第1回放送(前編)
此処は都内にあるラジオの収録スタジオ。
現在ブース内に入っているのは私を含めて6人。
「それでは19時から開始ですので、開始10秒前からカウントを取ります。その後ランプが赤に変わり収録が始まりますので、LINKSの皆さんよろしくお願いします。生放送ですが、普段通りの皆さんでお願いします。」
ディレクターの須藤さんが簡単な説明を終え、ADの佐藤さんと一緒にブース内から立ち去る。
残ったのは私達アイドルグループ ”LINKS”の3人と、番組唯一の女性スタッフ、構成作家の坂井さん。大きな楕円形の机の前に私達LINKSの3人が並んで座り、その対面に坂井さんが座る形になっていた。
机の上にはマイクが3つ配置され、その中央にONAIRと書かれたランプが置かれている。坂井さんの後ろには撮影の為のカメラと、大きなモニターが設置されていた。カメラは机の中央より私達側を映す形になっているので彼女は入らない。モニターに関しては私達の後ろにも設置してあり、後ろのモニターはメインコーナーで使用する予定になっていた。
防音ガラスの向こうでは、須藤さんと佐藤さん、そしてミキサーの高橋さんが見える。
「それでは、カウントいきます。10、9、8・・・・・・」
佐藤さんの声が、耳につけたイヤホンから流れる。
カウントダウンが始まると同時に、私は深く深呼吸をして気持ちを落ちつかせた。
そう、今から私達LINKSの初めてのラジオ放送が始まるのだ。
そしてランプが赤く点灯する。
「「皆さんこんばんわ、LINKSです。」」
打ち合わせ通り3人同時に声を合わせ、リスナーの皆さんに最初の挨拶をする。そのまま間を置く事無く、リーダである私が話しかける。
「今日から始まりました私達の番組、ゆるっとリンクス。パーソナリティを務めさせて頂く、里中エリーです。小柄ですがこれでも18歳、精一杯頑張っていきます。」
私の身長は145㎝、メンバーの皆と比べても低い。そして日米のハーフでもある事から、容姿でも2人とは違った部分が現れている。その最たる例は碧く輝く瞳と、染色の施されていない金色の髪、そして人形のように整った顔立ちだった。長い髪はメンバー二人の意向によりツインテールに纏められ、小柄な身体と相まって年相応に見られる事は恐らく無い。
「同じくパーソナリティを務めさせて頂く、吉祥寺彩です。メンバー最年少の16歳です。あ、寝ている訳じゃないですよ。私、目が細いので」
左側に座る彩がゆっくりとした口調で紹介をする。背中まで届く緩いカールがかかった髪は、彼女の愛らしい顔と見事にマッチしている。性格もおっとりとした天然系で、まるで眠そうな子羊が喋っている見たいで可愛らしい。だけど身長は155㎝・・・・・・私より10㎝も高い。
「同じくパーソナリティを務めさせて頂く、西園寺真紀です。エリと同じ18歳です。あと、こんな見た目ですが性別は女です。」
最後に右側に座る真紀は私達と違ってハスキーな声をしている。普段はストレートの髪を今日はポニーテールにしている。中性的な顔立ちをしている彼女は、私達2人に比べて170㎝と随分高い。そのせいか良く男性と間違えられてしまう。
私達LINKSの衣装は大体フリルのついた可愛い系の衣装が大半で、真紀だけがいつも文句を言っている。今回は第1回放送と言うこともあって、事務所が用意してくれた衣装を着ているのだが、彼女は心底嫌そうにスカートの裾を摘まんでいた。・・・アイドルなのに。
「この番組では私達LINKSが、日々の疲れを抱える皆さんに少しでも癒やしをお届け出来るよう頑張っていこうと思うので、皆さんよろしくお願いします。」
軽く頭を下げて横目で2人を確認すると、彩が同様に頭を下げてくれていた。一方真紀の方は、未だ下を向いてスカートの裾を触っている。私は横目でジロリと睨みつけ、それに気づいた真紀が遅れて頭を下げる。
「リスナーの皆さんは既にお気づきだと思いますが、現在進行形で皆さんのコメントがリアルタイムで画面に反映されています。えっと、こんな風にですね。」
