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ゆるっとリンクス  作者: トモ
第1章 ゆるっとリンクス Start
2/31

第1回放送(中編)



 ”アイドルと言う職業は皆に夢を与える者、だからいつも笑顔を絶やしてはいけません。楽しい時には誰よりも笑い、そして悲しい時でも笑っていなさい。貴方達を見る人達は、里中エリー、吉祥寺彩、西園寺真紀の個人を見に来てる訳じゃない。LINKSとしての君達を見に来ています。だから彼等の偶像(アイドル)を壊してはいけませんよ”



 私達のデビューが決まった時に、事務所の社長が言い聞かせてくれた言葉。


 今の私はそれが出来ているのだろうか?


 「わぁ~可愛いクマさんですね。」


 彩の声が弾んでいる。しかも若干だが細い目が開かれている事に私は驚く、つまりこの子はアレを純粋に可愛いと思っているのだ。 


 「それにしても、1人目から随分funkyな犯罪者が出てきたな」


 (真紀ーーーー!!気持ちは分かるけど、言葉を選んで、そして社長の言葉を思い出して!!)


 だけど、怪しげな熊のリスナーは、深々と頭を下げ2人に挨拶をする。


 「初めまして彩ちゃん、真紀さん。高田純と言います。今日はよろしくお願いします。」


 「は~い。よろしくお願いしますね。」


 「おう。あんまりエリを怖がらすなよ。」


 未だ真紀の腕にしがみついてる私に、高田さんが微笑みかける。


 「ひっ!?」


 見た目が実物の熊と遜色がないので凄く怖い。怯える私の頭を真紀が優しく撫でる。


 「で、何で着ぐるみなんか着てるんだ?。」


 「・・・実は私、恥ずかしがり屋なんです。人前に出るのに少し自身が無くて、でも皆さんと話がしたくて、それを知り合いの方に相談したらこの着ぐるみを頂けたんです。で、着てみたら、色んな事に自身を持てたので着用してます。脱ぐと駄目です死にます。」


 真紀がスタッフの皆さんに目配せで確認を取る。


 「まぁ、その姿の方が面白いし、いいか。」


 「はい。同じ女性同士、多少の問題は目を瞑って下さい。」


 スタジオ内に沈黙が生まれた。


 僅かな沈黙の後に、私達が声を揃えて打ち消す。


 「「女の子!?」」


 あまりの衝撃に、私は怯えていた事も忘れて机に手を置き、前のめりにモニターを見る。


 女性らしさ皆無なその姿に、リスナーの全員が驚いている。


 「そうですよ。エリちゃんと真紀さんと同じ18歳の女子高生です。」


 「・・・うそ、しかも同い年。」


 「・・・ありえねぇ。」


 「ですから、私のことは気軽に純か純ちゃんと呼んで下さい。」


 両手を広げた純ちゃんが ”さぁ!!” とでも言いたげにこちらに無言の催促を施してくる。


 「わ、わかりました純ちゃんですね。」


 「よろしくねクマさん。」


 「よろしくな、クマ。」


 どうやら2人は要望に応える気は無いらしい。それがわかったのか、純ちゃんが肩を落とすのが見えた。


 不気味な合成音にも慣れてきたし、無駄に番組の進行を遅らせる訳にもいかない。坂井さんから ”そろそろ進めてください。” という催促もきている。


 「えっと、良ければ純ちゃんの悩みを私達に聞かせて欲しいのですが・・・よろしいですか?」


 「・・・悩みですよね。実は私、可愛い女の子が大好きなんですよ。」


 (ん?)


