里中 源次郎 4話
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大通りへと続く路地に、警察側の人達が押し寄せた。
それは人の群れ、このゲームが始まってから見るその数10名。
敵側の総数の3分の1が私達を追って来ている事になる。
狭い路地に雪崩れ込んで来たのはいいけど、我先にと私達を捕まえようと必死になり、商店のゴミ箱等を勢いよく蹴散らしながら突き進む様はちょっと怖い。
「彩、先頭の人の足を鳥もち弾で撃って。」
これが大通りなら数の差は圧倒的に有利になっただろう。だけど此処の路地は狭い、彼等に地理的優位は無い。私達なら並んで走れても彼らは一列にしか走れない。だから先頭の人が止まれば、後続の人にとっては壁になる。
「でも、それだと皆怪我しちゃうよ。」
彩の言う通りだった。
突然先頭の人が動けなくなったら、恐らくドミノ倒しが発生してしまう。逃げ切る為にリスナーに怪我を負わせる事なんて出来ない。
私は考えを修正する。
「でも彩、後ろの人が武井さんだったら、どうするんだ?」
真紀の一言に彩の目が真剣味を帯びた。
「何言ってるの真紀ちゃん。そんなの撃つに決まってるよ。」
両の拳を握りしめ、鼻息を荒くする彩。
「お前、本当にあの人に容赦ないな。」
何故かは知らないけど彩は武井さんの事を嫌っている。理由を聞いても、詳しくは教えてくれない。
「彩の思ってるような悪い人じゃないよ。」
「チッチッチッ、エリちゃんはまだわかってないんだよ。何故なら私の女としての勘が告げているのだ。」
自信満々な彼女の目に迷いは無い。
私は少し呆れたような顔をしてしまった。
「あ、うん。そうだね・・・・・・女の勘ねぇ・・・彩は凄いなぁ」
女の勘ねぇ。果たしてお子ちゃまな彩の勘がどれだけ信頼出来るのかは疑問だけど、明らかに武井さんを敵視しているのは伝わって来た。
「なぁ、なぁ、エリ。ちょっと試して見たい事があるんだけど・・・・・・いいよな?」
突然真紀が凄くいい笑顔で私に話しかけた。
私は反射的に頷こうとした首を、途中で無理やり止める。
・・・嫌な予感しかしないのだ。
あそこで頷いていれば、後で断ってもコイツはごねるに違いない。
・・・危なかった。
しかし真紀は私の返答を待たずに行動に移した。
走っていた足を急停止して体を半回転させる。突然、横を併走する私に迫り来る真紀の右手。彼女の狙いは私のお腹辺り、必死に避けようと試みるが速すぎて対処が出来ない。
「ちょっと待っ・・・・・」
下腹部に回された右手は、私を軽々と地面から引きはがす。
抵抗出来ない私は、咄嗟に真紀に目で語りかけようと試みた。
・・・・・・ああ、コイツ何て澄んだ目をしているのよ。
私の中で諦めに似た感情が生まれ、そして願いは届かないことを悟った。
「どっせい!」
変なかけ声を上げ、真紀は追っ手に向かって全力で私を投げ飛ばしたのだ。
「馬鹿真紀、後で覚えてなさいよーーーーーー!」
2人の姿がどんどん遠ざかる。
弾丸のように地面を滑空する私は、もの凄い速さで警察側の人達との距離を詰めていく。
「「うぉおおおーーーーー!」」
私の背後で歓声が上がった。
恐る恐る背後を振り向く。
すると警察側の全員が足を止め、私を捕らえようと手を伸ばして待ち構えていた。
まるで腹を空かせた肉食動物の檻に草食動物が放り込まれる瞬間、そんな気分を味わっているようだった。待ち受ける彼等の目が、下心剥き出しに見えて恐ろしい。
全員が今か今かと待ちわびている。
(い~や~、襲~わ~れ~る~。)
このままではあの檻の中に放り込まれる。放り込まれたら、きっと背中のタッチ3回じゃすまない。何故なら彼等の目は私には紳士に見えなかった。
今の自分に何が出来るかを必死で探す。
群れに飛び込むまでの時間は無い、そして何よりも私の手足は地面に着いていないのだ。
出来る事も限られている。
私は急いで刀を射出させようと思いつき、腰の鞘を確認しようと視線を移す。
・・・だが、そこにはあるはずの刀は無く、代わりにワイヤーが今も伸び続けていた。
真紀の方に向かって・・・
勢いよく鞘のボタンに向けて左手を叩きつける。腰に強い力を受けて私の身体がガクンと前方に引き寄せられる。柄を握り締めている真紀の元へ向かって。