正面モニターに映る私達の映像に、右から左へとリスナーのコメントが流れていっている。それらの中でスタッフさんの琴線に触れたモノは、赤文字で大きく表示されたりするのだ。
「ですので皆さんの思った事や感じた事があれば、コメントを頂けると嬉しいです。」
現在流れているコメントは、私達の名前を打ったものがほとんどだ。私の事はエリちゃん、彩は彩ちゃんとコメントされている。そして真紀は姉御となっていた。
「いや、姉御じゃないです。」
右手を左右に振って否定する真紀だが、ファンの間では彼女は姉御呼びが普通になっているのだ。
「えっと、私達を知らない方もいらっしゃると思いますので、簡単に説明させて頂きますね。私達3人は幼なじみで、ほぼ同時期に ”サテライト” 事務所に所属する事になり、2年前にアイドルグループLINKSとしてデビューをさせて頂きました。最近では、ドラマ ”姉御が切る” に出演させて頂きました。」
「そうなんです~私達は幼なじみなんですよ。」
「まぁ、家も隣同士だしな。」
彩が嬉しそうに微笑む。一方真紀は机に肩肘をついて、とても収録中の様子とは思えない。
2人の態度の違いに、思わずため息が出そうになる。
そもそも私達3人は、最初からアイドルを目指していた訳では無かった。
きっかけを作ったのは私の横で、パーソナリティにあるまじき態度をとっている真紀が理由だったりする。彼女が私と彩の書類を作り、アイドル事務所サテライトに勝手に応募したことが原因だった。
私達の親とも話をつけていたみたいで、書類審査を通過した私達2人は事情も知らぬまま、親に連れられアイドル事務所で審査を受けることとなった。そして審査の悉くを突破しサテライトの所属になったのだ。
だけど、話はそこで終わらせなかった。私が真紀の書類を作成し、私達がやられたことをそっくりそのままやり返したのだ。
そうして私達3人は、本人達の希望とは関係なくアイドルの卵となり、無事にサテライト事務所の所属になることとなったのだ。
きっかけは確かに人から与えられたものだけど、今は真紀に感謝している。
皆に夢を与える事が出来るアイドルに成れた事を・・・・・・
「それでは、コーナーのほうに入って行こうと思います。最初のコーナーはリスナーの方達の ”こんな事がありました” 等のお便りを読んでいく普通のお便り、略して普通オタのコーナです。」
「何故だろう・・・その略し方だと、ただのオタクを紹介するみたいだな。」
真紀の言い分も尤もだが、正面に座る坂井さんがカンペ用紙に ”問題ありません” と見せてきているので問題は無いのだろう。
坂井祥子さん。ストレートの髪に切れ長の目をしていて、スーツ姿が似合う大人の女性。私達にも優しく丁寧な言葉で話してくれる、頼りになるお姉さん。坂井さんが喋らない理由は、ゆるっとリンクスでは構成作家さんの声が入らないように、極力喋らないように心がけているからだ。
「それではOKも出たので行きます。普通オタ記念すべき1人目は、PNネーム夢追い人さんです。え~、”LINKSの皆さん、初のラジオ番組おめでとうございます”。」
「「ありがとうございます。」」
「”去年の年末の宝くじに、冬のボーナス全部つぎ込んで、当たれば会社を辞めようと思っていたのですが当たりませんでした。”」
お便りの内容に私の手が震えた。
「・・・本当に夢を追っちゃたんですね。」
「だ、大丈夫ですよ~。また夏にもありますから。」
「彩、それは負の連鎖だぞ」
「”それでは、番組楽しみに見させて頂きます。後、LINKSの皆さん見たいな可愛い彼女が欲しいです。夢追い人37歳”」
「援交?」
「真紀ーーーーー!?」
堪らず真紀の口を塞ぎにかかるが、左手で私の頭を押さえられてしまう。
「取りあえず、当たったら番組まで連絡してくれ、待ってます。」
助けを求めるように坂井さんの方を見る。すると彼女のカンペには ”番組制作費にしましょう” と書かれていた。・・・逞しい。
「気を取り直して次のお便りに行きます。続いてのお便りは、PN姉御は添え物でお願いしますさん。」
「2通目でいきなり喧嘩を売られているんだが、どうすればいいんだ?。」