 「だからLINKSの、特にエリちゃんと、彩ちゃんのお二方が素晴らしいです。まるで天使のように愛らしいです。」


 「そっ、そんな事ないよ~。」


 「あの、ありがとうございます。」


 私達の顔が赤くなる。思わず恥ずかしくて下を向く私。彩なんか両手をばたつかせて必死に違うとアピールしている。


 そして自然と省かれる真紀。彼女の方に振り向くと、純ちゃんに同意するかのように何度も頷いていた。


 「ですが私は、この前の皆さんのドラマを見てエリちゃんを選んでしまったんです。」 


 大げさに泣き崩れる純ちゃん。


 見た目は確かにアレだけど、彼女は純粋に私のファンだったんだ。それなのに、私が彼女に取った行動は、怯えておざなりな態度を取ってしまっていた。

 

 ・・・平等では無かったのかもしれない。

 

 ・・・皆と同じ、ファンの一人だったのに。


 上体を起こしてゆっくりと立ち上がる純ちゃん。


 何故だろう、彼女の赤い瞳が妖しく輝いている。


 「そして、その時私は気づいてしまったんです。今までの私は、天使のように愛らしいエリちゃんを愛でるだけで満足していましたが、本当はその羽をへし折りたいと」


 「ふぇ?」


 「泣き叫ぶエリちゃんの姿に、不覚にも私の心は高鳴ってしまいました。それで本題なんですが、どうしたらエリちゃんを滅茶苦茶に出来ますか?」


 「知りませんよーーーーー!!」


 ラジオの収録中なのも忘れて、急いで真紀の後ろに隠れる。そして彼女の肩を掴んで何度も揺さぶる。


 「馬鹿真紀ーーー!!アンタの、アンタのせいだからね。監督(そそのか)せて助けに来るのを遅らせるから~~」


 「ちょ、ちょっと待ってエリ落ち着いて、吐く、それ以上はヤバい。」


 泣きながら揺さぶり続ける私の目に、ゆっくりと立ち上がる変質者(じゅんちゃん)の姿が映る。


 モニター越しに見てもやっぱり怖い。


 立ち上がった彼女の左右の手には、いつの間にか縄と小さな棒状の物が握られていた。長さ30㎝未満のそれは、電源を入れると振動を開始するのか、それは常時振動している。


 その様子を見て私の恐怖は最高潮に達する。揺さぶっていた手を止め、真紀の背中に隠れるようにして後ろから抱きつく。


 「まき~~。あの人、絶対私に何かしようとしている。」


 「・・・・・・エリ、ごめん。もう少し力強く抱きしめて」


 凄くいい声で意味のわからない言葉が返ってきた。


 「それにしても驚いたな、企画段階からスタッフ馬鹿なんじゃないのって思ってたけど、まさか1人目からとんでもないのが釣れたな」


 「ひっく、ひっく・・・・・・酷すぎるよ」


 恐る恐るモニターを除くと純ちゃんは右手の振動する棒を両手で握り、それを振り回して1人で殺陣を始めていた。


 動きにくい着ぐるみを着用しながら、その動作は流れるように動き、時には激しく自分の想像の中の人物と切り結んでいた。


 「うわ~クマさん。凄くお上手ですね~。」


 拍手を送る彩。実際、私達もドラマで殺陣の立ち回りを教えて貰ったので、彼女の動きは素人ではないのがわかる。


 その動きはどことなく、ドラマで演じた真紀の動きにも似ている。


 「・・・凄いな私の動きそっくりだぞ。」


 やっぱり気づいていた。本人も言うのなら間違いない。アレはドラマの真紀の動きを模倣して演じているのだ。


 ・・・でも、握っている物がブーーンと妙な音を立てているせいで、ちょっとシュールな感じになっている。って言うか、アレなに?


