第四十四話 コーヒー
コーヒーと聞いてツツジが顔をしかめた。
「私はあれ嫌いよ」
「はっはっは、そういえばツツジさんは苦手でしたね」
『コーヒーとは?』
「苦いだけよ」
「炒った豆で淹れた飲み物ですよ、飲んだことがないのでしたら一度どうですかな?」
そう言われて俄然興味が沸いてきた。マスターに注文をすると嬉しそうに用意に行ってしまった。
「知らないわよ、私」
『そこまで苦いのか?』
「少なくとも二度と飲みたくないくらいには」
そんな会話を交わしているとマスターが戻ってきた。
「こちらがコーヒーです。ツツジさんにはこちらを」
そう言って渡されたカップには真っ黒な液体が湯気を出しながら揺れていた。漂ってくる香りは、お茶や紅茶とは違い少し何かを焦がしたような香ばしいものだった。口に含むと確かに苦い、飲み始めも飲み終わった後味も苦みが口の中に広がる。しかしそれだけでなく鼻を通り抜ける香ばしい独特の香りや、苦みの中に感じるこれも独特の香ばしさなどは癖になりそうだ。
「どうですかな?」
『私は好きだな』
「そうですか!!いや、クロ殿ならそうおっしゃると思いましたよ」
上機嫌でマスターは追加のコーヒーをカップに注いでくれた。夏には冷たく冷やして飲むのも美味いらしい。
「今ツツジさんが飲んでいる物も元はコーヒーなんですよ」
「・・・え?」
まるで時が止まったかのように呆然としているツツジを見ながら、悪戯が成功したような茶目っ気のある笑みを浮かべながらマスターはそう言い放った。
「コーヒーを元に牛乳と砂糖で割ったものを冷やしているんです。甘みがあって女性にも飲みやすいと思ったのですが思っていたとおりですな」
元々苦いものを甘く調理をするというのは驚きだ。食材の持ち味を生かす料理を作るのが普通である、私もそうしている。しかしマスターはあえてその苦みを甘みの中に隠すように調理をしている。発想もそうだがそれを完成させる技術も相当なものだ。やはり人間が作るものは素晴らしい。街に入れるようになって良かったと思うと同時にもっと早く街に入りたかったとも思う。
「またお待ちしていますね」
「ごちそうさま」
『美味かった』
店を出て帰路に着く。また来ると約束し今度は私の作った料理を振る舞うとも言った。人に料理を振る舞うのは好きだが良く考えると同じ料理人に振る舞った事はほとんどない。今日行ったように料理に対して意見を出し合うのは新鮮でありとても有意義だった。
「いいお店だったでしょ?」
『そうだな、連れてきてくれてありがとう』
今度街に行く時は紅茶に合うであろうお菓子を作って、ツツジと共にあの店に行こう。そんな会話をしながら新しい料理を考えつつ街の外に帰るのだった。