「どうもしないで。えっと ”この前クラスのLINKSファンの女子と話をしていたんですが、どうやら女子の間では真紀さんが人気があるみたいです。やっぱり中性的な魅力があるからなんですね。” 」
「ふふん。わかってるじゃないか」
胸を張ってドヤ顔を私達に見せつける真紀。正直鬱陶しい。
「”一方男子の間ではエリちゃんと彩ちゃんが圧倒的に多いみたいです。ちなみに僕もお2人のファンです。お2人のような可愛い妹が欲しいです。17歳です。”」
「ありがとうございます。私達皆一人っ子なんですよね。お兄ちゃんか~、いたらどんな感じになるのかな?」
「・・・あれ、この子私より年下だよね。お姉ちゃんと間違っちゃったのかな?」
「エリ、現実を見ろ」
さっと出された手鏡に私の顔が写し出される。どうやら緊張していたのか、自分に対する他人の評価を忘れていた。
「姉御は添え物でお願いしますさん、ありがとうございます。ですが、彩はいいとして私は ”お姉ちゃん” ですので、そこの所間違えないようにお願いします。いいですか、お姉ちゃんですよ。」
「聞いたかリスナー、エリ姉さんは大変ご立腹だ。あまり間違うと非力な腕をブンブン振り回して暴れ出すぞ、実害は無いけど。」
「そんな事はしません。・・・多分。」
「そうですよ。エリちゃんは怒ると怖いんですよ。もうキュッとされちゃいますから」
彩が自分の首を絞める動作を実演する。そんな事は一度たりともした覚えは無いのだが
モニターから流れるコメントには ”エリちゃんに絞められるなら構わない” 何て物騒なものが幾つも流れていた。
「絞めません!。はい、それでは次のお便りに行きます。PN彩ちゃんの目が開いた時に世界は終わるさんです。」
「ぶはっ、彩お前凄い力があるんだな、世界滅ぼすってよ。」
「な、ないよ~。そんなの全然ありません。」
「”先日、近くの動物園に行ったのですが、その中で一際私の目を引く動物がいました。それは、眠そうな顔でむしゃむしゃと干し草を頬張る羊でした。その姿が彩ちゃんそっくりで思わず、この子も彩ちゃんと同じで目が開く時があるのだろうかと思ってしまいました。実際彩ちゃんの目は開く時があるのでしょうか?”」
「むぅ、私の目は細いだけで、ちゃんと開いています。」
頬を膨らませて抗議する彩だが、贔屓目にみても開いているようには見えない。
「お便りありがとうございます。そうですね・・・えっと、実演してみてもいいですか?」
私はスマートフォンを持ってスタッフの皆さんに使用許可を確認する。すぐに許可が下りたので、インターネット上にある子猫の可愛らしい画像を拾ってくる。
「彩、ごめんね。ちょっとこの画像見て欲しいんだけどいいかな?」
彩の前に携帯を差し出すと、彼女の目が徐々に開かれていく。
「凄く可愛いね。」
声は弾み、屈託の無い笑顔を浮かべる彩。
それを見たリスナーが ”世界が終わるのは今日だったのか、これは終わっても悔いはないな” 等のコメントが流れる。確かに可愛いのだ。
彩の目が開くときは大抵可愛いモノを見る時なのだ。その閉じているような細い目では、十全に可愛さを堪能出来ないと無意識化で判断した時に、目は自然と開かれる。後は、怒った時にも開く。その時はLINKS内で一番怖い。
「はい、まだまだ世界は終わりませんので、そろそろ次のコーナーに行こうと思います。」
携帯を仕舞い、次のコーナーの準備に入る私を名残惜しそうに見る彩。
(後で幾らでも見せてあげるから我慢してね。)
慣れない進行役に緊張していた私だが、スタッフの皆さんのおかげで無事にコーナーが進んでいく。
「それでは次のコーナーにいきますね。なんと、次はゆるっとリンクスのメインコーナー、リスナーさん対話式のその名前は ”濃い人。” 恐らく皆さん名前を聞いただけではわかりませんよね。はい、私達もわかりませんでした。」
「そうだよね~。」
彩が両手の指を合わせて相づちを入れてくれる。真紀の方は、興味が無さそうに頷いていた。