 何故だろう。アレは彩には見せてはいけない物だと、私の直感が告げている。


 だから、私は飛びつくようにして彩の両眼を塞いだ。


 「彩、見ちゃ駄目ーーー!!」


 「ふぇええーーーー!?」


 「とにかく純ちゃん、その何かわからない物しまって下さい!!。」


 「どうでしたか私の殺陣、1話の真紀さんのシーンをやってみたのですが?」


 「とても素晴らしかったと思いますが、と・に・か・く・ソレしまえ!!」


 「すみません。ついはしゃいでしまいました。」


 失敗失敗と棒を放り投げる純ちゃん。電源を切らずに投げたせいで、後ろの方で物に当たっているのか、ガタガタガタと言う音が聞こえる。


 取り合えず1つ心配事が無くなって私はホッとした。


 「エリちゃん、もう大丈夫?」


 「あっ、ごめんね。もう大丈夫だよ。」


 慌てて離そうとした私の手に、彩の手が重なる。


 「エリちゃんの手はひんやりしてて気持ちいいよ。きっと、心が暖かいからなんだね。」


 「あや~~。」


  あまりの可愛さに私は抱きしめる。荒んでいた私の心が癒されていく。


 「・・・真紀さん、目の前に楽園が広がっているのですが」


 「ああ、私には少し眩しいな。」


 「そうですね。眩しいですね。」




 「こほん・・・・・・すみません、色々取り乱しました。」 


 緩んだスタジオ内の空気を締めなおそうと、私は咳ばらいをしてから頭を下げて謝罪する。


 「いえいえ、とても素晴らしいものを見せて頂きました。」


 「出来れば忘れて下さい。それと先程の相談事なのですが・・・その、純ちゃんの頭の中で想像するだけなら・・・私としては非常に問題だらけなのですが、何も言えないので想像で我慢して下さい。」


 本当はソレすら嫌だけど拳を握ってぐっと堪える。


 「それに実際にそんな事をしようとしたら犯罪ですよ。そしたら純ちゃんも掴まってしまいますし、私も多分凄く傷つくと思います。そうなったら、お互いこうして話すことも無くなるかもしれない。・・・そんなの寂しいじゃないですか、折角こうしてラジオでお互いに話すことが出来たんですから、勿体ないですよ。」


 自分が出来る精一杯の笑顔で彼女に話しかける。


 この企画はリスナーの方達の協力で成り立っているのだ。ある程度スタッフさんとリスナーさんで、進行のやりとりはしていると思うのだけど第1回目の放送だけあって、どんなコーナーになるのかなんてわからない。だけど、彼女は顔出しOKで快く引き受けてくれた人なのだ。出来ればこれからも一緒に番組を作っていって貰いたい。


 「わかりました。・・・では、今まで通り想像の中でエリちゃんを辱めますね。」


 「・・・ウン、ホドホドニシテネ。」


 全くブレないモニター越しの彼女。流れるコメントに ”やはり、人と獣とは相いれないのか” と書かれていて、私は激しく同意する他なかった




 「えっと、それで純ちゃん。他に何か悩みとかあったら、まだお答えできるので良ければお願いします。」


 実はこのコーナー顔出し有りと言う条件付きのせいか、初回放送のせいなのか、今回は純ちゃん以外出演してくれる人がいなかったのだ。


 一応番組のメインコーナーなので、その分時間も十分に取っていたりする。


 予想より濃い時間を過ごしていたせいか、案外時間が経っていなかった事に不安がよぎる。


 (時間の配分間違ってたかな・・・)


 だけど純ちゃんは、恥ずかしそうに下を向いて、大きなクマの手で自分の頭を掻きだす。


 「すみません。実はLINKSの皆さんに見て貰いたい物があるんですが、よろしいでしょうか?」


 「はい、大丈夫ですよ。」


 「実は私、イラストや漫画を描くのが趣味で、LINKSの皆さんを題材に幾つか描いて番組の方に送りましたので、良ければ感想をお願いします。」


 「有難うございます。凄く嬉しいです。」


 そう言って、前に座る坂井さんからA4サイズ程の封筒を受け取る。封筒は少し厚みがあり、中に数冊の本があるのが想像できた。


 「それでは、中の方を見させて頂きますね。」


 「お願いします。」


 封筒を開こうとすると、2人が椅子を寄せて身体を近づけてくる。


 (気になるんだ・・・後で皆に回すのに)


 中を開けると、まずイラストが3枚入っていた。それをLINKSメンバーが並んで見る。


 1枚目は3人が純白のドレスに身に纏い、マイクを持ってステージに立っている。光り輝くステージで私がセンターに立ち、観客に片手を差し出してウインクをしている。

  

 2枚目は私達が夜空の草原で星を眺めている。センターは彩で両手を祈るように合わせ歌を歌っている。


 3枚目は全員が特攻服を着用して路地裏にヤンキー座りをしている。センターは真紀で鋭い目で正面を睨みつけている。


 (上手い・・・もしかしてこれって、私達の出した曲のタイトルが元になっているのかな?)


