アジトを求めて 5話
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「悪い知らせからお願いします。」
先程尋ねられた答えを口に出す。まずは対処の必要な方を一早く知っておきたい。
「・・・もうすぐ前方、つまり大通りに通じる出口付近に警察側の人間が現れます。」
「前方って・・・不味い、退路を防がれる!?」
私は慌てて出口に振り返る。
まだ警察側の人間は現れていない。
「人数はわかりますか?」
「1人ですね。大学生くらいの人だと思います・・・あっ、来ちゃいましたね。」
彼の言う通り、青色のジャージ姿が現れた。年も恐らく大学生くらいの年齢だろうと推測できる。
大通りへの道を塞いだ警察の彼は、その場所に陣取り私達の道を阻む。
・・・完全に道を塞がれた。
逆方向にはパパに脅された大勢が押し寄せて来ている。
奇しくも再び挟み撃ちされる格好になってしまうとは・・・
「いい知らせは、彼を覗けば大通りに人はいません。」
「此処を突破すれば、アジトまでは障害は無いんですね。」
「その通りですね。」
支給されたインカムは各陣営に5つ、恐らくパパも全員の所在は把握していないのだろう。
警察側陣営でインカム所持者は、メンバー的に考えてもパパ、純ちゃん、武井さんの3名は連携を取ってくるだろうから、後の2人の情報が欲しい。泥棒側が牢屋に収監された時の事を考えると早めに知っておきたい。
それにしても、彼の情報はリアルタイムでその場を見ているようだ。私達の周囲で起こる事をまるで俯瞰から覗いているような印象を受ける。
だけど、その事については後でいい。彼の居場所にはおおよそ検討がついている。
「1つ確認したいんですけど、私とあなたがインカムを使用しているとして、他の3人は使用しているんですか?」
グループ登録出来るのが6人で、その内の1人は番組構成作家で運営側の坂井さんに繋がっている。これで3人なので、残り3人からの声が一向に私の耳に入って来ていないのはおかしい。
「・・・えっと、その、皆さん・・・憧れのLINKSと話すのが恥ずかしいそうです。」
「シャイですか!?」
どうりで一向に聞こえてこない訳だ。
「・・・あっ、もしかして、私の叫び声とか聞こえてました?」
「はい、バッチリと聞こえてました。」
一生の不覚、恥ずかしくて真紀の背中に顔を埋める。
「なんだエリ、求愛行動か?」
「違うわよ馬鹿!」
「西園寺”先輩”は相変わらずですね。」
その言葉を私は頭に刻む。色々と頭の中で繋がった気がした。
「と・に・か・く、皆さん聞こえているなら、リーダー命令です。全員一旦泥棒エリアに引いて下さい。インカム使用者は近くの仲間に伝言した後、本陣で待機をお願いします。」
「「「了解。」」」
ちゃんと話せるだ・・・良かった。
「私達はこのまま、道を塞ぐ彼の銃を奪ってアジトに入り”リーダー特権を使用します”。その時にお互いの情報を交換しますので・・・・・・ちゃんと話して下さいね。」
最後の言葉に圧をかけて、釘をさしておく。
「「「イエッサー!!」」」
「それでは、皆さん行動を開始して下さい。」
「「「イエッサーーー!!」」」
「あの親にてこの娘ありか。」
「血は争えないんだね~。」
2人の言葉に疑問を感じるが、今は大通りを塞ぐ敵に集中する時だ。
◇
□□
私は振り向いたまま相手の姿を確認する。
彼の位置は路地の中央、足は開いているが左右に私達なら通れるぐらいのスペースが存在していた。
「で、リーダー作戦は?」
「私が彼をどかすから、彩がその隙間に滑り込んで銃の確保、真紀は私達のサポートをお願い。」
「任せて~。」
元気よく返事をした彩が、急に小さな声で何かを呟き始める。
すると徐々にだが、彩の目が開きだす。
「真紀、3m程手前で私だけ飛ばせる?」
「お安い御用だ。ジャンプ台になってやるから、しくじるなよ。」
目測での距離が20mを切る。
「彩、バズーカ借りるね。」
集中している彩から、装填済みのバズーカ砲を借り最後の弾をポケットにしまい込む。
残り15m。振り向いていた顔を戻し、ここより先は前だけを見据える。
追っての人達との差は十分にあるのを確認。
「真紀、カウント任せた。」
私は真紀の肩に両手を載せてタイミングを合わせる為、集中を開始する。
残り10m。真紀がカウントを開始する。
「3・・・・・・2!」
真紀の上半身が前方に曲げられ、私と彩の靴が地面を擦れる。
「・・・・・・1!」
急停止を掛けた真紀の足が地面を滑り、私は地面を蹴って彼女の肩に両足を着地させた。
「行ってこい、エリ!」
「了解。」
曲げられた上半身が勢いよく戻され、その反動が私の両足に凄い力となって加わえられる。
力を逃さない刹那のタイミングを見極め、私は宙返りを実行した。
私の身体が放物線を描き、空高く舞い上がる。
身体に浮遊感が生まれ上下の感覚が一瞬だけ狂い、そして元の状態に戻った所で、私は道を塞いでいた人を容易く飛び越えた事を確認する。
降りるまでの僅かな滞空時間の間に、私は左右に視線を向ける。
(見つけた!)
