路地裏の攻防Ⅲ 3話
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路地裏に対峙するのは1人の獣と1人の偶像。
1人は見た目通りのクマの姿をしている純。身につけている着ぐるみの性能が、身体能力以上の力を発揮し、野生の獣じみた動きを可能にしている。
もう1人は赤のジャージに身に纏ったアイドルの真紀。肩に彩を抱えてて散々路地裏を走り回ったにも関わらず、純の攻撃を一切触れさせていない。
「聞き間違いじゃなければ、私を倒すと言っていたようですが、このクマさん1号を纏った私に勝てますかね。」
余裕の現れとも言うのだろう。今まで何度か真紀の攻撃は当たっているのだが、着ぐるみの衝撃吸収機能によって無効化されてしまっていた。
「さぁな、取りあえずやってみてから考えるわ。」
真紀は抱えていた彩の背中を優しく叩く。
「彩、振り落とされないようにしっかり捕まっていろよ。」
「うん、頑張ってね真紀ちゃん。」
持っていたバズーカ砲を背中にしまい、真紀のジャージを両手でしっかりと握りしめる。
その姿は飼い主の肩に、だら~んと体を預ける猫のようにも見える。
「前から思っていたんですが、真紀さんってアイドルぽく無いですよね。」
「あはは、わかってるじゃないか、私もそう思う・・・・・・よっ!!」
最後の台詞と同時に真紀が飛び出した。
姿勢は低く、地を這うようにして瞬く間に純へと接近する。
「はやっ!?」
今までのスピードを想定していたのか、急な速度の変化に純は対応出来なかった。
繰り出す攻撃は空を切り、真紀の左足が鞭のようにしなり、純の右足を捕らえる。
パーーンと言う衝撃音が響くが、純の身体が揺らぐ様子は見られない。
「ふん、いくら真紀さんが速くても、速いだけでは意味が無いんですよ。」
連続で放たれる純の攻撃を紙一重の所で躱し続ける真紀。
「でもお前も、銃を奪っちまったら終わりだろ。」
真紀の頭上を攻撃が掠める。そのまま彼女は両手を地面について円を描く。
彼女の右足が地面スレスレを通り、純の両足を払うように軌跡を描き出す。
速度は高速、反応出来る人間は限られている。
だけど、純の着ぐるみは反応した。真上に飛ぶことでその一撃を回避する。
「隙み~っけ。」
彼女の言葉に反応して純は咄嗟に銃を守った。予想通りの展開に真紀は口を歪める。
真紀の狙いは初めから銃ではない。
純のがら空きになった胸元。一度目は無効化されたが次は前よりも強く”蹴る”
「ほい、ど~~ん。」
真紀の軽い言葉と違い対照的だったのは、その衝突音だった。
まるで、軽自動車が衝突したのような音が響き、純が凄い勢いで後方に吹っ飛んだ。
左足を突き出した真紀と、受け身も取れず路地裏を転がり仰向けになって停止する純。
勝敗は決したように見えた。
だが、突然純の目が今までよりも赤く光り出す。
「・・・お、お、怒りましたよ真紀さん!」
がばっと立ち上がり激しく睨みつける純。数メートルは吹き飛ばされたのにピンピンしている。
「どんだけ優秀なんだよ、あの着ぐるみ。」
純が突撃を開始する。
その速度は先程までとは段違いに速い。
繰り出す攻撃は暴風のように、触る物を吹き飛ばす。
・・・しかし、真紀には触れる事が出来ない。
まるで写真の焼き増しでも見ているのか、2人の行動に違いが感じられない。
「そもそも私のクマさん1号を吹き飛ばす何て、あなた本当に人間ですか!?」
「お前、アイドル捕まえて何てこと言いやがる!」
「真紀さん基準にしたら、世の中のほとんどの格闘家がアイドル候補になるじゃないですか!」
事実真紀は、常人では目で追えない攻撃になんなくついていっている。
「それよりお前、さっきの全然効いてないの?結構強めに蹴ったつもりなんだけど。」