 「うわ~~凄くお上手ですね。」


 「本当だ。クマお前、無茶苦茶絵が上手いじゃないか。」


 二人が純ちゃんの絵を絶賛する。衣装の細部まで細かく描きあげられ、私達の表情は輝いていて本当に一生懸命描いてくれたのがわかった。


 「・・・本当に有難うございます。」 、


 「エリちゃん大丈夫?少し目が赤いよ。」


 「エリ・・・チョロ過ぎるぞ。」


 「違っ!そんなんじゃ・・・・・その、嬉しかっただけだから」 


 「皆さんに喜んで頂けて良かったです。見て頂いた3枚の絵はLINKSの楽曲、Little Princess、Sleeping sheep、姉御(特攻Ver)、のタイトルから想像して描きました。 」


 描かれた絵はどれも素晴らしくて、残りの漫画もきっと素晴らしい物に仕上がっているのだろう。


 「それと、イラストとは別に漫画を3冊送りましたので良ければ貰って頂けると嬉しいです。漫画を読まない彩ちゃんには、内容がわかりやすい四コマ漫画を1冊。よく漫画を読まれるお二人には別の漫画を同封させて頂きました。」


 「えっと・・・これが彩の漫画でいいのかな?」


 封筒から取り出すと本には付箋で ”彩ちゃんへ” と描かれていた。表紙の絵には制服姿の私と彩が描かれている。椅子に座る私に彩が後ろから抱きついて、頬っぺたをくっつけて二人でじゃれあっている。とても可愛らしく描かれていた。


 本を彩に手渡すと、彩は喜んでリスナーの皆に ”見て見て~” と本の表紙を見せびらかしている。


 「でも良かったです。彩は本当に漫画を読まないので、あんまりコマが多いと疲れちゃうんですよね。」


 「多分、普通の漫画を番組内で読んだら途中で寝るぞ」


 この前、私のお気に入りの少女漫画を読んで欲しくて彩に本を渡したのだが、彼女は10ページ辺りで舟を漕ぎ始め、そのまま夢の中に旅立った。


 生放送の番組中に寝られたら流石にヤバイと思ったけど、どうやら私達の心配は徒労に終わりそうで安心する。


 「四コマなので、初めて漫画を読む人でも読みやすいとは思いますよ。」 

  

 流石私達LINKSのファンである彼女、そう言った事情も心得ていた。


 ・・・だけど彼女に常識は無かった。


 その違和感を先に感じたのはリスナーだった。


 ”あれって、R-15のマークだよな?” その言葉が何を意味しているのかは、私は直ぐにわからなかった。


 彩は大事そうに両手で本を抱え込んでいる。その表紙の左下の方には、確かにR-15と書かれていた。


 「・・・純ちゃん、少しお聞きしたいのですが、あの本にR-15と書かれているんですが、あの意味って何ですか?」


 「年齢制限です。15歳未満の人は見ちゃ駄目ですよと言った意味のマークですね。」

 

