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第2章 安楽椅子探偵開始

「私、知らないこと以外は何でも答えられるわよー!」


 当たり前のことを堂々と言う能登亜麗砂(のとあれさ)に、理真(りま)はさっそく、


「まず、その男の着ていたコートは? どんなのだった?」

「うんとね、ハーフコートだった。丈がお尻の辺りくらいまでしかないやつ。色はグレーだったかな」

「じゃあ、腕に提げていた二着は?」

「確か……黒とベージュ」

「タイプは? やっぱりハーフコートだった?」

「ううん。それはどっちもロングコートだったと思う。二つ折りにして腕に提げていても、結構長さがあったから」

「その男の人、コートの下にはどんな服を着てた? もしくは、着ていなかった?」


 それじゃただの変態だろ。しかもハーフコートでなら一発で逮捕ものだ。


「背広だった。色は濃いグレー。シャツも暗めの色だったと思う。ネクタイはしてなかったかな。靴は黒い革靴だったよ」


 理真のボケを華麗にスルーして亜麗砂は答えた。意図してなのか天然なのかは分からない。


「なるほど」

「ねえねえ、理真ちゃん、どうしてその男の人はコートを二着も持ち歩いていたのか、推理できる?」

「ちょっと待って、いくらなんでも情報が足りなすぎるわ。他にもいくつか聞かせて。まず、その人は提げているコートをどんなふうに扱ってた? ぞんざいにしてた?」

「ううん。とても大事そうにしてた。風が吹いてコートがまくれそうになったときがあったんだけど、そのときはコートの上から左手を添えてたもん。コートが飛ばされないようにしたのかな?」

「あれさんと目が合うと、腕時計を見たんだよね。そのときはどうだった? 何かおかしいなとか思った?」

「うーん……そうね。何だか、私の視線を避けるような感じだったかな。思わず私と目が合っちゃって、急に視線を逸らしたから、それを誤魔化すために腕時計を見たっていう、そんな感じだった」

「腕時計を見るときは、どうだった? こんなふうに」と理真は床に突いていた自分の左腕を胸の前で水平にして、「普通に見た?」

「うん。でも、腕時計の見方に普通も特殊もあるの?」


 亜麗砂は首を傾げたが、理真はそれには答えを返さないまま、


「そうか。ねえ、その男の人の歩き方は、どんなふうだった?」

「足早だったことは言ったよね。何だか急いでるみたいだったな。表情もちょっと怖かったし。こんな感じ」


 亜麗砂は眉間に皺を寄せて睨み付けるような目つきをした。〈とらとりあ〉には亜麗砂目的で常連になった男性顧客が何人かいるという噂を耳にしたことがあるが、彼らには決して見せられない顔だ。


「その人の身長は? 高かった? 低かった?」

「私より高かった」


 女性としては高身長の亜麗砂よりも高いということは、男性としては平均かそれ以上の身長だとみていいだろう。


「もうちょっと、いい?」と理真は質問を続けて、「二着のコートは、どんなふうに腕に提げてた? 左右に並べるように? それとも重ねてた?」

「重ねてた」

「どっちが上?」

「黒」

「重ねてたのに、二着とも色が分かったの?」

「うん。完全に重なってたわけじゃないし、下にしてたグレーのコートのほうが少しだけ丈が長かったから」

「そう……。あれさんのほうから、他に何かある? 今まで私に訊かれたこと以外で気付いた点とか、ない?」


 亜麗砂は、ぶんぶん首を横に振ってから両手を上げて、


「もう何にもなし。すっぽんぽんです」


 すっからかん、ね。私も理真も言葉の間違いは正さなかった。


「そうか……」と理真は、「それじゃあ、『オーバー外套コート男』の概要を整理しよう。その男は濃いグレーの背広、暗めの色のシャツを着て、その上にグレーのハーフコートを羽織っていた。ベージュと黒のロングコートを右腕に提げていた。その二着のコートは大事そうに扱っていた。あれさんと目が合って視線を逸らした。それを誤魔化すように腕時計を見た。怖い顔をして急いでいるように見えた。身長は男性としては平均的か高いほう。こんなところだね」


 ばっちり、と亜麗砂は右手親指と人差し指で輪っかを作る。


「加えて、その日は寒かったのよね。ホット飲料がいつも以上に売れるくらいに」

「そうそう」と、これにも亜麗砂は同意して、「どう、理真ちゃん。何か分かった?」

「分かったというよりも、分からないことがある」

「え? なに?」

「まず、男が着るコートのセレクトがおかしい」

「おかしいって、どうして?」

「男が着ていたのはハーフコートでしょ」

「うん」

「で、腕に提げた二着はロングコートだった」

「うんうん」

「三着ある中から、どうして選りに選ってハーフコートを選んだ? いつも以上に寒い日だったのに」

「あ、そう言われてみると」

「ロングコートがあるなら、普通そっちを着るでしょ」

「ロングは二着とも他人のものだったんじゃないの?」


 私も口を挟んでみた。亜麗砂は、おおー、と感心したような声を上げているが、別に感心されるような推理でもないぞ。私の意見に対して理真は、


「別に着るくらいいいでしょ。減るものじゃないし。それに、実際に着ていたハーフコートも、その男のものじゃない可能性が高いわ」

「どうして?」

「腕時計だよ」

「腕時計?」

「そう、あれさんの話だと、男は普通に腕を水平にして腕時計を見たんだよね」

「そうだね」

「おかしいじゃない」

「どうして?」

「だって、ほら、コートってさ、防寒目的のものだから、普通の服よりも袖が長めになってるじゃない。だから、腕時計を普通に見ようとすると、袖で隠れて見えないでしょ」

「……ああ、確かにそうだね」

「だから、コートを着た人が腕時計を見ようとすると、反対の手で袖をめくるか、こうして」と理真は勢いよく片腕を天井に向けて、「腕を上げる動作で袖を引き下ろしてから見る場合がほとんどじゃない。でも、あれさんは男がそういった動作をするところは見なかった。そうでしょ?」


 理真に顔を向けられた亜麗砂は、


「うん。腕時計をしていない右手はコートを提げるので塞がってたから、そもそも左の袖をめくれないし、今、理真ちゃんがやったみたいな腕を上げる動きもしなかった」


 でしょ、と理真は、


「ということは、男が着ていたコートの袖は、腕時計が隠れない程度の長さしかなかったということになるわ。つまり、サイズの合わないコートだったという可能性が高い」

「だから、自分のものではないと」


 私が言うと理真は頷いた。


「えー、そんなのおかしいわよ」と亜麗砂が頓狂な声を出して、「あんなに寒い日だったのに、自分のものでもないハーフコートを着ているなんて。他に二着もロングコートを持っているのに」

「その提げていたうちの一着が自分のコートだったの」

「えっ? どっちが?」

「下になってたほう。ベージュのロングコート」

「どうして自分の、しかも、ずっと寒さをしのげるロングコートを持っているのに、わざわざサイズの合わない他人のハーフコートを着てたの?」

「それはね……」と理真はひと呼吸置いてから、「その『オーバー外套コート男』が、数日前に起きた殺人事件の犯人だからよ」

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