第五話 茶色いスープ
今回はエルメア視点です。
ぬかった・・・。地に伏しながらエルメアはそう思った。ノイリーと共にミノタウロスの群れの討伐にイロイヒの森に来ていたのだが天候が悪く、討伐が終わったと同時に土砂崩れに巻き込まれてしまった。幸い隣にノイリーもおり、生きているようだが体中にけがを負い気を失っているようだ。かく言う私もかろうじて意識を保っているだけだ。このままではいけないと思いつつも徐々に意識が遠のいていくのだった。
「・・・メア、エルメア、起きてください」
少しの焦燥感を混じらせた聞き慣れた声に意識が覚醒していく。目の前には黒髪に眼鏡を携えた女の子の顔が映った。どうやら私より先に目を覚ましたノイリーのようだ。その顔を見て安堵を覚え、彼女も同じような表情をしてすぐに焦った顔をした。
「目を覚ましてよかったです、エルメア。目を覚まさなければどうしようかと・・・。でもまずいですよ、私たち食べられちゃいます!!」
私の身を案じてくれていたであろう者の言葉に思わず目を見開く。食べられる?一体何に?
「あれを見てください。あれ、ドラゴンですよ!!あんな強そうなドラゴン見た事ありません!!しかもあんなに大きな鍋をかき混ぜてるんですよ!!きっとあそこに私たちを入れて食べるつもりなんです!!」
半分涙目になりながら小声で叫ぶという器用なことをしている彼女の後ろに目を向ける。全長5メートルはあろうかという漆黒の鱗を身にまとった巨大なドラゴンの背中が見えた。なるほど、あれは確かに強そうだ。
しかし食べられると言う状況には違和感を覚える。自身の体に目を向けると怪我はすっかりと治っているようだった。意識を失う前は動けないほどであったのにだ。見ればノイリーも同様に元気そうだ。食べる獲物を回復させるものだろうか?そんなことを考えていると目の前のドラゴンが振り返った。
体と同じように漆黒の鱗におおわれた顔に黄金に光る瞳がこちらを捉える。自身の体が少し強張ったのを感じる。ノイリーはすでに泣き顔だ。
『気がついたか、体の調子はどうだ?』
そう問いかけられて思わず固まってしまった。まさかドラゴンに話しかけられるとは思いもしなかった。しかし黙っているわけにもいかないので緊張気味に答えた。
「うん、大丈夫そう」
『そうか、それはよかった』
「あなたが治療してくれたの?」
『そうだ』
そういってドラゴンは視線を戻しまた鍋をかき混ぜ始めた。少し緊張を解くと、良い香りが漂っていることに気付く。どうやらあのドラゴンがかき混ぜている鍋から香っているようだ。ドラゴンが料理?と不思議に思っていると、両手に器を持ってこちらに近づいてきた。ドラゴンが持つには明らかに小さいであろう器におかしく思い、笑いそうになっていると声をかけてきた。
『腹が減っているだろう、食べるがいい』
そう言って器を渡された。これを食べろと言うことなのだろう。しかしドラゴンが料理を作るなんて聞いたこともない。どうしようかと思っていたら隣からものすごい勢いで食べる音が聞こえてきた。
「おいしいです!!めちゃくちゃおいしいですよエルメア!!」
口いっぱいに頬張りながら感想を言うノイリーに苦笑いを浮かべる。先ほどまで涙目になりながら食べられると言っていたのが嘘のようだ。そんな仲間に若干呆れつつ私も料理を口に運ぶ。
「・・・っ、おいしい!!」
たくさんの野菜とキノコ、肉が入った茶色のスープで、いつも食べている野菜スープと違いスープにしっかりと味が付いており、しかし優しい味がした。思わずドラゴンの顔を見るととても優しそうな顔で私たちを見つめていた。その表情を見て、ああこのドラゴンはきっと優しいドラゴンなのだろうと思ってしまった。
隣でドラゴンにお代わりを要求している図太い魔術師を見ながら、おいしいスープに舌鼓を打つのだった。
ドラゴンが作ったスープ
魚の粉末で出汁を取って味噌を溶かして作ったスープ。まるで田舎のおばあちゃんが作ってくれる豚汁のような優しい味わい。