あいつは私を投げ飛ばすと同時に刀を引き抜いていた事になる。
その早業に感心するよりも、私にとっては怒りの方が強い。
本日二度目のワイヤー移動、何度繰り返そうが慣れる気配は無い。
そして真紀の胸に収納される私。
「おかエリ~」
自分で投げ飛ばして、自分で回収をした真紀の顔は笑顔だった。
「・・・・・・ふ、ふじゃけるな馬鹿真紀!!」
私は上目遣いに真紀を睨み上げるが、涙目になっていたので怒りを表し切れていなかった。
「よしよし、怖かったか、取りあえず逃げるから掴まれ。」
そのまま真紀が子供をあやすように、私を右肩に背負って走り出す。
私は真紀のジャージを握りしめ、カタカタと震えていた。
「エリならワイヤーに気づくと思ってさぁ・・・・・・大丈夫か?」
「大丈夫じゃない!!怖かった、あの人達本当に怖かったんだから・・・・」
身の危険を感じたのはドラマの撮影の時以来だった。
「真紀ちゃん、次やったら本気で怒るからね。」
隣で担がれている彩が私を慰めならが、冷たい視線を真紀へと向ける。
「悪かったって、エリごめんな。・・・で、どうだった?」
真紀の言っているのは、警察側の人間がどういうリスナーかと聞いているのだろう。
「・・・・・・多分、あの人達は ”私の”ファンの人達だと思う。」
ゲームで興奮していたのかもしれないけど、咄嗟に感じたのは嗜虐的な表情だった気がしてならない。
「つまり、エリを虐めたい人達だったって訳だ。」
「・・・よし、殲滅しよう。」
背中のバズーカ砲をおもむろに構え、戦闘モードに入る彩。
「止めとけって、あの2人から逃げるのにしこたま撃ち込んだから、弾もそんなに残ってないだろ。」
正確な数は後2発、白の鳥もち弾が残すところ2発のみ。これからの事を考えると、アジトで補給をしないといけない。
「・・・純ちゃんもそうだけど、警察と泥棒って、もしかして意図的に別けられてるのかも?」
くじによる公平感を出していたけど、坂井さんならやるかもしれない。
出禁になっていた純ちゃんを”面白かったので採用しました”の一言で第2回放送時に再び出演させてくるぐらいなのだ。
「それだとエリが捕まったら色々な理由でヤバイな。週間雑誌とかに載ったりして?」
「怖いこというな馬鹿!」
真紀の言葉に身体が萎縮して、きゅっと縮こまってしまう。
・・・怖くて真紀の肩から離れたくない。
そんな時だった聞き慣れた声が響いたのは
◇
■■
「警察側の諸君、私は君達に言っておきたい事がある」
低く厳格な声は、拡声器を使用しているのか商店街に響き渡った。
「まずは君達のその姿勢。悪党を1人残らず捕まえようとする姿勢は、我々警察でも感心させられてしまう。容赦なく追い詰める姿はリーダーを務める私にとって、とても誇らしいものだ。」
紡がれる言葉が少しづつ怒気を妊んでいく。
「その上で君達に1つだけ言っておくことがある。」
一度言葉を切り、深く息を吸い込む。そして胸中の言葉を怒声と共に吐き出した。
「貴様ら、エリーの背中以外に指1本でも触れてみろ、ただで済むと思うなよ・・・・・・以上だ。では健闘を祈る。」
その言葉に私達を追っていた全員の足が止まった。
幾多の修羅場をくぐり抜けて来た者だけが発する言葉の圧力。それが見えない圧力になって彼等の足を竦ませたのだ。
効果は僅かな間だったが、その言葉に彼等全員の目つきが変わった。
邪な感情を捨て去り、目標人物の捕獲に全てをかける、正しい警察の有り様に。
彼等の心を動かしたのは、励ましの言葉でなくただの恐怖だった。有言実行を心情とする警察側のリーダーは、やると言ったら絶対にやる。此処にいる私のファンの人なら全員がその事を理解している。
・・・要するに先程の演説は、激励でもなんでもない、ただの脅迫だった。
「「イエッサーーーー!!。」」
一丸となって走り出した彼等は、獲物を捕らえる為に全力を尽くす。
◇
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「ちょっと待てーーーー可笑しいだろ!何で警視総監が、娘の番組企画に遊びに来て陣頭指揮を取ってるんだよ!!」
真紀が叫ぶのも頷ける。現に彩ですら驚き、私なんか現状の把握が出来ずに、完全に思考が停止してしまっていた。