 (まぁ、彩も16歳だから年齢的には問題無いのだろう。意外に彩は映画で流血のシーンがあっても大丈夫だったりするし・・・」


 「なぁ、エリ。勘違いしているようだから言っておくけど、彩が大事そうに抱え込んでいる本ってエロ本だぞ。」


 「・・・もう、真紀ってば何言ってるのよ。あの表紙に描かれているのは私と彩だよ。そんな展開になる訳ないじゃない。」


 机に肩肘をついて、こちらを馬鹿にするような笑みを浮かべる真紀。そんな彼女を右手でシッシッと追い払う。


 「それに、彩が漫画を読まないのを知っているんだよ。歩き始めの子供にいきなり自転車を与えるような事は、いくら純ちゃんでもしないでしょ。」 


 「そうですね。ちょっと性的な表現を幾つか描かせて頂いただけですね。」


 「・・・えっ?」


 私は正面モニターに向きなおる。目の前のクマが何かを言っている。


 「天使と天使がじゃれ合うだけでも良かったのですが、ついつい創作意欲が掻き立てられてしまいました。」


 「・・・つまり、彩の持ってる本の内容って、私と彩が・・・その、Hな事をする話なんですか?」


 「簡単に言えばそうですね。」


 しれっとトンデモない事を言うクマ。 ”何か問題でもありましたか?”とでも言いたげに首を傾げて頭に?マークをつけている。


 「どうでもいいが、彩は既に本を読んでるぞ?」


 振り向くと彩が本を広げて、ゆっくりとしたペースで読み進めている。


 「ぬぉおおおおーーーーーーーーーー!!」


 叫び声を上げて彩の持つ本へと右手を伸ばす。時間にしたら1秒弱、その僅かな時間の中で私は右手で本を掠め取る。そして左手に持っていたイラストを、彩の手の中に差し込む。


 「あれ、あれれ?」


 突然本が数枚の紙切れに変わった事に困惑する彩。そんな彼女の事を置き去りに、私は奪った本を机の上に思い切り叩きつけた。

  

 「補助輪ぐらいつけろーーーー!!」


 机を震わせたその一撃に、真紀と純ちゃんがビクリと反応する。


 叩きつけた本は彩から奪った時と同じで、開いたままの状態。つまり彩が読み進めていたページが開かれている。



 誰もいない学校の教室で帰り支度を進める私。教室の外には私を迎えに来たらしい彩の姿。


 悪戯を思いついた彩が忍び足で私の背後に近づいてきて、何もない場所で盛大に足を躓く。


 ゆっくりと倒れる彩が手を伸ばした先には後ろ姿の私がいて・・・


 彼女は容赦なく私を押し倒す。何故か彩の手は私の胸を鷲掴みにしている。


 (・・・まぁ、このぐらいなら日常的にもありそうだけど)


 押し倒されて文句を言う私と謝る彩。


 子供のように抱き起されギャーギャ喚く私。


 その姿が彩の目には猫のように写る。


 そして私の耳を彩がカプッと甘噛みして絶叫を上げる。 

 

 (確かにじゃれ合っているけど・・・このぐらいならR指定が入らないような)


 叩きつけた本のページを更に捲ってみる。


 視界に飛び込んできたのは、彩に制服を脱がされる私の姿だった。


 勢いよく本を閉じて、私は真剣な表情で目の前に座る彼女に相談する。


 「あの、坂井さんすみません。ステンレス製のごみ箱とライターありませんか?」


 「「燃やすの!?」」


 真紀と純ちゃんが同時に声を上げる。別室にいるスタッフの皆も私の様子に驚いていた。


 流石に火は不味いのか、注文の品が無いのか、持ってきてくれる気配が全然しない。


 「こ、こんな卑猥な物を見せるなんて、と言うかそもそも彩はこんな事しません。」 


 私は赤面しながら、机を何度も叩くことで怒りをぶつける。


 「エリ、漫画だから、フィクションだから」


 「わかってるわよ。でも、登場人物私達だし、それにシチュエーションが微妙にリアルなのも嫌なの!!」  


 「日常の中でより二人が親密になるように、心掛けて描きました。」


 「て言うか何でちょっと誇らしげなんですか?そもそもこんな事しなくても、私と彩は子供の頃から親密です!!」


 私の発言に顔を赤く染める彩。ようやく本がこちらにある事に気づいたのだ。


 「えへへ、そうなんですよ。」


 「そうだよね~。あ、彩ちょっと待っててね。」


 すかさずスマホを取り出して、先程開いていた子猫のページを開く。


 「ちょっと、これでも見ててね」 


 「うん、わかった。」


 (よし・・・取り合えず注意がそれた。)


