第二十話 邂逅
今回は少女の視点です。
本当に何気ない行動だった。森の中ではありえない、それこそ街中でしかあり得ないとてもおいしそうな香りがした。普段ならば他の冒険者だろうと無視をして、真っ直ぐ街に帰っていただろう。しかし依頼も完遂し、お腹が空いていたこともあってか、私はその匂いの先に足を運んだ。
その先に居たのは予想もしなかった者であった。後ろ姿であるがそれはドラゴンであるとわかった。全身が漆黒の鱗におおわれており、長い尻尾を携えた大きなドラゴンが目の前にいた。
ありえない。こんなところにドラゴンが居ることもそうなのだが、目の前のドラゴンからは全く気配を感じないのだ。人間の中でも気配を殺すことができるものが居るがそんなものよりもよっぽど上手く消している。よっぽどの相手ではない限り負ける気はないが、目の前のドラゴンはそのよっぽどな相手であろう。
しかし妙なのだ。明らかにこの香りはドラゴンがかき混ぜている鍋からしている。ドラゴンが料理など聞いたことが無い。おそらく知性はあるのだろう。であれば接触するべきだろう。このまま未知のドラゴンを放っておくわけにはいかない。これでも最上位冒険者に名を連ねているのだ。最悪逃げ切るぐらいは何とかなるだろう。決心を固め後ろから声を掛けた。
「とても良い香りがするね」
すると大きく長く伸びた首がこちらを向いた。顔も体同様漆黒の鱗におおわれており、黄金の瞳が私の姿を捉える。その目をみた瞬間に悟った。あれには勝てない。逃げ切れるかも怪しい。震えそうになる体を必死に抑えてさらに言葉を重ねる。
「これあなたが作ったの?」
『そうだ』
「そうなんだ。あまりにも良い香りがしたから覗きに来ちゃった」
『えらく深いところまできていたのだな』
そう言ってドラゴンは不思議そうに長い首をかしげた。見た目と重厚な声からは想像もしなかったかわいらしい仕草に思わず笑みがこぼれる。
「こう見えても一応腕ききなんだよ。依頼されたから森の奥まで来てて、今帰りなんだ」
『そうだったのか』
「こんな良い香りを嗅いじゃったからお腹がすいちゃった。早く帰ってご飯を食べたいよ」
『よかったら食べるか?』
「・・・え?いいの?」
『ああ、見ての通りたくさんあるからな。1人分ぐらい構わない』
何気なく会話を続けていたらおもむろにそんなことを言い出し、こちらに出来上がったものを差し出してきた。断るに断れない空気と、目の前から立ち込める食欲をそそる香りに抗い切れずに器を受け取った。
「ありがとう」
私はそう言って差し出された料理を口にした。
「・・・!!おいしい!!」
思わずそう口にしていた。肉やジャガイモが入った煮込みは優しい決して濃い味付けではないのにしっかりとした味が口の中に広がっていく。スープは様々な野菜が入っており、優しい味がした。米をそれだけで食べるのは初めてだったが、煮込みとスープと一緒に食べることで、さらに味わい深く感じた。
食べ終わると同時に暖かい緑色の飲み物を渡された。渡された飲み物を飲みながらドラゴンに話しかける。
「こんなにおいしい料理は初めてだよ。ごちそうさま」
『そうか、それは良かった』
「そろそろ日も沈み始めてるからお暇させてもらうね」
飲み物を飲み終えた私はそう言って立ち去る。その時に少し寂しそうに見えたので思わず付けくわえた。
「またね、ドラゴンさん」
そう言って今度こそ私はその場から立ち去った。最初はどうなる事かと思っていたが、あれは大丈夫だろう。根拠はないが私の勘がそう言っている。またあの料理が食べられる日が来ればいいな。そう思いながら街への帰路に着くのであった。
最上位冒険者
冒険者登録している中でも最も実力がある者に与えられる称号。現在は三人おりそれぞれ「魔剣」、「天断」、「閃光」の異名で呼ばれている。




