夢のまた夢
海の中。そばをイルカの群れが泳いでいく。私も追いかける。すぐ隣で見事なジャンプを見せてくれるイルカと一緒に、色とりどりの珊瑚に囲まれて、水の中をどんどん進んでいく。
「__ナク、ミナク!」
ああ、なんで私はこんなところにいるんだろう。海なんて行ったことないのに。水の中で麻痺したらどうするの、っておばちゃんが怒ってしまう。おばちゃんの顔は整っているけど、起こった時はシワが浮き出てきて、たまに病気よりも怖い存在と思ってしまうことがある。
「__ミナクったら、早く起きろ!」
誰かが私の名前を呼んだ。
普段、自分のことを苗字で呼ばせている私の、名前を呼ぶ人はふたりぐらいしかいない。そのうちのひとりであるおばちゃんの声じゃない。
ということは、
「神谷くん…」
目を開けると、すぐ前に顔。
「やっと起きたっ!眠るの早すぎだよ!」
「え…」
「何寝ぼけてんだよ、ほら定期検査!今日だって言ってただろ!先生待ってるんだから」
治験者の私は定期的に病気の治り具合を確認する。
神谷くんには、病気の詳しい内容については知らせていない。きっと真面目な神谷くんだったら、病名を言っただけでいろんなことを調べ上げて、私の死ぬ可能性が高いことを知ってしまうだろうから。
私が死ぬと知ったら、神谷くんはなんて言うんだろう。
神谷くんは泣くようなタイプに見えない。いつも冷静で、「冗談だろ」とか言ってきそうなイメージ。
「またぼーっとして。検査ぐらいちゃんと受けて、早く治せよその病気。一生車椅子なんて嫌だろ」
一生、車椅子か。そのうち、車椅子にも乗れなくなっちゃうのかな。
「はーい、わかったから、肩を揺さぶるのはやめてよー」
神谷くんは知らない方がいい。
神谷くんは本を読むのが好きらしい。
私の部屋の本棚にある本はほとんど知っていて、あらすじをわかりやすく、まるで作者のように言ってくれる。だから最近、少し読み始めることにした。
まずは、話が分かりやすくて面白そうなライトノベル。シリーズが長くて読む気がなくなるとも思ったけれど、読み始めたらこれがすごくはまるのだ。この前は最新巻が出たと知っておばちゃんにすぐに買いに行ってもらった。
その次は私でも題名を知ってるような、テレビでも紹介される有名な本。そのなかに、私のような病気の少女がヒロインの作品があった。大体こういう作品ってハッピーエンドが多いだろうし、と思って読みたくなくなった。作中のヒロインは私みたいに弱くなくて、病気なんて追い払うくらいに明るくて、強くて。でも、少し勇気が湧いた。私も、強くいなきゃ、と思えた。
こんな本を見つけてきてちゃっかり本棚に入れてしまうおばちゃんは少し優しいと思った。
映画になったり、劇場アニメになったりした本もあったので、おばちゃんに頼んで見させてもらったりもした。
もう直ぐ死ぬというのに明るく振る舞うそのヒロインは、主人公の男の子に日記や遺書を残していて、感動した。
私も書いてみようかな、とか思ってしまった。書くなら手が麻痺する前でなければいけない。今度はノートとペンを買ってもらおうかな。