「効いたから怒ってるんじゃないですか!初めてですよ、私まで衝撃が届いたのなんて、この前原付にぶつけられた時ですら何ともなかったのに。」
「えっ、お前普段からそれで外出してるの?」
「悪いですか!?」
「TPOを弁えろよ。子供が逃げ出すぞ。」
「はん、残念でした。子供達は珍しがって寄ってきます。むしろ子供を抱えて逃げ出すのは親の方ですよ。」
絶え間なく撃ち出される攻撃を避けながら、真紀は思考する。
彩の射撃を店の看板で防いだ時の、純の言葉を思い出す。
”危うくモニター部分がやられる所でした。”
彩が狙ったのは顔面。言葉通りを捕らえるのなら、目がカメラとなっていて、そこからの映像をモニター越しにみているのだろう。着ぐるみを纏った純の姿は180㎝を超えている。自称女子高生を名乗っているのだ、せいぜい本人はクマの首辺りまでの身長だろうと真紀は推測する。
(なら、首から上はぶっ飛ばしていいわけだな・・・・・・出来れば集音機能を先に潰したいが)
純が単独で動くより、その機能を使って連携される方が、泥棒側としては遙かに厄介になる事を真紀は理解している。銃を奪えれば一番いいのだが、怒って攻撃している割には、常に意識の何割かは銃を守る事に割いている。
「それにしてもお前のその耳可愛いな、やっぱり動かしたり出来るの?」
「そんなの当然ですよ。この耳は集音機能だけじゃなく、私の操作でほら、この通り。」
自慢げに語り出す純の操作で、クマの耳がぴょこぴょこ動く。
その仕草に深読みしていた真紀は馬鹿らしく思えてしまう。
「悪いな、取りあえず先に謝っとくわ。」
「何を?」
訪ね返した純の身体が、突然くの字に曲がる。
そこには真紀の左足が練り込んでいた。だが、純は素早くその足を掴む。
「やっと捕まえましたよ真紀さん。これでちょこまかと逃げれませんよ。」
右脇に抱え込むように固定され、真紀の左足は蹴りの姿勢のまま停止する。
だが、そんな状態にもかかわらず、真紀は不適に笑っていた。
「ああ、しっかりと捕まえていろよ。」
困惑する純をよそに、真紀の両足に力が込められていく。筋肉が張り詰め両足が膨張する。
違和感を感じた純が慌てて左足を両腕で掴みにかかる。
「素直な純ちゃんに、私からの忠告だ。」
彩を抱えたまま、真紀は右膝を僅かに曲げ、その力を爆発させた。
「!?」
ただの跳躍だった。
違っている所を挙げるとすれば、それは圧倒的な速度だったと言う事。
その行動が純には誤算だった。彼女のカメラは横方向には180度以上カバ-出来ているのだが、縦方向は人間の視界と差がない。それ故、上下に高速で動かれるとモニータには消えたようにしか映らないのだ。
しかし、真紀の左足が上方向に引き抜かれた事で、彼女が跳躍したことを理解する。
突如自分の頭上に現れた怪物に、純は反応出来なかった。
何故なら引き抜かれた時に、既に純の体勢は崩れていたのだ。
「耳、塞いだ方がいいぞ。」
真紀の身体が霞むような速度で捻りを加え、力の乗った右足は閃光のような速度を持って、純の耳元で炸裂した。
ドーーーーーーーーーン!!
何の抵抗も出来ず、壁に叩きつけられる純。
そして地面に着地する真紀。
俯せで倒れふす純に、真紀は襲いかかった。
狙いは純の右太股に括りつけられた銃なのだが
「ちょっと待て、幾ら何でもそれは無いだろ!?」
壁にぴったりと倒れる純の下に、真紀の目当ての銃があったのだ。
ぶつかった表紙にずれたのか不幸にも、純の巨体をどかさないと手に入らない。
遠くの方から足音が近づいてくるのを真紀の耳は捕らえた。
「ちっ、仕方ない。エリーー!」
完了を知らせる合図を出して、路地裏の中央で中腰に構える真紀。彼女は何かを待つようにエリーの方を見据えた。
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ドーーーーーーーーーン!!