「簡単に言ってしまえばオンライン通話とWEBカメラを使って、リスナーさんと直接対話して悩みなどを聞いていこうと言うコーナーです。タイトル名の濃い人と言うのは、私達のファンの中から特に変わったファンを選んでいこうと言う所から来ています。」
手渡されている用紙を読み上げ、坂井さんに準備が整っているかを確認。親指を立てているので大丈夫なのだろう。本当にどんな人が出てくるかが想像つかないのだけど
「まぁ、私達のファンも急に変なのが増えたからかな。主にエリにだけど。」
「多分、この前のドラマを見てくれた人達なんだよ~。エリちゃん、大人気だったもん。」
私は苦笑いを浮かべる他無かった。
2人の言う通り、ドラマに出演して以来私の人気は爆発的に上がった。それ事態は凄く喜ばしい事なのだが、男女問わず少し可笑しなファンが増えたのも事実だったりする。
肝心のドラマの内容はと言うと、悪の蔓延る世の中を、浪人姿の私達姉妹が切り捨てる。そんな世直しの時代劇だった。
私達の配役は身長順で決まり、長女に真紀、次女に彩、そして三女に私といった感じに役を与えられた。
ドラマの肝となる殺陣のシーンでは、運動神経抜群の真紀はまさにはまり役で、他の役者さんに引けを取らない動きを見せる。次々と切り伏せる姿は、まさに圧巻だった。彩は普段は一番どんくさいのに、殺陣のシーンに限っていえば、指導して頂いた先生の下を巻くほどの動きだった。若干目が開いていたので、恐らく怒っていたのだろう。
そして肝心の私は、着ている袴を半分脱がされて地面に組み伏せられて泣いていた。
何故なら私の役は元気いっぱいで悪は絶対許さない、正義感の強すぎる女の子だった。各話の終盤で悪代官の屋敷に単身で乗り込み、大勢相手に大立ち回りを披露する間もなく捕まる、そんな役どころだったのだ。
そう、本来なら縄で縛られて助けを待つだけで、服を脱がされる必要など無かったのだ。なのに真紀が監督にいらない事を吹き込んだせいで、話は変な方向に動き出したのだ。
”監督、縛り上げるのならいっそ脱がせて見てはどうですか?”
その一言が全ての原因だった。
”ああ、大丈夫ですよ。ちゃんとエリから許可を貰っていますから”
私の知らない所で話は進んでいき、何も知らされないまま撮影場所に立った私を待っていたのは、本当に酷いものだった。
共演者の武井さんが突然私を後ろ手に縛り上げ、地面に組み伏せて服を脱がし始めたのだ。
突然の事に戸惑うよりも先に、叫び声が上がる。
理由もわからず脱がされ始めて本気で抵抗する私と、唇を血が出そうなほど噛みしめ、それでも与えられた役を全うしようとする彼との戦い、これが各話の終盤に毎回繰り広げられることとなった。
”私の思った通りです。やっぱりエリは天性の被虐待質を持ってますね。”
真紀は毎回満足げにしていて、本当にヤバくなるまで撮影シーンに入って来なかった。
だけど、そんな作品を世に出せば世間から叩かれるのは当然だ。1話目の放送が終わった後に凄い数のクレームがTV局に押し寄せた。ドラマの酷評はSNSやツイッター等で更に拡大され、一気に私達のドラマは世間に注目される事となった。
”このままだと、最終話まで放送出来ないかもしれませんね。”
そう言ったマネージャーさんの言葉とは裏腹に、事態は3話を境に豹変する。
視聴者の関心がすり替わったのだ。
今まで私の事を可愛そうだと擁護してくれた人達の声が、里中エリーの演技が凄いんじゃないかと言う賞賛の声に変わっていく。本気で抵抗してるだけの私の姿が、演技だと勘違いされ始めていったのだ。
毎回ギリギリの所で助けを寄越す演出も、視聴者に妙な安心感を与え、現役アイドルの際どいシーンが安心して見られると言うことも含まれ、作品の評価が手の平を返すように変わってしまった。
そして、視聴率は低迷していたドラマ業界に、とても高い数字を残すこととなった。
ただ、このドラマのせいで私の評価に ”虐めたいアイドル、泣き顔が見たいアイドル” 等が追加されてしまうこととなってしまう。
それでも良かったのは、ドラマの最終回の時にこの番組の番宣をさせて貰えたことだ。それによって、ゆるっとリンクス1回目の放送からお便りを頂けたり、今回の対話式のコーナーもお互いの協力を得て実現することなったのだ。
