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最終章 コートの秘密

 それからすぐに私たちは亜麗砂(あれさ)の部屋を出て、当該殺人事件の捜査本部が置かれた所轄署に急行した。理真(りま)は自分の身分を開示して推理を披露し、亜麗砂が目撃した男の似顔絵描き作業が開始されることとなった。

 似顔絵が完成すると捜査員たちはそれぞれコピーを持ち、現場周辺で「オーバー外套コート男」の目撃情報を拾う聞き込みが大規模に行われることとなった。

 結果、理真の推理は正しかった。



「犯人は被害者とは全くの他人だったわ。狭い路地裏ですれ違うときに、肩がぶつかったのぶつからないので口論になったんだって」


 捜査一課の丸柴栞(まるしばしおり)刑事が言った。私と理真、亜麗砂は、彼女に誘われて、おしゃれなレストランでディナーをいただいている。


「それで刺しちゃった、と」


 理真が肉汁したたるステーキを頬張った。


「そういうことだって。ま、普段から折りたたみナイフを持ち歩いているだなんて、そもそもその男もどうかしてたのよ。しかし、今回はあれさんに助けられたわ。ありがとう」


 丸柴刑事は事件解決の立役者、能登(のと)亜麗砂に向けて片目をつむった。


「そんなー。丸ちゃんを助けたのは、私じゃなくて理真ちゃんだよー」


 亜麗砂は、ぶんぶん首を横に振る。そうね、と丸柴刑事も素人探偵を向いて、


「でも、あれさんの話だけで、よくその男が犯人だって分かったわね。供述によると、何もかも理真の推理どおりだったそうよ」


 被害者を刺したことで、犯人は着ていたコート――ベージュのロングコート――を返り血で派手に汚してしまうこととなってしまった。こんな状態になったコートを着続けていられるはずがない。かといって、現場に残していくことも出来ない。犯人の着ていたコートはオーダーメイドの品のため、調べられれば一発で購入者を特定されてしまうものだった。が、犯人にとって幸いだったのは、犯行時はコートのボタンを全て留めた状態にしていたため、返り血はコートにしか掛かっていないということだった。このコートさえ何とか出来れば……。

 そこで犯人は、コートを二着盗むことを思いついた。選ぶコートの条件は、どちらか一着がロングコートであること。

 とりあえず現場にコートを置いた犯人は、急いで近くの喫茶店や食堂から客がハンガーに掛けていたコート二着を拝借することに成功した。一着は黒のロングコート、もう一着はグレーのハーフコートだった。犯人は、返り血を浴びた自分の持ち物であるベージュのロングコートを右腕に提げ、その上から黒のロングコートを被せた。その目的は言うまでもなく、自分のコートを染めた返り血を隠すためだ。

 この工作だけでも、とりあえず犯行の証拠をそれと知られることなく持ち歩くことは出来るようにはなるが、もうひとつ問題があった。

 それは、その日が普段以上に寒い日であったということ。犯人は犯行後の興奮と焦りから体が火照り、コートなしでも外を歩くことに支障は感じていなかったというが、他人はそうは思わない。こんな気温の低い日にコートもなしに屋外を闊歩するというのは見た目どうしても不自然に映る。加えて、自分は二着ものコートを腕に提げているというのに、そのどちらも羽織っていない。この極めて異常な状況を隠蔽するために、犯人は自分が実際に羽織る分も含め、コートを二着何としても盗み出す必要があったのだ。

 しかし、首尾良く犯人が入手できたコートはロングとハーフという組み合わせだった。自分のロングコートを覆い隠すために使うのは、絶対にロングコートでなければならない。そうなると必然、犯人が着るのは残るハーフコートということになる。そのハーフコートの所持者は、男性としては背の低い人物だったらしい。平均的な身長の自分にはサイズが小さく、窮屈なものであったとしても、犯人はそれを着るしかなかったのだ。


「しかもー、今回は理真ちゃん、現場に行くことも関係者に聴取することもなく、私から話を聞いただけで事件を解決しちゃったでしょー、本当、凄いよー」


 理真に対する亜麗砂の絶賛は止まない。


「安楽椅子探偵、っていうのよね」


 丸柴刑事が、この手の探偵に付けられる称号を口にした。


「安楽椅子探偵かー、理真ちゃん、かっこいい」


 なおも続く絶賛を受けて、安楽椅子探偵は少しだけ頬を染めてステーキを頬張った。


「あ、そうだ。ねえ、理真ちゃん、ついでと言っちゃ何だけど、実はね、もうひとつ解いて欲しい謎があるの」


 今度は何だ? まさか、二本のズボンを持って、当然自分もズボンを履いた(履いていなかったら謎以前に大問題だが)男を目撃した、「ジーンズズボンデニム」事件とか?


「あのね。うちに来るお客さんで、不思議な人がいるの。私はいつも見かける常連さんなんだけど、バイトの男の子にそのお客さんの話をすると、『そんな人、見たことない』って言われるの。おかしいと思わない? 幻のお客さんよ。その人はね、三十代くらいのサラリーマン風の男の人なんだけど、来る度にいつも私によく話し掛けてきてくれてね……」


 一瞬シリアスな顔になった理真だったが、すぐに、何だ、という顔になってステーキを切る作業に戻った。それくらいの謎ならワトソンの私にだって解けるが、解くのも馬鹿馬鹿しい謎だ。

 亜麗砂が語る、いつも笑顔で声を掛けてくるという「幻のお客さん」の話を聞き流しながら、私は追加のお酒を選ぶためドリンクメニューを手に取った。

 お楽しみいただけたでしょうか。

 本作は作中にも書かれているとおり、都筑道夫の「退職刑事シリーズ」のうちの一作「ジャケット背広スーツ」のオマージュ作品です。

 この「退職刑事」は、現役を引退した老刑事が、現役刑事である息子から事件の話を聞くだけで、実際に捜査や聞き込みに足を運ぶことのないまま事件を解決する(もしくは重要な打開策を思いつく)という内容の、いわゆる「安楽椅子探偵もの」です。「安楽椅子探偵」も本格ミステリの人気ジャンルのひとつで、いつか書いてみたいと思っており、今回こうして形にすることができました。ただ、本作は既存作のオマージュのため、次は完全オリジナルでまた「安楽椅子探偵」を書いてみたいですね。


 最後までお読みいただき、本当にありがとうございました。

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