 「でも、本当に上手いよな・・・・・・このページのエリの表情凄くエロいし」  


 「ドラマを何度も見返して、エリちゃんならきっとこんな顔をするだろうと思いペンを走らせました。」 


 「そんな顔しません!!」


 「・・・ふぅ、取り合えずこの本は堪能したから、そろそろ私達の本に行こうか」


 「えっ?」


 その言葉に寒気を感じた。封筒には未だ厚みが残っている。


 つまり此処には私達用の本が2冊残っていると言うことだ。


 恐る恐るソレに手を伸ばし、中の本をゆっくりと引き抜いていく。徐々に見えてくる本の表紙に戦慄した。


 そこには、当然のように書かれているR-18の文字。


 表紙の内容は浴衣姿の私が涙目になり、両手を手錠見たいなもので拘束されていた。浴衣は半脱ぎ状態で、首には首輪をつけられロープの先を辿ると、凄く見覚えのある男の人がソレを握っていた。


 言葉に出来ず、無言で真紀に本を差し出す。


 「・・・なぁこの男の人って、ドラマで共演したあの人だよな?。ほら、エリを脱がす事に定評のあった武井さん」


 武井正義(たけいまさよし)さん。私達の出演したドラマで、毎話事に私を捕らえて服を引っぺがす役目を負った可哀そうな役者さん。ドラマがクランクアップすると同時に血を吐いて病院に担ぎ込まれた。病名は胃潰瘍で只ならぬ心労が祟っての事だと思われる。カメラが回っていない時は、優しくて気さくな好青年の印象が強い。年は24歳と私の6つ上で、年の離れたお兄さん見たいな人だ。


 一度だけ彼のお見舞いに行ったのだが、私の顔を見て無意識にお腹の辺りを押さえていた辺り、未だ心の傷は癒えていないらしい。その時にお互いの携帯番号を交換して、今ではLINEで互いの近況を話したりしている。


 後日知ったのだけど、武井さんは退院と同時に我が家に訪れ、私の両親に謝罪をしたらしい。


 「・・・純ちゃん。何故彼をチョイスしたんですか?」


 「武井さんほどのハマリ役は中々いないですよ。後、彼イケメンですので絵になると思いまして」


 (余計な事を)


 「・・・この番組見てたら、また胃潰瘍になるんじゃないか?」

 

 私の目が泳ぎ、冷や汗がだらだらと頬を流れていく。


 「武井さん見るって言ってた。」


 「でしたら、武井さん用にもう一冊番組に送りますので、良ければお渡し願えますか?」


 「出来るかーーー!!」


 どんな顔をして渡せと言うのだ。”これ、リスナーの方から頂いた本なんですが、私達の事を描いてくれた漫画なんですよ。良ければ見て下さい。” と言って私達のエロ本を渡せと言うのだろうか?考えただけで、恥ずかしすぎて死にそうになる。


 「渡すだけでいいなら、私がやってやるよ。」


 「真紀さん有難うございます。」


 「止めてーーー!!、お願い、本当にソレだけは止めて」


 縋りつくように真紀の左手にしがみつく。子供の頃からの付き合い故に、如何に私が必死なのかは彼女ならわかってくれる。


 「すまん、クマ。本気で嫌みたいだぞ。」


 「そう見たいですね。あまりエリちゃんを困らせたくないので諦めます。」 


 (だったら、こんなの送ってこないでよ)


 「その変わり、漫画は最後まで読んで下さいね。」


 逃げ口上を探そうとしていたのだが、先に退路が塞がれてしまった。


 そもそも、私にはこう言った事に対しての免疫が全然無い。


 漫画をよく読むと言っても、こんなハードな内容の物は見たことなど一度も無いのだ。 


 だけど、手元に残る薄い本が、これから訪れる未知の領域に私を誘おうとしていた。

 
















(後編)は土日のどちらかに上げる予定です。よろしくお願いします。

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