空に浮かぶ白い物体を右の方で確認。
そのまま着地に備えた。
ダンっと言う重い音と衝撃が私の両足に響く。
(つぅ~~、もう少し加減しろ、馬鹿真紀。)
痺れる両足を無視してバズーカ砲を構えた私と、驚きの声を上げて彼がこちらに振り向いたのは同時だった。
彼の身体は半身になり、路地には2人が通れるスペースが出来ている。
狙いは大通りの方に出ている左足。
(彩には敵わないけど・・・・・・この距離なら!)
発射音と共に打ち出された弾は狙い通りに彼の左足に着弾し、弾本来の粘着性を遺憾なく発揮する。
べっとりした粘性が地面と彼の足を強制的に繋ぎとめたのだ。
私はすぐに弾の装填を開始、路地の方でも2人が動き出している姿が見えた。
「彩、準備はいいか?」
「・・・あの人は武井さん・・・あの人は武井さん・・・エリちゃんを虐める悪い人。」
暗示のような言葉を呟き続けた結果、彼女の目は完全に開いていた。
「怖えよ!・・・でも、今のお前なら行けるな?」
「大丈夫、真紀ちゃんお願い。」
「そんじゃ、もういっちょ!」
両手で彩を抱えた真紀が、野球のサイドスロ-のような姿勢で彼女の身体を押し出した。
路地の空いているスペースを狙って、彩の身体がスライディングのような姿勢で地面を滑りぬける。
その速度に警察側の人は反応が出来なかった。
2人がすれ違う瞬間に彩の右手が素早く動く。
狙いはあくまでも銃。
鋭くそして最短の距離を通る彩の右手は、抵抗出来ない彼の太腿へと伸ばされ
警察側の弱点たる銃を掻っ攫う。
滑り抜けた彩は大通りに座り込み、自慢げに奪った銃を見せびらかした。
「ふっふ~ん。ざっと、こんな物ですよ。」
「ああああーーー!?」
銃を奪われた彼が悲鳴を上げて、慌ててこちらに身体を向ける。
・・・そして、この時を私は待っていた。
彼に向けて最後の鳥もち弾を発砲する。
弾は狙い通りに彼の右足に着弾し右足を固定、これで両の足を封じられた彼は路地の壁となった。
間を通り抜ける事も出来るけど、少しの間の時間稼ぎくらいにはなるだろう。
「ごめんなさい、少しの間そこにいて下さい。」
「エリちゃん、容赦なさすぎです。」
しゅんと項垂れる彼に、何度も頭を下げた。
「よっと、上手くいったようだな。」
壁となった彼の頭上を飛び越えて真紀が着地。
「2人ともお疲れ様。特に、彩、凄かったよ。」
「えへへ、すごかったでしょ~。」
「私は、私は?」
「あんたはいつも通りでしょうが。」
彩の頭を撫でていると、真紀は気にした様子も無く路地裏に向かって
「はん、警察がなんぼのもんじゃい、LINKS舐めんなよ。」
ビシッと中指を立てて煽り立てている。
こういう所を見ると血は争えないんだなと、真紀のお父さんの顔を思い浮かべてしまう。
「ほら、そんな事してないでそろそろ行くよ。」
「・・・なぁ、エリ、何であいつら速度緩めないのかな?」
「そんな訳ないでしょ・・・・・・すいません、ちょっと失礼しますね。」
壁になった彼の横からひょこっと首を出して、路地裏を覗き見る。
そこには目前に迫る壁を物ともせずに突き進もうとする人達の姿があった。
「・・・へっ!?」
一列で路地裏を駆けてくる彼等に変化が生じる。
先頭をひた走る大柄な男の人が、列から飛び出したのだ。
体勢を低く両手を前に突き出し、まるでタックルをしかけるように猛然と駆けだした。
止まる所か逆に速度を上げるなんて・・・