車同士が衝突したような音が響き、私は真紀の勝利を確信した。
「ちょっと、真紀ちゃんやりすぎだろう!?」
事故現場を目撃して慌てる武井さん。先程の音から察するに、真紀はちゃんと手加減してくれたみたいだ。
「真紀は力加減がわかってますから、大丈夫ですよ。」
喋りながら私はワイヤーを回収し、刀の柄を鞘にはめ込む。
「本当に君達には驚かされるよ。」
足音は既に近い。いつ路地裏に姿を見せてもおかしくはない。
「エリーー!」
真紀の呼ぶ声が聞こえる。向こうの準備も出来たのだろう。
それなら私もグズグズしていられない。
「それでは、武井さん。逃げさせてもらいますね。」
「そう簡単に、逃げられると思わないで欲しいな。」
私は武井さんとは逆、2人のいるほうに刀を射出する。
一瞬武井さんが困惑したような表情をとり
「しまった!!」
急いで私との距離を詰めようとする。
だけど、武井さんは気づくのが少しだけ遅かった。
私が射出した刀は真紀が握りしめている。彼女が握るのは柄の部分。唯一プラスチックで出来ていないその場所は、真紀の握力にも耐えられる。
「真紀!!」
「OKだエリ。彩、体重をかけろー!!」
「いくよ~~。」
機械に力負けしないように真紀は全身に力を入れて踏ん張り、彩が重し代わりに体重を加える。
「くそっ!!」
伸ばされた武井さんの手が届くより先に、私の手が鞘の下にあるボタンに触れた。
瞬間、私の体が後方に引き寄せられ、彼の手からすり抜けた。
高速でワイヤーを巻き取るはずの仕掛けは、真紀と彩の2人に固定され、私の体自体を彼女達の元へと高速で運ぶ。
「あわわわわ。」
すっ飛んでいく私の体。
番組スタッフの坂井さんから企画途中の段階で渡されていた為、この鞘で色々遊んでいた時に偶然発見したのだが、体重制限があるのでLINKSメンバーでは私しか使えない。
そして何より、凄く怖い。
「彩、両足を振り上げろ。」
真紀の言葉に彩が両足を振り上げ、私が押していたボタンを離す。それと同時に真紀が柄から手を離した。私を受け止めるように両手を突き出し、飛んでくる私の体に触れ、勢いを殺しながら自分の胸に私をすっぽりと納めた。
「2人ともありがとう。」
真紀に後ろから抱きしめられる形になった私。しかし耐えきれなくなった彩の両足が落ちてきて、私の顔に太股が直撃する。
「むぎゅ。」
「ごめんね、エリちゃん。」
「だ、大丈夫。これくらい。」
「しばらくこのままでいたいんだが、敵の応援が来たぞ。」
路地裏に入り込んで来る警察。その数・・・・・・10人!?
総数の3分の1が此処にいる事になる。いくら何でも来すぎだ。
「逃げるわよ。」
「「了解。」」
戦うつもりは毛頭無い。
私達は指示された路地を通り、大通りを目指した。
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「お~い、純ちゃん。大丈夫?」
路地裏に倒れた純に、武井は声をかけ続けていた。
応援に駆けつけた仲間はLINKSを追って追跡を続けている。
「・・・・・はっ、ここは!?って、あーーーーーーー!?」
「大丈夫、医療スペースに行こうか?」
突然の絶叫にたじろぐ武井を、純が手で制止をかけた。
「・・・・・モニター部分の損傷は軽微だけど、集音機能が死んでる!!」
真紀の放った一撃は狙い通りに破壊していたのだ。
「その、怪我とかは大丈夫?」
「あ、はい。大丈夫ですよ。ちょっと目を回しただけですから」
純が倒れた原因は衝撃よりも音のほうが強かったのだ。
「それより武井さん、あの人に勝てそうですか?」
率直な疑問だった。警察側の方が有利なはずなのに、純は真紀にまともに触れる事すら出来なかったのだ。足を掴んだのにしても誘導されたのにすぎない。
「刀でなら触れると思うけど・・・・・・カウントされないよね?」
武井の言った言葉に嘘はない。先程の真紀の動きなら、彼なら刀を使わなくても問題無く触る事が出来るのだ。問題なのは、エリーの言うとおり彼女が本気じゃない所。運動能力もさることながら、彼女は周りを巧みに誘導して自分のペースに巻き込む事に長けている。
”食わせ者”
それが武井の持つ印象だった。
「手じゃないですから無理でしょうね。」
「困ったね、エリちゃんと彩ちゃんの2人も侮れないし。」
「・・・・・・武井さん、私と組みませんか?」
純の提案に武井は苦笑を浮かべる。
「元々僕達、同じチームなんだけどね。」
「そうでしたね。それじゃ、よろしくお願いします。」
「こちらこそ、よろしく純ちゃん。」
武井が純の手を取り、巨体の彼女を引き起こす。立ち上がった純は、そのままの姿で停止した。
まるで誰かの話を聞いてるように、クマの顔が何度も頷いている。
「どうかしたの?」
訝しむ武井。
「ボスからの伝言です。」
その一言で、武井の表情が固まった。
「そのまま伝えますね。” 武井君、いい加減にインカムをつけろ ” だそうです。」
慌ててポケットからインカムを取り出し、それをじっと眺める武井。
「・・・・・怒ってたかな?」
「つけてみたら、わかるんじゃないですか」
純の言葉に緊張が走る。
武井が警察側のボスと会ったのは二度目なのだが、厳格で厳しい人だと言うのは十分に感じられた。
そして、何より彼が武井の事を良く思っていないという事も・・・・・
「はぁ・・・・・・仕方ないか」
覚悟を決めて手にしたインカムを装着する。
そして武井は、里中エリ-の父である、里中 源次郎の指示に従うのだった。