(まともな人とは贅沢言わないので、少し変わった人くらいでお願いします。)
番組的には変な人が出てきてくれた方がいいのだけど、やっぱり怖い。
そんな私を心配するかのように、真紀が私の肩を優しく叩く。
「エリ心配しなくていい。」
「・・・真紀。」
「私も虐めたいから。」
真紀の頬を思いっきり抓り上げる。
「痛いぞエリ・・・今が仕事中なのを忘れるな。」
「アンタが言うな!」
「アハハ、なんでもないですよ~。」
私達のやりとりを、彩が一生懸命に誤魔化そうとしてくれていた。
「こほん。それでは、行きましょうか。あ、そうだ、リスナーさんの音声はちゃんと合成音声に変換されますので、普段通りに喋って貰えれば嬉しいです。では、記念すべき最初の対話リスナーはこの人です。よろしくお願いします。」
正面のモニターが切り替わり、対話するリスナーの姿が映し出される。それと同時に私達の背後のモニターにもその姿が映し出された。
その瞬間、私達とリスナーは同時に言葉を失った。
何故なら、そこに映っていたのは人ではなかった。
いや、恐らくは人なのだろが、身に着けている着ぐるみがもの凄く精巧に出来ているせいで、二本足で立ち上がっている熊にしか見えない。
室内が少し暗いせいで目は赤く光り、鋭利な牙をこちらに覗かせている。口元からは涎のような液体が滴り落ちて、胸の部分にはエリちゃん大好きと書かれた襷が見えている。
”エリ、人を見た目で判断しちゃいけません” そう教えてくれたママの言葉が信じられなくなったのは初めてだった。
「ま、ま、まき、あ、あれ、アレ!!。」
恐怖のあまり声が掠れ、発する言葉が途切れ途切れになる。
「お、おう。流石に私も驚いてる。」
正面にいる坂井さんがカンペを私に見せる。 ”エリさん、喋って下さい。”
(あれと話すの!?)
”大丈夫です。私は案外可愛いと思いますよ。” 意味のわからないコメントが書かれたカンペを見て、私は正気を疑ったが、仕事なのだ結局はやるしかない。
「ど、どうも、初めまして、LINKSのリーダー里中エリーです。きょ、今日はよろしくお願いします。」
若干顔が引き攣ってしまったが、それでも精一杯の笑顔で対話を試みる。
すると巨大な熊が右手で頭を掻き、そのまま頭を下げる。一見丁寧なその仕草に私はホッと一息をつこうとするが、その声にすぐに打ち砕かれる。
「あ、どうも初めまして、高田純と言います。やっぱり、エリちゃんの怯えた顔はいいですね・・・そそります。」
聞こえてきた声は合成音に変換されていて、熊の姿なのにまるで違和感を感じなかった。
だけど、その違和感の無さが逆に私を不安にさせる。
その間違いを正す為、私は即座に別室にいる高橋さんに伝えようとする。一度熊を指さしてから私の喉元を何度も指さす。
”高橋さん、音声間違っています。これ、よくTVの特番とかで使われてる犯罪者の音声ですよ。”
必死のジェスチャーが伝わったのか、防音ガラス越しに親指を立てる高橋さんの姿が見える。
(OKなの!?これで本当に行くの!?発言も含めてただの犯罪者になってるよこの人。)
「あの、どうかしましたかエリちゃん?」
「ひゃぁあーー!?」
突然話しかけられ、思わず真紀の服の袖を掴んでしまう。
「は、はじめまして、り、LINKSのリーダー、さとなかえりーです。」
「エリ、怯えてるのはわかったけど、それ2回目だからな。」
「本当に愛らしいですね。もう、食べちゃいたいくらいですよ。」
熊は舌なめずりをするように口の周りに下を這わせる。その姿に私は悪寒を感じて真紀の腕を両腕で抱え込む。目からは涙が滲みそうになり、出来ることなら今すぐ逃げ出したい。
「き、きょうは、よろしくお願いします。」
「こちらこそ、よろしくお願いします。」
深々と頭を下げる熊と怯える私、それに呆気にとられるLINKSメンバー。
これが私達LINKSと謎の熊こと高田 純との初めての出会いだった。
メインコーナーの時間はまだまだ残されている。
そうして私は縋りついたまま、全ての事の発端となった元凶を睨みつけるのだった。