「ちょっと待って、ぶつかる、ぶつかりますって!」
慌てて拘束されている人の手を引っ張り、横にどかそうと試みる。
あ、駄目だこの人全然動かない。
衝突する、そう思って私はぶつかる瞬間に目を塞いだ。
「・・・あれ、何ともない?」
2人の男性がぶつかった音がしない。
恐る恐る目を開く・・・・・・すると、そこには異様な光景があった。
壁になった男の人の股の間から、タックルをしかけた男性の頭だけが突き出していた。
私と男性の目が合う。
お互いに少しの沈黙が生まれた。
「・・・あの、何してるんですか?」
思わず思っていた事を口にしてしまう。
私の言葉に大柄な男性は少し照れてから、壁になっていた男性の太腿を両腕で抱え込み
「うぉおおおお――――――!!」
雄叫びを上げて肩車をしかける。
固定されていた両足の鳥もちを気合と共に引き千切りながら、高々と男性を抱え上げた。
「「「えぇええ――――――、そうするの!?」」」
そのまま大通りに踏み入り、男性を降ろす大柄さん。
「自分、ラグビーをやってますので。」
そんな気はしていた。私は引き攣った笑みを浮かべ
「・・・そうなんですか、それじゃ、私達はこの辺りで・・・・・・逃げろ――――!!」
全速力で後退した。
間をおかずに、大通りに残りの追っての人達が雪崩れ込んでくる。
真紀が彩を抱えて、私のすぐ横を走った。
「アジトはどこだ?このままじゃ追いつかれるぞ。」
静から動への突然の切り替えで、私達はまだトップスピードに乗り切れていない。
一方向こう側は最高速でこちらに迫ってきた。
互いの距離が徐々に縮まっているのがわかる。
「正面の八百屋。いいから振り切って・・・・・・ひゃぁ!?」
危ない、伸ばされた手をギリギリで躱す。
眼前に見える八百屋のたにぐち、そこが警察エリアに用意された私達の唯一のアジト。
店前では、前掛けを着けた優しそうなおばちゃんが手を振っていた。首からぶら下げたストップウォッチを持って
「「「おばちゃん、どいて――――!!」」」
私達の必死の形相におばちゃんは、”あらあら”と言って横に退避する。
「飛び込め――――――!!」
私と真紀が同時に滑り込むように飛び込み、3人がもみくちゃになりながら店内で停止した。
2人の下敷きになった私は、息も絶え絶えのままインカムに話しかける。
「はぁ、はぁ、・・・・・・坂井さん、リーダー特権を使用します。」
それは、泥棒側で私のみが使える権限だった。使用中のアジトの時間延長、これを3回まで使用出来る。
「はいは~い、承諾しました。それでは、現在このアジトに入ってるLINKS3人の使用時間を5分から10分間に変更します。お分かりとは思いますが、時間を過ぎたら30秒以内にアジトから出ないと強制的に牢屋に収監されますので、お忘れなく。それでは残りの特権は2回ですので、皆さんご健闘を」
通信が終了して私はその場に倒れこんだ。まぁ、元より下敷きにはなっていたのだが・・・
髪は乱れるし身体は重い、もう本当に疲れた。
日曜日の休日、しかも仕事がoffだった日に必死に走り回って、こうして倒れこんでいる。
本来なら今頃は家でのんびりと映画を見たり、買い物にでも出かける予定だったのに・・・
・・・何でこんな目に遭っているのだろう。
私の思考は原因となった事の発端を思い出す。
・・・そうだった、確かあれはラジオの2回放送の時にあのクマが言い出したんだった。
次は、少しだけ時系列的に戻ります。