壊れた世界1-6
「お、お兄ちゃん……?」
「燐……?」
音楽室の中から、確かに声が聞こえてきた。
ただどこから聞こえてきたかが、まったくわからない。
左、右と見回すが、どこにも燐の姿はない。
その間にも半ゾンビはこちらににじり寄ってきている。
「燐……どこだ!?」
たまらず危険も無視して声を上げた。
すると教室手前の、右奥の方から声が聞こえた。
「お、音楽準備室!」
音楽準備室……?
言われて、「ああ」と気づいた。
他の教室とは違い音楽室には、教室前方の黒板の横に、ドアがある。
そこが音楽準備室だ。
なるほど、事態が起きて慌ててそこに逃げ込んだってわけだ。
形はどうであれ、妹の所在がわかってひと安心する。
ただし最大の問題は……
「燐、そこは、鍵がかかるのか?」
「う、うん。そう」
「そうか」
そう、そのドアの目の前に、元音楽教師の半ゾンビが一人立っていることだ。
それもご丁寧に音楽準備室の方を向いて。
「出たいんだけど、たぶん、ドアの外に……いるよね。ドアの窓から少しだけわかるんだけど」
「……ああ」
燐の言う通りだ。
この状況で音楽準備室から出たらまず間違いなくあの半ゾンビに襲われる。ドアを開けて万が一音楽準備室に入り込まれたら、それこそ一巻の終わりだ。しかも音楽準備室のドアは廊下側にはなく、音楽室側にしかついていない。……最悪だ。
「どう……しよう、お兄ちゃん」
「どう……するか」
妹が不安そうに聞いてくるが、妙案などない。
挙句、悩んでいる間にも音楽室の半ゾンビは俺に近づいてきて、考える時間すらあまりない。
安全な方法などたぶん存在しないのだろう。
ならば……と。
「燐……今から数秒間だけ、鍵を開けろ」
「え……どうして?」
「いいから、開けろ! 悩んでる時間がない! 俺を信じろ!」
「え……う、うん。あ、開けるよ? いいの?」
「いいから!」
「わかった……!」
ガチャリと、音がする。
それと同時に、今日何度したかわからない覚悟をまたして、真っすぐに駆け出す。
全力で駆けてその勢いのまま、音楽準備室の前に立つ半ゾンビに体当たりした。
「う、らぁッ!」
「ぐぅ!」
半ゾンビが呻き声をあげて床に倒れる。
その隙に一瞬で音楽準備室のドアを開けて中に入り込む。
入り込んで一秒も経たないうちにドアを閉め、鍵をかけなおす。
「お……お兄ちゃん!?」
「はあ……はあ……。よお、燐」
肩で息をする俺に、不安と安堵を半分ずつ混ぜたような表情をして燐が駆け寄ってくる。
「お兄ちゃん……なんで? 家にいると思ったのに」
「俺もそう思ったよ。この時間に学校にいるなんてずいぶん久しぶりだ」
「そ、っか……ありがとう、お兄ちゃん」
瞬時に俺がここにいる理由を察したのか、燐が申し訳なさそうに呟いた。
伏し目がちにして、その目には若干涙もにじんでいる。
こんな時でも妹は妹らしい。
いつもはいらつくその性格も、今だけはほんの少し俺を安心させた。
なんでもいいので、感想をもらえるとうれしいです