本職が参加しているだけでも異常なのだけど、ましてやそこの一番偉いさんが指揮をしているのだ。
「パパさん、今日は非番だったのかな~?。」
「何でパパがいるのよ!聞いてないよそんなの一言も。そもそも開会式にいなかったよね!?」
確かに番組で、この日にけいどろをするんだ見たいな事は言ったけど、”その日は大事な用事があるので見に行けない”としか言ってなかったから、てっきり仕事だと思っていたけど。
「見に来る以前に、参加してるじゃない!」
里中 源次郎 類い希なる統率力を持ち、質実剛健をその身に体現する超人。悪に対しては絶対の矛であり、守るべき市民に対しては絶対の盾となる警察官の鏡。腐敗していた警察組織に徹底的にメスを入れ、本来の頼れる警察としての姿を取り戻した張本人でもあった。
”日本の警察に源次郎有り”とまで言われる程の正義の執行者。
そんな人物が娘である、私の出演する番組に無断で出演していたのだ。
「何で私だけ、保護者同伴で運動会見たいな事をしているのよ!!」
私は羞恥のあまり顔を覆って、真紀の肩の上でのたうち回る。
確かに買い物にパパと2人で出かける事もある。家族で外食だって勿論する。
でも、娘の仕事現場に無断で乗り込んで来るのは止めて欲しい。
「複雑な気持ちは察するが、本気で警察側の戦力がやばいぞ。何せエリパパが動いたら、このゲーム終わるぞ。」
真紀が恐れるのも当然だった。
完全にバランスブレイカーなのだ。
里中源次郎は本気になった真紀でも敵わない。
私達のアイドルとしてデビューが決まった翌日、私達3人のお父さんが真紀の家にある道場で酒盛りをしていた時だった。理由は忘れたのだが、真紀のお父さんと、私のパパが喧嘩を始めたのだ。
学生時代から親友でライバル同士でもある2人の戦いは、一般人の常識を超えていた。
・・・その時の光景は今も覚えている。
互いが争っているのに、その姿が私には全然見えなかった。
道場に激しい衝突音だけが響き、その音を頼りに視線を移しても何も映らない。
時折道場の床が捲れ、壁に穴が開き、音だけがいつまでも鳴り響いていた。
ちょっとしたポルターガイストを味わっている、そんな気分になったのを覚えている。
目視出来ない怪物2人が暴れ回るのを、真紀だけがなんとか目で追っていたのだが、”あ~無理だ。人間じゃないわあの2人。”と言って匙を投げる程度には酷い。
そんな光景を彩のお父さんが
” いや~源次郎さんも大河さんも凄いねぇ、全然姿が見えないや~。”
風圧で前髪が捲れ、眼鏡がずり落ちているのも気にせず、お酒を飲んで笑っていた。
その後2人は私のママに怒られ、終息する事となった。
つまり、パパが動けば泥棒側は為す術も無く捕まり、警察本陣に留まればその場所は難攻不落の要塞と化す。
「流石にパパだって、そこら辺は加減してくれると思うけど。」
ゲームを壊しに来た訳じゃなく、単に私を心配して来てくれたのだろう。
「パパさん、エリちゃんが可愛くて仕方ないんだよ。」
「・・・本当に親馬鹿なパパでごめんなさい。」
普段は優しくてカッコイイ、そんなパパなのに私の事となると全ての長所を台無しにしてしまうのだ。
愛されている事を自覚出来るから、そんなに強く言えない私も悪いのだろうけど・・・・・・
「後で、絶対ママに言いつけてやる。」
大通りまではあと少し、とにかく今は逃げ切る事だけを考えよう。
アジトについて戦況の把握、そしてパパをどう攻略するか・・・・・・難問だ。
「エリ姉さん、聞こえてます?」
「ひゃぁ!?」
再びインカムから声が聞こえて、ビックリして奇声を上げてしまう。
「すいません、驚かせちゃいましたね。えっと、いい知らせと悪い知らせ、どちらから聞きたいですか?」
その言葉に私の魂が抜けそうになった。
まだ問題があるのでしょうか?
思わず名も知らぬ彼に、そう尋ねてしまいそうになったのを堪えた。
そもそも、ゲームを開始したら一旦泥棒側の陣地に集まろうと言っていたのを、暴走する真紀を止めに行って今の現状を作り出したのは私だ、甘んじて受けるしかない。
それにどちらも必要な情報なのだ、聞いて損になる事は無い。
私は覚悟を決めて、彼の問いに答えを返すのだった。
続きは、明日の21時頃にUPする予定です。