壊れるその日3-4
「晩御飯……」
こんな時でも晩御飯の用意はしないといけない。
母さんはもちろん、妹もまだ家に帰ってはいない。
俺はのっそりと重い体を持ち上げると、上着だけかえて外に出た。
冷蔵庫にはほとんど食材が入っていなくて、外には出たくなかったが、出ざるを得ない。
いつも通り一旦川沿いの土手道に出て、少し離れた安いスーパーに向かうことにする。
家からそのスーパーは距離にして1キロ半はあるが、遠いことをおしても家計に余裕のないうちはそのスーパーに行く必要があった。
「あ、ごめんなさいー」
不意に前から走ってきた男性とぶつかりそうになる。男性はジョギングをしているようだった。
俺は自転車は持っていない。だからいつも歩きで土手道を行く。
しかしふとまたしても、言いようのない違和感を覚えてそこで立ち止まった。
「すみません、通ります」
そして今度はその原因が、はっきりとわかる。
「……人が、多すぎる」
いつもはスーパーに行くまでに一人か二人しか見かけないのに、今日はパッと見ただけで十人ほどの男女が土手道にいるのが見えた。もっと遠くまで含めればそれ以上の規模で人がいて……休日でもない限り普段ではあり得ない数だった。
「……なにか、おかしい」
マラソン大会があるわけでも、近くでイベントをやっているわけでもない。
朝方から感じ続けてきた違和感が、最大にまで大きくなる。
足を止めて、あたりを見渡す。
変なことは何もない。
……あの白い髪の女の子も、いない。
偶然……か?
そう思ったのもつかの間、夕日が地平線に沈みかけたまさにその瞬間、不意に近くにいたスーツの男性が「うぅ……」と苦しみだして、倒れた。
そして次々に「くるしい……」「うっ……ぐ」「だれ……か、たす……け」と周囲にいた制服姿の女の子、ジョギングウェアの男性、遠くにいる私服の女性と、ばたばたと苦しそうに土手道に倒れていった。
やがてあたりで立っている人間は、俺だけになった。
不気味な緊張感が背筋をなでる。
夕日が沈んで、空も一気に暗くなってくる。
足音が消えて静まり返った土手道に、異様な雰囲気が漂う。
嫌な予感と、白い髪の幻影が頭をよぎる。
動くべきなのか、動かないべきなのか……それすらもわからない。
そうして数分は経っただろうか――
いや、実際は数十秒も経っていなかった気もする。
ふと遠くで倒れた制服姿の女の子二人組のうち一人が、おもむろに立ち上がるのが目に映った。
続いて他の場所でも一人、また一人と、ゆっくりと立ち上がる。
「うぅ……」
最後には俺の近くにいたスーツの男性が立ち上がった。
大丈夫……なのか?
怪訝に思いながらも男性の様子を覗いてみる。
特段ケガや異常があるようには見えないように思えた。が……それは早計で、
「があぁっっ!!」
「うぁっ!?」
急にスーツの男性が俺めがけてとびかかってきた。
なんとか身をよじってそれはかわしたものの、態勢を直して男性を見た瞬間、俺は固唾をのんだ。
「まじ……かよ」
男性の眼が、赤くなっていた。
それも、充血とか一部が赤いとか、そういうレベルじゃなく、黒目も消えて、眼全体が赤一色に染まっていた。
「うぅ……があっ!!」
またしても男性が俺めがけてとびかかってくる。
慌てつつもかろうじて二度目も避ける。
眼だけでなく全てがおかしくなっているのは、確かめるまでもなかった。
遠くをみれば同じように倒れた人が近くを通りがかった人に襲い掛かっていて、ところどころで混乱が広がっていた。肝心の俺の方はというと、スーツ姿のサラリーマンを始め、近くにいる数人がじりじりと歩み寄ってきていて……
「くそ……ゾンビかよ……!」
またしても命の危機が頭に警鐘を鳴らす。
前後の道は別の奴らに挟まれ、目の前ではスーツの男性が今にも自分に襲い掛からんとしている。捕まったらおそらく死ぬんだろうな。もしかして、ここだけじゃなく町中で同じことが起きているんじゃないか……最悪の可能性がよぎる。
「があああっっ!!」
男性がまたしても俺めがけて飛びかかってくる。
捕まれば命の保障はない。
額に嫌な汗が滲む。
けれどそんな命の危険の中でも、俺はどこかで、ほっとしていた。
これでようやく終われる……と。
なんでもいいので、感想をもらえるとうれしいです




