……」
言うが、続く言葉が出てこない。
確かに俺はなんであの時、張田の言う通りにしなかったのだろう。
正義感……ではない。正義感というなら、あの場では有無を言わさず張田を助けるのが正義感というものだろう。あの場で半ゾンビを殺す、殺さないを気にするなどというのは、おそらく偽善だ。そんなのは俺も正義感ではないと思う。じゃあなんで……?
「ふざけないでよ……」
張田が悪態をつきながら吐き捨てる。そうしてまだおぼつかない足取りで燐の元から離れると、俺から目を背けるように非常階段を見て言った。
「もういい。早くこの場から離れましょ。……ここだって、決して安全とは言えないんだから」
その後ろ姿からはもうさっきまでの余裕がちっとも感じられない。
ただでさえ最悪な状況だというのに、俺と張田の間に、にわかに不穏な空気が漂い始めた。
なんでもいいので、感想をもらえるとうれしいです




