第十三話 角煮
「と、言うわけでわしらが使っとる魔法と、クロが使っとるものは根本的に違うと考えておるのじゃよ」
そう言って、鍋をかき混ぜている私に語りかけるのはバフである。普段の様子ではとても考えられないような、真剣な眼差しで語っている。普段はただの飲んだくれの老人であるが、人間界では〈賢者〉と呼ばれるほど知識が豊富で魔法にも精通している。
そんなバフとは時折こういった討論をしており、たまに実験も行ったりしている。今回は料理の合間なので会話だけである。
さて、今日はオーク肉の角煮を作っている。今朝がた、エルメア達にお弁当を持たせて街に送り出した後、オークの肉を四角く切り分け、鍋に水を沸かし緑ネギとたっぷりの生姜を入れ、一緒にオークの肉を茹でる。茹であがったら、ゆで汁を少し捨て、鍋に醤油、砂糖、清酒を加え、さらに輪切りにした大根と茹で卵を加えてじっくりと煮込んでいく。
いつもならば〈時間促進〉の魔法を使って味が染み込むまで一瞬なのだが、今日はバフと話しながらなので使わずに煮込んでいく。
「つまりクロは精霊魔法を使っておるのではということじゃ」
『それは違うぞ。私は精霊共には魔力を借りておらん』
「なんじゃと!?ではどうやって・・・。」
ぶつぶつと呟きながら自分の世界に入って行くバフをしり目に、私は鍋のものを煮込んでいく。人間は自身の魔力を使い、魔法を使うのに対して魔物は周囲の魔力を取りこんで使う。精霊魔法はエルフやドワーフが精霊に魔力を借りて使うもので、少し毛色が異なる。
そう言った事象をまとめ、考え、予測し、実験を重ね、結果を出していく。今まさに目の前でそれを行っている男が、〈賢者〉と呼ばれるようになった所以である。
そんな男をしり目に私は鍋のものを煮込んでいく。良い煮込み加減になる頃にはもう日が沈みかけているところであった。
「くぅー!!うまいっ!!肉といい、大根といい、卵といいよく味が染み込んでおり酒にもよく合う」
うまそうに料理を口にして酒を煽る姿は、先ほどの〈賢者〉と同一人物とは思えない。そんな飲んだくれの様子を見ながら私も料理を食べ始める。肉はしっかりと煮込まれて味が染みておりほんのりと生姜の風味が鼻を抜け、口に入れると肉がホロホロと崩れていく。大根と煮卵にもしっかりと味が染みており、長時間煮込んだ甲斐があったというものだ。
魔法を使わずに料理をするのは時間がかかり面倒な時もあるが、こういった日もまあ悪くはないだろう。
緑ネギ
白いところが無く、すべての部分が緑色のネギ。普通のネギを栽培していると三分の一が緑ネギとなるが、なぜそうなるか未だに解明されていない。
精霊
目に見えない魔力の塊。仲の良い相手や契約相手には魔力を分け与えることができる。自我をはっきりと持っているが非常に子供っぽい者が多い。




